痛恨
2025年4月2日 04:00
中国大陸の沿岸部に分散配置されていたTLH群は、一斉に弾道・巡航ミサイルを発射した。
航空部隊は一斉に離陸を開始。
港に待機していた海軍部隊は出航を開始する。
平時を装って、台湾・沖縄近海を遊弋していた中国海軍部隊および海警、海上民兵は一斉に牙を剥いた。
2025年4月2日 04:02 東京 防衛省 統合作戦指揮所
警告音が鳴り響くと同時に、中央モニターに変化が生じた。中国沿岸と朝鮮半島から、無数の反応が出現している。
中国側の衛星攻撃により、日米の衛星は一時的に退避行動を取っていたが、米軍の早期警戒衛星は、いちはやく元の位置に復帰しており、中国と北朝鮮による弾道弾一斉射撃を探知することに成功したのだ。
端末に取り付いている隊員達が、一斉に警告を叫ぶ。
「警報!警報!警報!台湾と日本列島に、弾道・巡航ミサイルが多数、いや無数に接近を開始!目標は・・・台湾と・・我が国に間違いありません!」
統合作戦司令官は報告を受けて、暗澹たる思いに捕らわれた。
(本当に始まってしまった・・・。
こうなった以上は、一瞬の躊躇も許されない。この情報はリアルタイムに首相にも伝わっているはずだが。ともかく、我々は抑止に失敗した。80年の間、まがりなりにも守られてきた、日本の平和は崩れたのだ。
日本本土の被害、民間人の犠牲は避けられないだろう。
・・・犠牲者は必至。その意味において、もうこの時点で敗北だ。)
統合作戦司令官は苦痛に耐える表情を浮かべ、歯を食いしばり、両手を握りしめていた。
何かを殴りつけたくなるのを必死に堪えて平静を保つ。きつく目を閉じてから見開くと、一呼吸して、覚悟を決めて叫んだ。
「全部隊に警報!戦闘態勢!戦闘態勢!戦闘態勢!スタンドオフ兵器迎撃発令!」
首相官邸では総務省のスタッフが首相に報告していた。
「Jアラート発動します!」
首相は既に自衛隊に出動と迎撃を命じていたが、弾道弾の迎撃を重ねて命じた。
全国規模で緊急速報が流れた。
これまで一部の人間しか見たことの無かった、弾道弾攻撃による避難指示が流れる。
しかしながら、殆どの日本人はイスラエル等と違って、攻撃された時の避難訓練を受けていない。
訓練していないことを、急にやれというのは不可能な話だった。
それでも、スマホに映し出されたメッセージを見た人々は「地下あるいは頑丈な建物に避難。近くにない場合は伏せよ。車を運転中なら停車して車から降りよ」という指示に従おうとした。
だが、午前4時では、いくら北朝鮮の攻撃予告があるとは言え、大半の国民は寝入っていたのだ。
2025年4月2日 04:05 東京
真紀子は、突然Jアラートの警報を叫びだしたスマホに叩き起こされた。
暗闇の中、スマホが赤い光を放っている。
メッセージは「弾道弾攻撃」。
日本中が危険範囲として真っ赤に染まっていた。真紀子は罵り声を漏らす。
「何が戦争になんかなりゃしないよ!」
次の瞬間、自分よりも危険な場所に居る娘を思い出す。花が危ない。
何か、花に逃げるようにと、伝える方法は無いだろうか?真紀子は何とか花が、Jアラートの指示に従うことを祈った。
アメリカの隠し玉である攻撃衛星コンステレーションは、制宙権を日米台にもたらしつつあったものの、それは皮肉な結果を生みつつあった。
北斗による衛星誘導、偵察衛星による観測が出来ないにも関わらず、中国軍は弾道ミサイル、極超音速ミサイル、巡航ミサイルを一斉に発射した。
大部分は北斗の誘導がエラーとなるや、バックアップの弾頭のレーダーや、慣性誘導のみでの誘導を図ったが、それは軍事目標から大きく外れ、民間地域に着弾する弾頭が多数出ることを意味したからだ。
2025年4月2日 04:13 沖縄沖
極超音速ミサイルDF17を始め、那覇空港/基地に100発、嘉手納に150発向けられた弾道ミサイルは、以下のような顛末をたどって行った。
発射された弾道弾のうち1割は、目標に届く前に不具合を起こして明後日の方向に飛翔しそうになったため、指令爆破されるか、あるいは見当違いの場所に着弾した。
残り9割は北斗の誘導を受けられないため、目標から大きく逸れるものが続出する。
特に複雑な機動を行うDF17は、再突入後の機動がまるでうまくいかず、殆どが沖縄近海に突入した。
それでも残りの弾道弾のうち、慣性誘導方式主体のDF21等、5割は目標に向かって飛翔を続けて突入に移った。
ここから弾道弾による攻撃を防ぐことが出来るのは、高価なBMD(弾道ミサイル防衛)システムを実装したイージス艦と、パトリオットに代表される高性能かつ高価な地対空ミサイルだけだ。
数度述べて来たが、日本のBMDは2段構えになっている。
第一段階としてイージス艦が放つ、SM3ミサイルが迎撃する。SM3は対空ミサイルとしては破格の値段がするがその分、弾道ミサイルを射程500KM以上、高度にして160KM以上で撃破できる。
SM3を突破してきた弾道ミサイルは、第二段階として、地上の拠点に配置された「パトリオット」が迎撃する。
パトリオットは、元々、航空機や巡航ミサイルを迎撃する「PAC2」と呼ばれるミサイルを射撃するシステムだった。それが後から機能追加され、弾道弾を迎撃できる「PAC3」「PAC3MSE」を撃てるようになっている。「PAC3」の射程は20KM、「PAC3MSE」は40KM程度だ。
勿論、イージス艦もパトリオットも、迎え撃つべき脅威は弾道ミサイルだけではないから、それぞれ「SM2」「SM6」「PAC2」といったミサイルも、そのランチャーに装填していた。
さらに、米本土から射程200KMの「THAAD」ミサイルの増援まで得ている。
だが、これほどの防空アセットを沖縄に集中させたのにもかかわらず、日米の防空能力は飽和しつつあったのだ。
沖縄近海に集結して待機していた日米のBMD迎撃グループは、第7艦隊主力からの増援も得て、イージス艦5隻を中心とし、護衛艦と共に編成されていた。各艦はそれぞれ目標情報をデータリンクで共有している。
既に全艦は戦闘態勢に移行していたが、早期警戒衛星のからの情報により極限の緊張状態にあった。
レーダー担当の士官達は、訓練ではありえない無数の反応を探知すると青ざめた。
各艦のイージスシステムは膨大な計算を行い、多数を探知した弾道弾の反応の中から、沖縄から外れる弾道弾を迎撃対象から除外すると、あらかじめ設定された条件「嘉手納基地をはじめとする、日米の軍事施設への着弾コースにある」弾道弾の情報を抽出。
それに対して最優先でSM3対空ミサイルを割り当てて発射諸元を計算させると、直ちに発射体制を整えた。
日本のイージス艦「こんごう」のCIC(戦闘指揮所)で砲術士官は、自らに「訓練通りやれ」と言いきかせていた。
イージスシステムがSM3に対して発射諸元を送り込んだのを確認すると、砲術長と艦長の最終確認を受けてから「SM3うちーかたーはじーめ」と独特の抑揚をつけて叫び、射撃ボタンを押下する。
数発が不発や作動不良をおこし、日米のイージス艦から発射されたSM3は86発だった。
これに対し、沖縄に着弾コースにあった弾道弾は合計で153発。SM3はうち72発の迎撃に成功した。
殆どのSM3が命中したのに、ディスプレイ上ではなおも、圧倒的多数の弾道弾が押し寄せてくる。あまりにも数が多い。各艦のCICでは命中の喜びよりも、無力感と絶望感に支配されていた。
残り81発もの弾道弾の迎撃は、沖縄本島のTHAAD、PAC3による迎撃に委ねられた。
米軍の1個大隊のTHAAD、4個大隊の「パトリオット」PAC3MSE、それに自衛隊の6個ファイアユニット=FUのPAC3MSEは、イージス艦同様の脅威判定のロジックを走らせてから、迎撃を開始する。
MSEタイプのPAC3を始め、THAADと併せて発射された迎撃ミサイルは100発以上に上り、1目標につき2発の射撃すら出来た。
だが、それでもすり抜けてくる弾道弾は存在したのだ。
2025年4月2日 04:15 沖縄県 北谷町
アラハビーチに、ちょうど1ヶ月前に那覇警察署で騒ぎを起こした新垣とそのグループがたむろしていた。
グループの内、火炎瓶を使った数人は逮捕・補導されている。
那覇市内は警察のマークが厳しかったが、防衛出動命令が出てからは、新垣達どころの騒ぎではなくなったらしい。だが、新垣達は念のため、那覇市から離れた場所へ遠出していた。
そろそろ解散するかという時、沖合に閃光が次々生じ、打ち上げ花火のようなものが無数に空へ昇っていくのが見えた。
しばらく間をおいて、轟音が沖から響いてくる。
遥か上空から、火の玉が降ってくるように見えた。閃光も煌きだし、轟音が続く。
「何だよ?花火大会か?動画撮ろうぜ!」
仲間の大半はJアラートを見ても、何のことか良く分かっていなかった。
だが、新垣は直感的に「やばい」と思った。
「さっきスマホが言ってた通りだ!こいつはヤバイ!シャレになってねえぞ!皆逃げろ!」
その時、陸からも花火のようなものが打ちあがり始めた。嘉手納と那覇空港の辺りだ。
ようやく新垣達にも理解出来た。あれはミサイルだ。
直ぐに上空でミサイルが爆発し始める。
そして赤く灼けた、何かが空から降ってきた。
シェルターや頑丈な建物を探している暇は、まるで無かった。
2025年4月2日 04:05 那覇市近郊上空
航空自衛隊の、コールサイン「アミーゴ2」フライト4機編隊は、橋本3等空佐に率いられ、CAP任務を「アミーゴ5」フライトと交代するため、5分前に離陸したばかりだった。
これから空中給油を受けながら、6時間もの長時間フライトになる予定だった。(橋本は機内にゼリー飲料、水、尿意や便意を抑える薬を持ち込んでいた)
アミーゴ5は那覇基地に帰投しようとしていたが、その時、戦闘機部隊の空中指揮を担当する、AWACS(早期警戒管制機)の迎撃管制士官が警報を発した。
「警報!警報!警報!弾道弾攻撃!繰り返す!弾道弾攻撃!アミーゴ、エルダーは沖縄上空から退避せよ!弾道弾着弾まで、およそ10分!
巡航ミサイル、敵戦闘機の出現を警戒せよ。低空に注意しろ!」
「在場全機!空中退避せよ!」
那覇だけでなく、本州の航空自衛隊基地や、数時間前に民間空港に分散退避していた、日米の戦闘機が緊急発進して行った。
警報を聞いた橋本は、思わず罵りを漏らす。
「畜生!中国の奴ら!本当に始めやがった!!」
アミーゴ2と5は、指示に従い沖縄本島から距離を保って、周回飛行を続ける。
那覇基地ではこの時に備えていた、F15改とJSIが緊急発進を開始した。
どうしても一定の時間が必要な、慣性航法装置の安定をもどかしく終えると、通常の訓練ではあり得ない勢いで、次々とタキシーアウトしていく。
そして、4機編隊あるいは2機編隊で次々とフルアフターバーナー離陸していく。
本来なら滑走路がクリアになるまで滑走はしないが、先行のフライトが離陸してランウェイエンドに達すると、後続のフライトが滑走を開始した。
エアボーンした機体は同時にギアアップし、超低空飛行で地面効果を得て急加速。ランウェイエンドに達すると、地面すれすれで急な旋回上昇を行った。
平時ではあり得ない、熟練した離陸方法だった。
後続の機体ほど、先行する機体の残した熱によって、大気密度が低下したことで翼が得ることが出来る揚力が減る。このために離陸順が後の機体ほど、どうしても離陸に時間と距離を要していくが、許容範囲だ。
こうして24機ものF15改とJSIは、2本の滑走路を使って、またたくまに空中に上がっていった。
すでに滞空していた12機と合流する。一部はAWACSの護衛の増援に向かった。
5分もたたずに、那覇基地だけでなく、日本全国の航空自衛隊戦闘機隊は大半が無事に離陸に成功し、練度の高さを証明していたが、沖縄のアミーゴ2にだけAWACSから新たな指示が下された。
「那覇基地上空を通過して、「被害状況」を目視確認し、報告せよ。」
それを聞いた橋本3佐は、胸がうずくのを感じつつ、那覇に向かった。
直ぐに那覇を視界に収める。見慣れたはずの夜の景色が違っていた。多数の火災が地上で発生している。