ホワイトハウス
同時刻 ワシントンDC
アメリカ合衆国は2年前のウクライナ戦争をきっかけに、中国への警戒を強めている。
独裁的傾向を強めていたロシアの現大統領がウクライナ戦争を引き起こしたという現実は、ロシアと同じく国内の規定を変更して政権に居座り、独裁的傾向を強めている中国国家主席が、同じ道を辿った末に台湾への武力侵攻を企むのではないか?という懸念を米政権内、特に軍が強めるには十分すぎる大事件だった。
ウクライナ戦争が起こるまで米国は、21世紀においてはもはや大国間での武力衝突は起こり得ない、と信じ込んでいた節があった。
中国もロシアも多少不満があっても米国が中心となる世界秩序で最大限の恩恵を得ており、現状を否定しようと今更戦争を始めることは無い、と思い込んでいたのかもしれない。
しかし、現実は2年前に裏切られた。
いや、正確には以前から裏切られていたことに、ようやく気づかされたと言った方が良い。
シリア、クリミア、ドンバス、ウイグル、香港と、危険な事件は以前にいくつもあったのだから。
当事者や研究者はそれを放置する危険、アメリカによる救済と関与の必要性を叫び続けていたのだから。
権力を極め尽くして独裁者になり果てた国家の指導者は、国民の不満など無視して戦争を始めることが出来るし、そもそもがロシアも中国も、最初からアメリカとは異なる価値観で生きているのかもしれなかった。
だというのに、「世界の警察官」アメリカはかつて程圧倒的な軍事力を持っていない。
20年も続けた対テロ戦争で、テロリストや武装勢力を相手にしたコストパフォーマンスを重視した戦い方を追求し、洗練してきた。その一方、アメリカの覇権を担保していた、先進国同士の戦争で圧倒的優位をもたらすような軍備の整備は後回しにされ続けた。
この間、中国は確実に米国との軍事面における格差を詰めてきていたのだ。
ウクライナ戦争をきっかけにアメリカが中国の脅威を改めて認識した時には、アジアにおける軍事バランスは既に危険な領域に入っていた。
アメリカは慌てて改善を図ったものの、その努力が実を結ぶには、まだ時間が必要だった。仮に今の段階で中国に事を起こされると厄介な事態になりかねない。
ようやく正気に戻ったと言えるアメリカは、情報網を駆使して中国の動向を監視していた。
この日、ホワイトハウスでは国家情報長官と国防長官、統合作戦本部議長、そして大統領が執務室で、15分程度の短いミーティングを行っていた。
「中国の危険な兆候?今までとは違うのかね?」
大統領が口にした。国家情報長官が答える。
「はい大統領。中国国内の情報源からですが、1か月前にかの国では中央軍事委員会の会議が開かれました。そのあと、軍内部で組織改編の動きがあります。
台湾と日本を担当する東部戦区を中心に統合作戦司令部を創設するようです。「長征計画」という計画名も伝わっています。我々はこれを本格的な台湾に対する侵攻計画が実働した可能性があると判断しております。」
「確度はどの程度かね?そもそも情報源は?」
「正直に申し上げれば、フィフティー・フィフティーというところです。中国軍も我が軍同様の統合運用の努力を続けていますから、平時の組織改編の一環である可能性も。
「長征計画」も大規模な演習計画にすぎないかもしれません。情報源としては、現国家主席の後継を狙う人物周辺からの情報です。」
大統領は黙ってしばらく考える。今まで台湾を意識した大規模な演習を中国が行ったことはあった。その度に米軍は高度な警戒態勢に入ってきている。演習が偽装でそのまま侵攻に至ることはよくある事例だからだ。2年前にロシアがその手を使ったばかりだ。
今回はどちらだ?
「我々が過剰な反応をすることで、中国の過剰反応を呼ばないか?あるいはそれが狙いかも?エスカレーションの口実作りに利用されないか?」
疑問を口にした大統領に対して、今度は統合参謀本部議長が答える。
「仰る通りです。中国の侵攻意図が事実であると、まだ確定したわけでもありませんので現段階で我々に出来ることは限られています。
さらなる情報収集を続けますが、念のため装備、弾薬、燃料の事前集積をある程度進めます。
従来は日本に集積してきましたが、最近のシュミレーションでは対抗勢力に先制撃破されることも増えているため日本に加え、韓国、フィリピンに対しても交渉の上で、物資集積と部隊展開の準備が必要です。
それに、来年退役予定の空母「ニミッツ」や一部のイージス艦の退役を少し延ばした方がよろしいかと。」
「今できるのはそんなところだな。日本と台湾にも知らせてやれ。やれやれ半年後に選挙というタイミングでこれか。偉大な前任者達は厄介な宿題を残してくれたな。
韓国とフィリピンとは交渉が必要になるだろ?早めにシナリオを用意して置いてくれよ。
それと、ウクライナへの緊急支援パッケージを検討してくれ。なるべく即効性のある支援だ。
ウクライナが今からでもロシアに対して完全に勝利すれば、武力による現状変更の失敗例となる。中国も諦めるかもしれない。」
「承知しました。」