死亡フラグ
戦闘団本部から、自分の中隊本部に戻った長谷川は、パジェロから降りると伸びをした。
近くで直接支援隊のトラックが「かが」で運んできた燃料を、分散燃料庫に搬入しようとしている。
トラックの荷台の下に、民間でも使われているマットを引き、ドラム缶を荷台からその下に落とした後でゴロゴロと転がして運んでいた。
最近は軽空母としての側面ばかりがクローズアップされがちな「いずも」型だったが、自衛隊に求められる多用な任務を、器用にこなすことの出来るマルチ任務艦だった。
病院船としての機能もあるし、今回のように高速輸送艦として使うことも出来れば、他の艦艇に燃料補給を行うことも出来る。
無論、司令部としての機能も充実しているし、やろうと思えば多目的スペースを利用して、小さな自治体(それこそ与那国島のような)を丸ごと避難させながら、記者会見を開くことだって可能だった。
少し離れた空を、米海兵隊のCH53ヘリが飛行しているのが見える。
沿岸連隊のNMESIS対艦ミサイルを吊り下げて空輸していた。
米軍の沿岸連隊は、自衛隊の戦闘団と異なり、陣地に籠り続けることは無い。
その代わり、ああやってヘリで主力のミサイル部隊の位置を頻繁に変えるのだ。
(NMESIS対艦ミサイルは米軍の軍事技術、その結晶だ。なんと野外における完全無人運転を実現している。その目的は、運転席を設けないことにより極限までコンパクトにすることにあった。
そのおかげで対艦ミサイル車両としては、異例の小型化を実現しており、ヘリコプターでの空輸が可能になっている。
なお、同じく空輸可能な完全自立型のロケット砲システムとして、「ROGUE-Fires」がある)
別の方向から、誰かが息を切らしてやってくる。
そちらに目を向けると麓からの交通壕を、ケーブル用ドラムと20式小銃を背負った、若い通信科隊員が有線を曳きながら駆け上がって来たところだった。
「ゴール・・・!」若い隊員が声を漏らす。
声に聞き覚えがあった。「吉岡か?。」
「あ、長谷川一尉じゃないですか。ドーランで分かんなかったですよ。やっぱこっち来てたんですね。」
「ドーランで分からんのは、お互い様だよ。下からその勢いで上がってきたのか?若くて羨ましい。俺にはもう無理だ。」
「いやもう、予備回線の有線張れるだけ張っておけって命令ですからね。中国さんがメチャメチャ電波妨害仕掛けてきたら、部隊間の通信とネットはうちらの有線頼みですから。
2、3本切られたくらいで通信途絶ってことにはしませんよ。」
「頼もしいね。」
階級も入隊時期も、所属も職種も違う二人に面識があるのは、偶然と共通点があるからだった。
吉岡1士は、まだ20歳になったばかりだ。所属は与那国警備隊本部管理中隊の通信小隊。
若い頃の長谷川と同じく資格目当て系の隊員で、さらに離島勤務の僻地手当てを狙って、与那国勤務を希望してきたのだった。
貯金目的の若い隊員にとっては宿舎も新築と言って良く、金の使い道が限られ、別途手当の付く与那国勤務は意外と居心地が良くて人気だったのだ。
吉岡は釣りが趣味でもあったから、都会的な娯楽が無いに等しいために他の若い隊員が敬遠しがちな離島勤務は、ある意味天国だった。
そんな吉岡がある日、与那国駐屯地の喫煙所でタバコを切らしていたところ、たまたま図上演習に参加していた長谷川が通りがかったのだ。
部下の面倒見の良い長谷川は、当たり前のように所属も階級も違う吉岡のタバコをめぐんでやった。
幹部からのもらいタバコに恐縮する吉岡に「まあまあ、遠慮するなよ」と長谷川が自己紹介と世間話を始めたのだ。
その後、演習中に何度か喫煙所で顔を会わせる機会があり、会話の中で若い頃の長谷川と吉岡の考え方が、「貯金目当て」という点で、似ているということが分かった。
長谷川が年長者としていくつかアドバイスを送り、吉岡もいかに課業の合間で資格勉強を行うかについて、コツを質問するなどした。
こうして、短い期間ではあったが、お互い印象に残る相手となっていたのだ。
「いやー。あの時はお世話になりました。おかげで貯金も順調っス。それにしても、長谷川一尉の作った掩体、半端無いっスね。」
「ありがとう。でもいくら頑丈に見えても、直撃されたら危ないからな。臨機応変に隠れる場所は変えろよ。」
「まじっすスか?了解です。」
「資格の方はどうだ?あ、そういえば戦闘団長が陣地構築打ち切って、まとまった休養を取るって言ってたぞ。」
「資格はぼちぼちです。休めるのはありがたいですが、計画が変更になったらショックですからね。あんまりアテにせず、無いつもりで動きますよ。それに、中国さんが前倒しで攻めてくるかもしれないじゃないですか?」
「なるほどね。」
「あ、そうそう。俺、任期終わったら本土に転勤しようと思うんスよ。」
「もう金溜まったのか?」
「いえ、じつは高校から付き合ってた彼女と結婚するんです。」
「おいおい、そりゃ死亡フラグだぞ。やめとけよ。でもまあ、おめでとう。若いうちから家庭を持つのは立派なもんだぞ。」
それを聞いた吉岡は、顔に塗った迷彩ドーランの上に、はっきりと分かる笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!それにしても長谷川一尉も、死亡フラグってご存知なんですねー。」
「ああ、娘が教えてくれたんだ。だからお前が「これが終わったら結婚する」とか言い出すから、ドキッとしたよ。」
そう言うと、親子程歳の離れた二人は笑いだした。
最後に長谷川は吉岡に真顔になって
「忙しいかもしれんが、遺書は書いておけよ」と伝えた。
「大丈夫です!」と吉岡は明るく答えた。
「1週間前から携帯使用は厳禁じゃないですか。これが最後かもしれないと思うと、遺書だけでなく、こう、何というか、今日見たものとか、感じたこととか、日記みたいな手紙をできるだけ書いて、親にも彼女にも送るようにしてます。ヘリの便が結構あって良かったです。」
「そうか、それなら良かった。偉いぞ。」
「嫌だなあ。長谷川一尉、それこそ自分が死ぬこと前提みたいじゃないですか。」
吉岡がそう言うと、二人はまた笑いあったのだった。