緊急展開・最終段階
中国側の沖縄独立工作とは関係なく、4月1日時点で自衛隊の緊急展開は、多少の混乱と遅延を生じつつも最終段階に入っていた。
政府は4月1日に入ると、沖縄への渡航を全面禁止とした。18時には沖縄県内の空港の離発着を禁止して閉鎖すると発表。
また、日本の領空内における、民間機の飛行自粛を求める措置を発表していた。
この日は目前に迫っていると見られる北朝鮮と中国の攻撃を前に、PFI船は退避を続け、先島諸島の港と空港は完全に閉鎖された。
北九州では水陸機動団から第1水陸機動連隊が沖縄に向かうべく、佐世保に送られて第1輸送隊の到着を待っている。
先島諸島、沖縄本島、奄美の港入口には、海上自衛隊のもがみ型とうらが型が機雷を散布していた。
第2陣と共に先島諸島に送りこまれた水際機雷敷設車が、さらに上陸が予想される浜辺に機雷を撒いた。
その奥の陸地には、地雷と、道路障害物、前哨陣地、ダミー、監視カメラ、センサーが設置されていく。
施設隊は空港の滑走路、舗装道路の一部をくりぬき、地雷を埋設すると、一見元通りに補修することまでしていた。
勿論、地雷の埋設箇所は記録をとっている。
与那国への最後の輸送を終えた「かが」は、補給艦「とわだ」から給油を受けると、護衛艦「ふゆづき」「しらぬい」と合流。
新田原から飛来した臨時F35B飛行隊の10機を着艦させると、太平洋側へ大きく迂回しながら、台湾近海にまでやってきた「アメリカ」ESGに合流すべく南下していった。
海上自衛隊は既に「アメリカ」救援部隊として、イージス艦「まや」を中心とした1個護衛隊を派遣していたから、現時点で機動的に運用可能な護衛艦の大半を差し出した形だ。
F35Bに至っては、現有10機全てを「かが」に搭載した形だった。防衛力整備計画上では6機しか存在しないはずだが、追加で4機が存在している。
これは、イギリスと交渉して、彼の国が購入予定だった完成機4機を、昨年日本が買い取ったからだ。
合計10機で305飛行隊の一部が改編されたばかりで、いかにパイロットは米軍で研修と事前訓練を受けたとは言え、「いずも」型での運用は始まったばかりだった。
それにもかかわらず、無理に実戦に投入された格好だ。
下手をすれば事故により、戦わずして「かが」が戦線離脱することも十分にあり得た。
せめて、あと一年訓練していれば、事故その他の懸念はだいぶ払拭できただろう。
そのぐらい無茶をしてでも、海幕は「かが」でF35Bを運用することを選択したのだった。
F35の最大の特徴は、その状況認識能力にある。
例えば、強力なレーダーのみでなく、機体各所に配置されたセンサーで前方だけでなく全周の情報を収集し、それらを統合してパイロットに認識させる「センサーフュージョン」と呼ばれる機能を実装している。
センサーフュージョンそのものは他にも導入している機体は存在するが、F35はレーダー、センサーが最新であるだけでなく、高い情報処理能力と先進的なインターフェイスによって、従来の機体とは次元の違う戦況認識能力をパイロットに与えていた。
なぜ、戦況認識能力が重視されるのかと言えば、それが低ければそもそもの話として、生き残れないからだ。
昔から戦闘機が撃墜される状況は、パイロットが認識していない脅威によるものが大半だった。
いかに高い機動性を持つ戦闘機だろうが、自機に接近する敵機やミサイルに気づくことが出来なければ、自慢の機動力を発揮することも無いまま撃墜される。
激しい戦闘中でも、敵を見落としてしまえば致命的なスキを生み、やはり容易く撃墜される。
そのため、周囲を見張る目の力と数は、空中戦が始まった第1次大戦のころから重視されてきた。
この頃から既に戦闘機は最低2機のペアで行動することで、お互いの戦況認識力を補ってきたが、その能力の養成には才能と、何より長い訓練が必要だ。
F35は空中でパイロットが生き残る術を、一部のエリートパイロットの職人芸の専売特許にすることなく、システムによって普遍化するアメリカらしい試みの集大成と言えた。
F35に乗っていれば、2機編隊長資格「エレメント・リーダー」を取り立ての2等空尉でも、飛行教導隊の上級戦技指導者と同等以上の戦況認識能力を得ることが出来る。
ステルス性能とも相まって、F35は従来の機体とは比較にならない戦場での生存能力、すなわち生残性を実現していた。
少々機動力がSU35やF16より劣っていようが、そういうことを重視している機体では無いのだ。
加えて、ステルス性能を損なうことなく、内蔵したスタンドオフ兵器による高い地上攻撃力を実現している。
ただし、肝心の母艦の「かが」に搭載機の兵装搭載能力持たせ、航空燃料搭載量を増加させるための改装が完了しておらず、F35Bに完全な能力を発揮させるには程遠い状態だ。
しかしそれでも、わずか10機であっても、運用次第では飛行教導隊に所属する、航空自衛隊最高レベルのトップパイロット達の操るF15よりも有力な戦力になるはずだった。
それに航空燃料の問題は、新田原基地から2000ガロン燃料給油車数台を「かが」艦内に持ち込んでいくらか解決していた。