夜勤明け
2025年4月1日 12:20 東京
真紀子は退職した職員の穴を埋めるため、臨時で入った夜勤シフトの明けだった。
一般スタッフだったら、そのまま帰って眠れるが、彼女の仕事がこれからが本番だ。
このまま先月のサービス提供の実績を締めて、国民健康保険団体連合会に請求するデータを作成する。どんなに忙しくても、取引先が確認するためのデータは明日中に完成させて、先方に送付する必要がある。サービス残業だった。
取引先のケアマネージャーが真紀子の作成した請求根拠資料を、チェックしたり数字を調整した上で、ようやく請求データが固まる。
それからデータを元にシステムからCSVファイルを作成して、国民健康保険団体連合会のサーバに向けて伝送するのだ。そこまでが真紀子の仕事。
国民健康保険団体連合会への送付期限は毎月10日だったが、途中で何かのエラーが生じるかもしれないから、決して余裕があるわけでは無い。
その後、各事業所から請求データを受け取った、国民健康保険団体連合会側のサーバで一連のジョブが完了すると、ようやく真紀子の事業所の介護報酬額が確定して、売り上げになる仕組みだった。
中々に複雑な仕組みと言える。IT化しなければとてもやっていられない。
真紀子は、職員休憩室で勝部と休憩を摂っていた。
彼も夜勤明けだが、真紀子の作業を手伝うことを買って出てくれていた。
残業代は出ないし、家庭もあるから帰るように言ったのだが、いいからいいからと手伝ってくれた。
元は優秀なビジネスパーソンなだけあって、勝部のおかげで真紀子一人だと明日までかかったはずの作業は殆ど終わりかけていた。昼休憩後の作業をあと30分もすれば帰宅できるだろう。
特に真紀子のExcel仕事を、勝部がPower ShellやVBAを使って自動化してくれたのが大きかった。
休憩室のテレビでニュースを見る。沖縄からの自主避難を疎開と呼び出すところもあった。
沖縄から家族と避難する高齢者は悲嘆にくれていた。
「沖縄がまた戦場になるなんて。長生きするもんじゃない。死ぬなら本当は地元で死にたいですが、娘夫婦がどうしてもと・・・」
動ける高齢者はまだしも、人工呼吸器を在宅で使っているような重度の障碍者や、寝たきりの高齢者の避難はまるで進んでいないらしい。
羽田で沖縄から帰ってきた家族との再会を喜ぶ母親がインタビューに出ていた。
「戦争にならないとは信じてますけど、いざとなったらどこも危ないと思いますし、万一の時は一緒に居たいですから。」
「そうよねえ・・・。」
真紀子は思わずため息まじりにテレビに同意する。その様子を見ていた勝部は、何と声をかけたものか迷う。安易な言葉をかける気にはなれなかった。
その時テロップでニュース速報が流れた。
「石垣島石垣港で爆発が発生。自爆テロの疑い。」
「え?浜名湖橋の続きってこと?2件目?まだ続きがあるってこと?」
「・・・本当に戦争にならずに済むのかしら?」
2025年4月1日 07:30 うるま市
李はいったん那覇市内を離れ、うるま市に移動していた。移動拠点のキャンピングカーを新夢咲公園に停めてから、一時的に通信を回復して状況を把握した。
これから最も重要な作戦を実施するからだ。
最重要の作戦は日本人学生を使った、日米の高価値目標に対するターゲッティングだったが、警察の妨害でうまく行っていないらしい。
本土からの暗号通信をデコードすると、この間に情報支援部隊経由で新たな指示が学生達に出ていた。
澤崎を動かして、さらに具体的な行動を指示させようとする。
そこでノートパソコンで日本人の位置情報を確認していた部下が、澤崎の位置情報がおかしいと言ってきた。
澤崎の反応が未だに那覇市内をウロウロしていた。
もうとっくに石垣島に移動しているはずだったのに。
状況を確認するため電話をかけるが全く繋がらない。スマホの電源を切っていても、こちらからの連絡は強制的に繋がる仕組みになっているのに。
そのうち反応は那覇市内のタクシー会社に移動して動かなくなった。
「どういうことでしょうか?まさか、タクシーにスマホを捨てて、逃亡を図ったのでしょうか?」
「多分そんなところだろう。チッ。ヤツめ。上手いこと隙を付いて逃げ出しやがったか。」
これも日米の諜報機関と特殊部隊による妨害のせいだ。
「探して消しますか?」
「いや。それはいい。時間が惜しい。どの道全ての資産が作戦通り活用できるとは限らない。残った資産で作戦を遂行する。
久米のおばさんと、前田のジジイの段取りをもう一度チェックしておけ。」
澤崎はすぐにでもSONや他の団体の実態が、中国諜報機関の下請け組織であることを含め、中国の企みを日本の官憲、マスコミにタレこむだろうか?おそらくそうするだろう。だがしかし・・・。
「いまさら奴が裏切っても、手遅れだ。」
石垣島の部下からのライブが、モニターに映し出されている。
デジタル地図上では、小田と青池を含む反応が、石垣島と竹富島の中間付近の海上を石垣港へ向かって移動していた。
「ようし。いい子だ。小田君、青池ちゃん、頑張ってね。」