一生の後悔
2025年3月27日 19:14 那覇市内
真紀子は花の下宿前で娘の帰りを待っていた。
昼前に那覇空港に到着していたから、もう半日以上も待ち続けている。
那覇空港には、日米の様々な種類の軍用機がひっきりなしに発着していた。
空港に到着した真紀子の目から見ても、ただ事では無いことが分かる。このタイミングで休みが取れたのは、やはり幸運かもしれないと思った。
不動産屋に訪れて、花が引っ越しをしていないことを確認すると、さっそく下宿に向かった。
何度か呼び鈴を鳴らしたが不在らしい。ダメ元で電話をしてみても、相変わらず拒否されたままだった。
勝部には出発前に、何が起きるか分からないから、マメにニュースをチェックするようにと言われている。
ニュースによれば沖縄行きの空の便は、何便かは総理の記者会見を受けて欠航になったらしい。
だが、真紀子の便は大丈夫だった。ツイていると彼女は思う。
状況は緊迫しているようだが、政治や軍事に疎い真紀子には深刻さの度合いが良く分からない。
ただ、花を東京に連れて帰った方が良さそうなことはだけは分かっていた。
東京も狙われることに変わりは無いのだろうが、いざという時、一緒に居ることだけは出来る。
自分のホテルにチェックインし、携帯の電池を充電してから下宿に戻り、花が帰るのを待ち続けた。
そこへ勝部から電話がかかった。
「八木さん、今いいですか?娘さんのアカウント特定できました!」
「え、本当に!ありがとう!」
「それが、娘さん今、宮古島に居るみたいなんですよ!」
「そうなの!?どうりで下宿に居ないわけだわ。」
「娘さん、仲間と自衛隊の展開に抗議する活動に参加するみたいです。万一本当に戦争になったら、巻き添えになりかねないです。危ないから絶対止めた方が良いです!」
「分かったわ!アカウント教えてくれる?なんとか止めるように言うわ。」
「それは勿論。ただ、彼女のアカウントなんですけど、投稿に対する賛同の書き込みが凄い勢いです。
危ないから止めて宮古島から避難しなさいって、警告してる人がいて、僕もしたんですけど、そういうの直ぐに埋もれてたり消されてしまって・・・。多分娘さん見てないです。なんとか直接会うしかないと思いますね。」
「分かったわ。ありがとう。」
電話を終えた真紀子は、ホテルにいったん戻りつつ考える。
1日無駄にしたが、休みはあと2日残っているのだ。
いまから宮古島行きの飛行機の便をとって、明日宮古島に行こうと考える。
SNSで花は活発に発信をしているから、島のどこに居るかは見当がつくはずだ。
大丈夫。今日は空振りしたが、明日こそは必ず花に会える。
そう思った時、会社携帯が鳴った。
施設長だった。
「八木さん休みのところ悪いんだけど、明日の午後からでも出勤してくれない?」
「ええ!?」
最悪だった。総理の緊急会見をきっかけに、職場を急遽退職して、東京から疎開する職員が続出しているらしい。
人手がまるで足らず、本来休みの真紀子にも出て欲しいという話だった。
娘が心配なので、休みをこのまま取らせてくれと言ったが、施設長は受け入れなかった。
「あなた何言ってるの?一般職員じゃなくて、サービス提供責任者でしょ?職員の穴をこういう時に埋めなくてどうするの?
あなたが出てこなくて、重度の入居者さんが死んじゃったらどうするの?責任とれる?
それに政府の言ってることなんて出鱈目よ!戦争なんかになりゃしないわ!
政府の言ってることがいちいち正しいなら、日本はとっくに景気良くなってるわよ!分かった?分かったら明日の午後からで良いから出て頂戴!」
一方的に話終えると、施設長は電話を切った。
真紀子は納得していなかったが、入居者を見捨てる訳にもいかないのもその通りだと思った。
若い頃の彼女なら遠慮なく施設長にキレて、その場で退職していただろう。
だが今の真紀子は良くも悪くも丸くなっている。結局、真紀子は後ろ髪引かれながら、翌日東京に帰ることにする。
本当はこのまま職場を放棄してでも沖縄に留まるべきだった。
肝心な時に我を通さなかったこの時を、真紀子は一生後悔することになる。