合意
同時刻 北京
「愚か者めが。」
中国国家主席はいかにも不機嫌そうに北朝鮮を罵った。
彼は確かに、北朝鮮の国家主席に対して沖縄・台湾同時侵攻の期日を伝えた上で、同時に北朝鮮が日本をミサイル攻撃するための理由を用意しておけとは伝えてはいた。
だが、それをこんなに早く、あからさまに行うとは考えていなかった。それもご丁寧に期日を伝えている。
(これでは優柔不断で無能な日本政府でも、軍を本格的に動かす口実を与えてしまうではないか!)
米国大統領は日本に対する全面的な支援を約束し、日本を予想される北朝鮮の弾道弾、テロ攻撃から守るため、米軍の一部に日本への移動を命じたことを発表していた。
奇妙なことに、イージス艦、迎撃ミサイル部隊だけでなく、戦闘機、対艦ミサイル、巡航ミサイル、極超音速ミサイルを装備した部隊もそこに含まれていた。新編成されたばかりのマルチ・ドメイン。タスクフォースも含まれている。
まるで、有事の際は北朝鮮に大規模な報復攻撃を行うかのようだった。
その点を記者会見で問われた報道官は、米国は日本同様、中国の行動も注視しており、中国が北朝鮮に呼応して軍事的な挑発、いや、台湾に本格的な軍事行動を行うことを懸念している。
このことへの対応も同時に行うためだとはっきり答えた。
中国は首相と大統領の演説と報道官の会見を事実無根と猛批判した。
だが、彼等の作戦初期における奇襲という目論見は崩れつつあるのは明白だった。
2025年3月27日 12:00 日本
日本の外務省は、中国を渡航勧告レベル2「不要不急の渡航はやめて下さい」に指定した。
台湾はレベル4「退避して下さい」だった。
中国のレベルが低いとの意見があったが、防衛出動が発動したとはいえ、中国が本当に台湾だけでなく日本にまで攻撃を仕掛けるのか、見極め切れない状況ではこれが限界とされた。
これ以上のレベルとなると、逆に中国に非難材料を与え兼ねない。
これは事実上、中国からの退避を個々の国民の自主判断に任せたに等しく、後に大きな禍根と議論を残すことになる。だが、約20万人の中国在留邦人を、半強制的に帰国させるのは事実上不可能でもあった。
再発したコロナ禍で移動が制限される中、広大な中国の内陸部から沿岸部まで移動するだけでも大変なのだ。
日本国内の航空会社のチャーター便を増便させて中国に乗り入れようにも、便数には限界があり、自衛隊機は南西方面への増援輸送に完全に拘束されていた。
例外的に政府専用機は法人の退避に投入されていたが、台湾からの退避のみだった。
中国だけでなく、台湾、沖縄からの避難にも機体は必要とされていたのだ。
結果として、退避の手間を嫌った者、中国との友好を最後まで信じる多くの者や、常に多数派とは真逆の意見を持つことが真理であるという思考回路の者等、多数の邦人が中国本土に残留し続けた。
政府の呼びかけにもかかわらず、買い占めの動きは活発化しており、地方や海外に脱出しようとする人々も相当な数に昇った。
官民の戒めにもかかわらず、在日朝鮮人、中国人への迫害すら起きている。両国はそれを受け、さらに日本への非難を強めた。
さらに、日本での中国人の迫害への報復として、中国国内でも日米の民間人に対する迫害が急増。両国の「ネット右翼」「無敵の人」が暴れつつある。
混乱の中で秘密回線を繋ぎ、台湾総統、日本首相、米大統領のオンライン会談が急遽開催される。
3人は中国の台湾・沖縄への攻撃について、規模は不明ながらも確実に行われるとの認識で一致。
米大統領は、侵攻に対しては全面的に介入することを約束した。
日本は、沖縄の自衛隊基地と民間空港に、滑走路を失った台湾軍機が緊急着陸することを認める。
その後も協議が続き、台湾総統は最後に決別とも取れる挨拶をした。
「もし、中共が予測より早く攻撃を開始したなら、これがお二人と話す最後の機会になるかもしれません。その時に備えて最後のお願いです。
我が国の主権と民主主義、国民の自由をどうかお願いします。私は最後まで台湾に留まります。」
総理はその言葉を聞いて
(先島の住民を避難させても、今度は台湾から難民が押し寄せることになりそうだな・・・。)
とは思ったものの、「お約束します」と答えた。
だが、台湾総統は総理の懸念を察してか、より具体的な話をした。
「おそらく、台湾だけでなく、中共は日本にも攻撃をしかけ、沖縄諸島をも戦場とするでしょう。
その時に我が国の難民が沖縄に大量に脱出した場合、自衛隊と米軍の防衛戦闘に支障が出る恐れがあります。そうなっては、台湾の防衛そのものに悪影響が出ます。
よって我々は、国民に軍と政府、それに同盟国を信じて、台湾に留まるように働きかけます。」
「総統・・。」
「ですが、万一敗北した場合です。中共の国家主席は、民主主義と言論の自由に価値を認めておらず、台湾から徹底的に排除しようとするでしょう。
恐らく彼は、前者は政治の意思決定を無闇に遅らせ、混乱させ、敵の手先と愚か者に発言権を与える有害なもの。
後者は有害無益な情報や、敵対的なフェイクニュースを紛れ込まされ国家にとっては弱点となる、やはり有害なものとでも考えているでしょう。
自分達がまさに我々の自由と民主主義のデメリットとでも呼べる部分を突いて、認知戦や超限戦、あるいはハイブリッド戦と呼ばれる工作を散々行ってきただけに。」
大統領と総理も応じる。
「そうですな。我々も直近の選挙で随分と酷い目に遭わされました。」
「総統のご認識に同意します。」
「そうであるならば、万一台湾が中共に占領されるような事態となれば、我々に対しては徹底的な弾圧が為されるでしょう。」
「つまり?」
「ええ。可能性があるうちは、台湾国民は台湾に踏みとどまらせます。ですが・・。ですが、敗北の場合は、一人でも多く我が国の人々を救い出して頂きたい。そういうことです。」