花の成績と奨学金
2024年12月27日 12:00 東京
さらに冬休みになっても、花は帰ってこなかった。
(このまま正月も帰らないつもりかしら?)
電話をかけても繋がりにくく、たまに繋がっても鬱陶しがられてすぐに切られてしまう。
そんなに沖縄の生活と大学の勉強、それにサークル活動が楽しいものだろうか?
真紀子は段々と心配になってきている。
その日の朝、郵便受けに日本学生支援機構からの郵便が届いていた。「重要」とある。
「なんだろう?」
封を開けた真紀子は、思わぬ文面に仰天した。
書類には花の成績が不良なため、この成績が続くようなら奨学金の支給を打ち切る可能性がある、と記載されていた。
「ちょっと、ちょっとどういうことよ?」
同封されている成績表を見る。
前期の成績もギリギリだったが、後期の中間テストは散々だった。
(あの子、勉強はちゃんとしてるって言ってたのに?)
真紀子は気づいていなかった。花は既に中国語以外の講義には出席すらしていなかったのだ。
平日も「サークル活動」に費やし、毎日SNSでも活動していた。昼夜が逆転する程の活動の結果、親中派アカウントとして名の知られた存在になった程だった。
(どうしたらいいんだろう・・?)
真紀子は娘に嫌われるのが怖かった。
親子喧嘩を覚悟で電話をかけて、状況を問いただすべきだろうか?
メッセージアプリだけだと、既読スルーされそうな気がした。
職場で施設長始めとした「母親」経験者達に相談してみると、「まあ、そういう時もある」「大学を留年、退学になるのは珍しくない」「好きにさせて、痛い目みさせて学ばせるのが一番」というものだった。
果たしてそうだろうかと疑問に思う。
特に最後に意見は他の子ならともかく、高校で既に痛い目を見ているのにあまり反省した様子もなく、思い込みの激しいままの花には当てはまらない気がした。
そんな冬のある日、職場での昼休憩で、真紀子は新人の男性職員の勝部という若手とたまたま昼食が一緒になった。
大卒だったが自分の性格に合っているからと、上場企業のサラリーマンから介護職に転職してきた人物だ。
彼の共働きの妻の方が出世街道を歩んでおり、遥かに高い給料をもらっていることもあった。
完全に尻に敷かれているが、気にする風もない。
「勝部君どう?少しは慣れた?」
「ええ、おかげさま大分。でも時間に追われ出すと、あせってミスが増えてしまいます。そうなってくると、元から手が遅いので先輩方に指導を受けがちですね。」
「それはまあ、仕方ないわねえ。そのうち慣れてくるから落ち着いてね。
先輩は自分の物差しで何でも判断しがちだから、新人さんの方が利用者さんの受けは良かったりするものよ。」
そんな調子でしばらく当たり障りのない仕事の話をしながら、ふと花より一世代上の大学卒業者の意見も聞いてみようと真紀子は思った。
勝部にも娘がサークル活動に入れ込みすぎて、1年目から成績不良で心配しているという話をしてみる。
勝部の最初の反応は「まあ、娘さんも若いですから、空回りすることもそりゃあ、あるでしょう。僕にも覚えがありますし。」
他と似たような答えに真紀子は多少がっかりする。
「・・・それにしても、よっぽど興味を惹かれるサークルなんですね。どんなことをされてるんでしたっけ?」
「環境保護活動だそうよ。」
勝部の表情が少し曇る。
「娘さん、どこの大学でしたっけ?」
「沖縄の○○大学だけど?」
勝部が真顔になる。
「その・・・。娘さんのサークルの名前って分かります?」
「ええと、なんだったっけ、ずっと前にメッセージで教えてもらったわ。アルファベッド三文字だったわ。見てみるわね。」
スマホを操作しようとするが、勝部が先に答えた。
「もしかして、SON?」
「そう、それ。SON!有名なの?」
「マジですか・・・。ヤバイかも・・・。」
「え?」
勝部は他に人が居ないことを確かめてから、声をひそめる。
「僕もネットでかじっただけの情報なんですけど、そのサークルって、環境保護活動はダミーで本当の目的は、日本人の学生を中国のスパイにすることだって噂があるんです。
昔の過激派みたいになりかねないって話まであったような。」
「中国の?なんでまた?あ、そういえばあの子、中国語を勉強しだしたわ。」
「一度娘さんと良く話しておいた方がいいんじゃないですか?今ならまだサークルから抜け易いかも。
その前に、僕も一度良く調べてみますんで。噂もただのデマやフェイクかもしれないですし。」
「悪いわね。でも助かるわ。」
「気にしないで下さい。八木さんにはいつもお世話になってますし!すいません。もう仕事に戻ります。情報整理できたら、メッセージアプリで報告しますね!」
勝部が自分で言っていたように、デマやフェイクニュースの類だと思う。
だが、花が性格を利用されて、妙な活動に巻き込まれているとしたら?
入学後の花の変化が腑に落ちる気がした。
(いやいや、きっと考えすぎよ・・・。)
真紀子も仕事に戻る。
食堂のテレビは、ウクライナの戦場でロシアの攻勢が始まったことを報じていた。