真紀子の目
2025年4月5日 19:25 宮古空港
真紀子は、便乗する自衛隊のヘリかオスプレイの順番を待っていた。
空港の建物は、被弾と停電で運用されていない。
自衛隊の天幕が民間人便乗者の待合室として使用されていた。
簡素なパイプ椅子に座り、膝の上に抱えた骨壺の収まった木箱をときおり撫でながら、真紀子はこれからのことを考えようとするが、中々考えがまとまらないでいた。
辛うじて、帰京したら葬式の手配をすることを考えることが出来たくらいだ。
それを知ったところで、花が蘇るわけではないが、最後の様子が分からないことが、心残りとなっていた。直近の写真が納まっているかもしれない花のスマホは壊れた上に、証拠品として押収されている。
正直、一刻も早くこの島を離れて、東京の自宅に花を連れて帰りたいと思っていた。
天幕の中で案内をしてくれいている隊員によれば、今着陸して物資を卸しているオスプレイが、燃料補給と点検を終えたら便乗して入間まで行けるとのことだった。
途中で一回那覇に着陸して給油するらしいが、それが一番早く東京に帰ることのできる便らしく、真紀子は隊員の提案に同意していた。
天幕の中で、自衛隊の有線電話が鳴った。
ディスパッチャー的な役割を任された隊員が電話を取り、やり取りを行う。虚ろな気持ちで真紀子はそれを聞いていた。
「はい。・・・。名簿を確認します。はい。ここにおられるようです。確認?了解!」
電話を持ったまま、隊員が大きな声で叫んだ。そうしないと、離発着を繰り返す機体のエンジン音に、声がかき消されるのだ。
「失礼致します!お待ちの方の中に、八木様!八木真紀子様はいらっしゃいますか!?」
突然名前を呼ばれた真紀子は驚く。
「はい。私ですが・・?」
少しお待ちくださいと断った上で、隊員がさらにやりとりを続ける。
「はい。こちらに居られましたが、間もなく出発されます。え?その確認?了解!」
今度は受話器を置いたまま、隊員が真紀子のところにやってきた。失礼しますといいながら、声をひそめて話しかけて来た。花の入っている木箱に目をやる。
「その・・・。ご家族様の最後のご様子について、是非ともお伝えしたいことがある、という隊員がおりまして。お渡ししたい物もあると。
お待ちになった場合、次の便がいつになるか分りかねますが、いかがされますか?」
一時間後、高機動車で駆け付けてきた2名の隊員は、真紀子の目から見えても、他の隊員達とは少し雰囲気が異なっていた。
一見しただけでは、どこにでも居るような人物に見えるが、何かが違う。
どこがどうと言われる説明が難しい。
だが、真紀子が気づけたのは、かつて似た空気を纏った人間に会ったことがあったからだった。
かつて真紀子が介護の仕事を始めたばかりの頃、手の遅い真紀子が何とか職場でやっていけるように、何かと気にかけてくれた男性利用者が居た。
彼は大戦時、海軍のパイロットとして数々の修羅場をくぐってきたという。
当時はその優しさに感謝するばかりではあったが、同時にその人物には隠しきれない独特の雰囲気があったことを覚えていた。
二人を前にした真紀子は、既に亡くなった、かつての利用者に感じた物の正体が少しだけ分かった気がした。
あの老人は、穏やかな生活を何十年送ったとしても消えない、「兵士」という生き方が骨の髄まで刻み込まれた人種だったのだ。火薬の匂いが染みついていると言っても良いかもしれない。
誰よりも優しいのに。
いざ戦争になれば、生きている限りは修羅の如く敵に対して、徹底的に容赦無く戦えてしまう。
その矛盾を、生涯最後まであの老人は抱えて苦悩していたのかもしれなかった。