ワイドショー
2025年4月5日 12:45 東京 某テレビ局内
防衛政策研究室長はスマホを操作して、ネットで情報を拾っていた。
本業の合間を縫って、テレビに出演し、国民に情勢を分かり易く説明するのも重要な仕事だ。
彼は13時から放送予定のワイドショーに出演することになっている。
台本の確認と発言内容については、打ち合わせが済んでいた。
あの国家安全保障会議から、ちょうど1年になる。
情報はまだまだ精査しなければならないが、戦闘は信じられない程の早いペースで展開し、その結果は悪くないと思った。
何しろ僅か3日間の戦闘で、中国の海空軍主力を壊滅させ、領土を守り切っている。
戦闘の推移は自分が予想していたより、遥かに楽な展開になった。
正直もっと苦戦すると思っていたが、中国側の誤った選択が相次いだらしく、日米台の受けた損害は事前の予測より遥かに低いレベルに留まった。
戦場では勝ったと言って良いだろう。
それでも陸海空各自衛隊は装備に防衛予算にして3年~5年分の損害を受けている。
SM3やPAC3といった弾道弾迎撃ミサイルは、ほぼ全弾撃ち尽くした。
PAC2や、03式といった地対空ミサイルや、対艦ミサイルも同様だ。
軽く5兆円分は装備を失っただろう。
自衛隊及び民間の死傷者の集計はまだ終わっていないが、沖縄本島でのミサイル攻撃と爆撃による犠牲を中心に、5千人を超えそうだ。
戦後の情勢を安定化させるためには、これらの損害の補填を行いつつ、南西諸島の防衛態勢を再構築する必要がある。
南西諸島は民間空港も壊滅的な被害を受けていることだし、必要な予算は莫大になるだろう。
その扱いを巡っては、今後の主要な政治の争点になることは間違い無い。
中国との経済協力は殆どリセットと言っても良い状態に陥るかもしれない。
戦後の日本経済への影響は想像も出来なかった。
しかし、中国側が勝ち目の無い戦争を早々に打ち切ったのは少し意外だった。
どうやら、あらかじめコンティンジェンシープランを用意してあったらしい。
そのおかげで助かった面もある。散発的な潜水艦や巡航ミサイル、ドローンによる攻撃であったとしても、だらだらと日本周辺で戦闘を続けられては、日本の経済活動への影響が長期化してしまうところだ。
(どうなるかな・・・。)
戦争をきっかけに、1年前の軍事評論家とブロガー暗殺事件以来、沈黙傾向にあった安全保障関連の言論空間は活性化しつつあった。
この事態への責任について、政府への総括と反省を求める声も強まっている。
だが、それ以上に所謂「左翼」「リベラル」への批判が強まっていた。
彼等の主張する「平和」とやらが、利敵行為でしかなかったことは、今やはっきりしたからだ。彼等自身は決して認めることは無かったが。
彼は冷ややかに思った。
(彼等はかつて、第2次大戦終結後の職業軍人達と、創設からずっと自衛隊員達に理不尽なまでに非難を浴びせ、苦哀を味あわせてきた。だが今度は自分達の番というわけだ。
彼等のことだから、被害者ヅラはするのだろうが。
日本は民主主義国家だから、彼等に対しても言論の自由と人権は保障される。
だが、かつてのように何かにつけて自衛隊駐屯地に押しかけて、抗議活動を行うような真似は、もう出来ないだろう。その点だけはスッキリするな。)
「それにしても・・・。」
独り言と共に、彼は思いをさらに巡らせる。
何にせよ、これで長く続いてきた日本の戦後は、ようやく終わる。
憲法9条の改正に文句をつけ辛い情勢になった。少なくとも自衛隊の存在を明記することは、確実に行えるだろう。
日本とドイツは長く続いた世界史における「悪役」「加害者」としての立場を、それぞれロシアと中国に引き渡すことができる。
これらの戦後の情勢が果たして、日本にとって吉と出るか、凶と出るかは、今後の政治家と彼等を選択した国民の判断に委ねられるだろう。
そこで選択を誤り、無闇に戦争に関わることで無用の犠牲が生まれ、その果てに日本の国力が衰退するようなことがあれば、今回の勝利は空しいものになる。
日本人の覚悟と見識が問われるのは、むしろ呪縛が消えるこれからなのだ。