胡の賭け
2025年4月4日 5:30 上海
張中将は仮眠を終えたところだった。
元々は仕事に没頭すると寝食を忘れて没頭する質だったが、最近は加齢と共に無理が効かなくなっており、意識して食事と睡眠を摂るように心掛けている。
指揮所に戻り、自分の席に座った彼は各軍の指揮官に取り囲まれた。
「何だ?」
胡が前振りを行った。
「司令が休んでいる間に、新たな損害が発生している。第72集団軍は夜間も戦闘を継続して北上を続けている。
その支援を行うべく、夜間爆撃を行った空軍1個旅団が壊滅した。
まったくの奇襲だったそうだ。米軍か日本軍が、F35を台湾上空に滞空させているのかもしれない。」
「それは分かった。で、本題は?」
「自分の不手際だ。空軍には想定を遥かに上回る損害が出ている。損害に構わず作戦を推進したが、それでも、もはや沖縄の航空優勢の獲得は困難だ・・。
海軍もまた大きな犠牲を払い、海上輸送の目途が立たない。」
「それで。何が言いたい?」
後を受けて、沖縄方面の水陸両用作戦を指揮している王陸軍少将が発言した。
もっとも彼は数時間前に拝命したばかりだった。
前任者が沖縄沖で乗艦だった075級を撃沈され、消息不明となっていたがために、陸戦隊勤務が長く、長征作戦司令部附だった王が、急遽臨時で兼務することになっている。
かつて彼の部下だった者達の多数が未だ先島で戦闘中だ。
「これ以上、先島諸島の作戦を継続することは無意味です。増援も補給の希望も無くなったいま、残存する部隊に投降するように命じて頂きたい。」
胡と王の進言を聞いた張は、しばらく考えてから答えた。
「・・・ダメだ。中央軍事委員会は島の確保、あるいは敵の拘束を厳命している。」
それを聞いた王が激昂する。
「何を言ってるんだ貴様は!私の部下を皆殺しにする気か!!」
言うが早いか、王は階級差を無視して(年齢は王の方が上だったが)、張に掴みかかった。
胡達が慌てて二人を引き離す。
胡には張は大して動揺もしていないように見えた。あくまで冷徹に言い放つ。
「王少将、君は部下に過剰な思い入れがあるようだな。
あくまで軍と将兵は、国家と党と人民の願いを実現するために存在するのだ。優先順位を違えてはいけない。」
その後も、他の指揮官が激しく突き上げたが、張は頑なに先島上陸部隊の投降を認めなかった。
仕方なく引き下がった胡だったが、不可解な気分だった。
張のことは大嫌いで、彼を理解しようなどという気持ちは微塵も無い。
だが、柔軟な思考の持ち主で物分かりの良かった張が、戦況が苦しくなり出した途端に頑固になってしまった。
(奴は何を考えている?戦況がよほど有利な時しか能力が出せない程度の人物だったのか?いや、そうではないとしたら?)
胡は張が何を考えているのか、いくつか推論を立てた。その上で、自分がどう行動すべきか考えを巡らせる。
(考えすぎか。失敗したら、今度こそ自分のキャリアは終わる。
だが、このままでも沖縄の航空優勢を奪回され、そこで大損害を出した自分の将来は厳しい。
他の軍司令官との競争どころか、空軍部内でいつ足元をすくわれるか、知れたものでは無い。
このまま台湾まで戦況が悪化した場合に備える意味でも、賭けてみる価値はあるか?)
彼は小休止を摂ると言って、副官を伴って離席。いったん自室に戻った。
そこで副官に命じた。直ちに北京に飛んで、中央軍事委員会に張の頭越しで、胡とコネクションのある委員に先島上陸部隊の降伏を進言するようにと。
それを聞いた副官は驚いた。胡はつい先日似たようなことをして、自身の立場と戦況を悪化させたばかりだったからだ。
言葉を選んで懸念を伝えようとする副官を制して、胡は言った。
「貴様の言いたいことは分かる。先日のことがあるからな。そこは分かった上でのことだ。頼む。行ってくれ。」