築城基地炎上と対艦攻撃第2波発進
彼等は先刻の空挺作戦の迎撃には間に合わなかったが、そのまま与那国上空の制空権を一時的にでも得ようとしていたのだ。
「かが」飛行隊は、容赦なく接近する中国空挺部隊に対してAIM120Cを斉射。
その結果、15機のヘリコプターを瞬時に撃墜された中国側だったが、それでも20機が生き残り、ひるむこと無く降着。
さらに1個中隊を、与那国に送り込むことに成功した。だが、もうそれ以上の空輸は中止に追い込まれた。
航空自衛隊のF2による上陸船団への第2次攻撃は、このような状況の下、満を持してと言って良い状態で行われたのだ。
2025年4月3日 19:03 与那国島沖
中国側も、上陸船団に対する脅威を認識していた。
しかし、そうと分かっていても、もはや十分な直掩機を手当てできず、先島への爆撃も論外なまでに危険になっている。
状況を悟った胡中将は、初日の航空優勢から僅か1日で陥った落差に混乱している。
だが、それでも打てる手として、巡航ミサイルによる日本本土への追加の攻撃を行った。
第1船団、第2船団の護衛艦隊が無事に帰投しなければ、上海で待機中のLo-Lo船を主体とする、第3船団も行動できない。
胡中将とその司令部は、那覇、嘉手納、築城、岩国に巡航ミサイル攻撃を行うことで、日米の航空機による、船団に対する航空攻撃を一時的に封じ、彼らの上海への帰投を援護しようと考えていたのだ。
攻撃は、残存するH6K、Mが、慎重に内陸部からY8電子戦機を伴って電子妨害を行いつつ、夜間攻撃で実施した。
奥地の空軍基地も叩かれていたから、その機数は十分では無い。しかし、もうこれ以上の攻撃失敗は許されない。
那覇、嘉手納は相変わらず対空ミサイルが不足しつつあったから、巡航ミサイル数発が着弾した。
それでもF35Bの運用に、
支障が出るほどでは無かった。それどころか、間もなくF22の運用も再開できそうだった。
岩国基地への攻撃は、CAPの迎撃と、米本土から充分に補充されていた対空ミサイルの厚い迎撃に阻まれ、戦果を挙げることは出来ずに終わる。
築城基地における迎撃は、こうはいかなかった。
1個高射隊しか迎撃ミサイルPAC2が配備されていなかったため、201飛行隊のCAPとスクランブルにも関わらず、滑走路と格納庫への被弾を許してしまったのだ。
この被害により、攻撃準備を整えつつあったF2A2個飛行隊が発進不可能となっただけでなく、10機のF2が地上撃破された。
間の悪いことに、F2はASM3Aの搭載中だったため、誘爆も生じている。
築城基地はシェルターが未だに建設されておらず、追加されていた分散パッドの設置は被害極限にある程度効果はあったが、根本的な解決にはなってはいなかったのだ。
攻撃を行ったH6の編隊は、北部戦区の差し出した護衛機に守られ、帰投に成功した。
中国内陸部からの攻撃に対して、さすがに斉州島からの米軍機による迎撃は無い。
今回は中国側の慎重な攻撃が成功したのだ。
2025年4月3日 20:00 鳥取県 美保基地
F2装備の飛行隊のうち、第8飛行隊は早朝の攻撃後、築城に帰投してから美保基地への退避を行っている。
この措置は功を奏した。
築城からの発進は一時的に不可能になったが、第8飛行隊はほぼ全力で出撃が可能だったのだ。彼等は離陸すると、同じ美保基地から離陸したKC46からの給油を受け、九州沖に向かった。
301飛行隊のF35Aも、新田原への集中を避けるため、美保に展開しており、第8飛行隊の直掩に就いた。(彼等はF35に給油出来ないというKC46の不具合のため、KC767からの空中給油を受けていた。)
第8飛行隊は、対艦装備のまま美保基地に移動している。
しかもASM3Aは備蓄が十分でなく、第8飛行隊が補給されていたのは、陳腐化しつつあるASM2Bだった。
その分、1機あたりの搭載数は4発になったから、2発しか搭載できないASM3Aの倍だ。
第3、第6飛行隊が出撃できないため、F2の出撃数は6割以上も減少したものの、対艦ミサイルの弾数は3割の減少に留まっている。
同時に新田原からは、302、303飛行隊が発進した。303飛行隊はJSMを搭載している。