現行犯
困惑した住民が問いかける「どういうことですか!?説明して!」
自衛隊員のリーダーらしい2人が答えた。
「あー、えーと、要するにですね。この二人は皆さんを避難させるふりをして、わざと戦闘に巻き込んで、死傷者を発生させようとしてます。」
「そういうことなんです。さあ、家に戻って下さい。なるべく奥に。」
石橋と白神だった。
「え!?なんでそんなことを?」
「自衛隊が住民を戦闘の巻き添えにしたと、戦後に非難することが出来る材料にするためだと思いますよ。あなた方を犠牲にしてね。」
ひきつった表情の西川が文句をつける
「何を言ってるんだ君達は!証拠でもあるのか!?」
そこへ遅れて高機動車から降りてきた「レイ」が、つかつかと歩み寄り、タブレットを操作した。
すると、先ほど堀部と西川がレンタカーの車内で行っていた密談が再生される。
「レイ」が日本語で話す。
「やあ。ボランティアマン。僕の顔を覚えてるかい?覚えてないよな。
昨日、君は僕らを見ようしなかった。他にも挙動がおかしかったからな、君のことは少し調べてたんだ。
それで夜になってから、レンタカーと宿に念のために盗聴器を仕掛けたんだよ。中国のスパイかと思ったが、もっと酷かったな。」
事態をようやく理解した住民達は、その場で凍り付いたようになっていた。
「レイ」が続ける。
「君ら自分達だけが特殊だと思ってないかい?おあいにく様だけど、君達みたいな「HENTAI」は世界には割とたくさんいるんだ。レアじゃない。
イラク、アフガン、それにウクライナ。善人を装って、他人の不幸見物にわざわざ自分の身を危険にさらすような、ね。
僕は世界中で見て来たんで、君を見た時ピンと来たよ。ああ、日本にも居るんだってね。」
「そういうわけだ。どうだい堀部君?若い頃は自分が何か特別な存在だと勘違いしがちだが、君もそのクチか?」
詰んだことを理解した堀部は、それまで装っていた人の良さそうな表情を一変させると、低く罵った。その暗く、何もかもを呪うかのような表情と声音に、側に居た住民達は背筋が凍った。
「アンタらも似たようもんだろうが、この人殺し共。」
「ダッド」がやはり流暢な日本語を余裕で返す。
「もっと気の利いたことを言ってくれよ。君達みたいな偽善者が俺たちに身柄を押さえられた時には、世界共通で「この人殺し」だよ。正直、聞き飽きてるんだ。」
そう言いながら、「ダッド」は慣れた手つきで、瞬時に二人を結束バンドで拘束してしまった。
西川は悪あがきをしていた。
「車内の会話は冗談だ。現行犯でもない限り、自衛隊や米軍に身柄を拘束する権利はないだろう!?警察官と弁護士を呼んでくれ!」
「お前今更何言ってるんだ?そのガキが、自慢げに前田から中国とのコネクションを引き継いだって言ってたろ。
前田は正直、小物だと思ってたが、本当に中国情報支援部隊との繋がりが有るなら、話は別だよ。」
「君達は合衆国国民の貴重な税金で、特別に航空便を手配することになると思うよ。ボランティアマン、君はまだステイツに旅行したことは無いだろう?楽しんでくれ。」
「ボランティアマンだあ?せめて名前を呼べよ。調べたんだろ?知っているくせに。何でどいつもこいつも俺をちゃんと扱おうとしないんだ・・・。」
一連のやり取りを見ていた住民達は、血相を変えて住居に戻って行った。
石橋と白神は全く気付いていなかったが、彼等は住民グループだけでなく、下地里奈の人生も救い、妹だけでも無事に幸せな人生を歩んでほしいという、下地祐樹最後の願いも叶えつつあったのだ。
個人携帯無線機に着信が入る。石橋達とは別の班が、近傍に中国空挺部隊グループの存在を確認していた。
「レイ」が自衛隊員達に叫ぶ。
彼等は、石橋達が急遽かき集めた戦線後方の特科隊、後方支援隊の隊員が殆どだ。若い普通科の隊員はあまり居ない。女性隊員も多い。だが、訓練は受けているし、元は普通科だった者も居る。
「OK!ガイズ!ロック・アンド・ロードは済んでるな?もう一度携帯火器をチェック!敵は精鋭だ。手強いぞ。
だが、俺たちなら勝てる!やっつけようぜ!
いつもの訓練通りにやるんだ!目標をしっかり識別して、民間人を撃たないように気を付けろ!84ミリの使用はNGだ!この状況では破壊力が大きすぎる!」
陸自のヒエラルキーの最上位に位置する「特殊部隊」、しかも米軍の隊員に励まされた隊員達は雄叫びをあげた。そのうち一人が疑問を提起する。
「こいつらはどうするんです?」
堀部と西川のことだ。石橋が答える。
「ついてこさせる。無理に逃がさないようにしなくていいよ。情報源はこいつらだけじゃないし。」
西川が青ざめて抗議した。
「民間人を戦闘に巻き込むのか!」
白神が呆れたように口にする。
「百歩譲っても、お前さんがやろうとしてたことと同じだろうが。こっちは不可抗力なんだよ。生き延びたら、裁判でもなんでもやってくれ。」
西川と対照的に、堀部は早々と達観した表情になっていた。
その様子を見つめていた「レイ」はやりきれない。
不幸の連鎖だと思う。きっと彼は、今ここで戦闘に巻き込まれて死んだとしても、それはそれで構わないと思っている。石橋が教えてくれた、日本のスラングで言うところの「無敵の人」なのだろう。