間接的な住民虐殺
堀部と西川は直ぐに行動を開始した。
西川と面識のある、かつて自衛隊の駐屯地開設に反対していた住民グループを煽動するのだ。
彼等は、政府や自衛隊に対する不信感が強い。
避難しなかったのも、政府の発表とは真逆の判断をしてしまい、中国の侵攻も北朝鮮の攻撃もあり得ない、と考えてしまったような人々だ。
さすがに現実に攻撃が始まり、さらに突然周辺で中国空挺部隊との地上戦、という事態に至り、動揺はしている。
だが、そこに西川がやって来て旧知の住民に対して「あなた方はやはり間違っていない。政府や自衛隊のいうことを聞いていたら、自分と家族が危うい。家を出て避難しよう。」と持ち掛けたのだ。
「あちこちで撃ち合いが始まってるじゃないか。今回ばかりは、さすがに自衛隊の言う通り、家のできるだけ奥に居た方がいいんじゃないか?」
西川の呼びかけに、家から出て来た住民のうち数人はそう言って、疑問を投げかけた。
周辺では銃撃音と爆発音、それに何かが飛び過ぎる音が断続的に鳴り響いている。
「そうかもしれませんが、中国のパラシュート部隊が現れたということは、自衛隊が負ける可能性が大きい。
そうなった時、住民だけだと中国軍がウクライナのブチャにおけるロシア軍のような行為をした時に、守ってくれる者がいません。
そもそもの話、結局駐屯地を開設してしまったから、自衛隊がいるから、中国が攻撃してきたんです。
だから断固として自衛隊にこの事態の責任をとってもらい、あなた方を直接保護してもらうべきです。」
「それに僕が昔、東北の津波で家族を失った時と感じが似てるんです。悪い予感がします。」
「西川さん、この若いのは誰だい?」
西川は堀部のプロフィールをかいつまんで紹介する。東北の震災で家族全員を失った、若いボランティア活動家というだけで住民たちは堀部に無条件に共感し、信用してしまう。
「それで、家から出てどうするんだ?」
「ここから4キロ離れた、航空自衛隊のレーダーサイト。あそこへ皆で歩いて避難するんです。下手に車で移動しない方がいい。」
堀部と西川の話は、冷静に考えれば滅茶苦茶なものだったが、動揺した住民達は二人の肩書もあって、その提案に同意してしまった。
西川の目論見通り、住民達は「自分達の過去の主義主張の間違いを認めたくない」という心理を突かれて、煽動に乗せられたのだ。
彼等は防災無線の呼びかけとは逆に、戦闘地域を徒歩移動することで、レーダーが破壊された航空自衛隊宮古島分屯基地へ避難しようとしている。
自衛隊の展開地域は戦闘に巻き込まれる危険があるので、絶対に近寄らないように繰り返し防災無線もNHKも、何度も繰り返しているにもかかわらず。
二人の目論見は半ば成功していた。
約30人の住民グループがもたもたと、集団で島の中心部にある宮古島分屯基地に移動すれば、その途中で確実に地上戦に巻き込まれるはずだった。
あとは、堀部と西川が要領良く自分の身を守りつつ、彼等に生じる悲劇をライブで見物すれば良い。
西川としては、自衛隊か米軍が彼等を誤射するように持ち込み、そこを撮影したいが、そこまで上手くいくかは運次第だと思った。
戦後、生き残った住民に二人の判断が誤っていたと訴えられるかもしれないが、そうなったとしても、「悪気は無かった、あくまで悪いのは自衛隊」と言い張るつもりだ。
彼等が行動に移ろうとした時、自衛隊の高機動車とパジェロ数台が駆けつけてきた。
ドアが勢い良く開き、陸上自衛隊員が降りて、住民を取り囲む。
「なんだなんだ?」「どういうこと?何が起きてるの?」
「皆さん、家に戻って下さい!危険です!」
「西川和馬と堀部祐一、お前らの身柄を拘束するぞ!」