例外中の例外達
宮古戦闘団司令部は市側に落ち着いて、今まで通りに市民に戦闘が収まるまで家から出ないように呼び掛けるように、と連絡してきた。
だが、彼等の想定を遥かに上回る悪意が宮古島には存在していたのだ。
2025年4月3日 15:42 宮古島 城辺町
アマチュア無線愛好家の川崎は、家族は沖縄本島に避難させて、自分は宮古島に留まっている。
彼はウクライナ・ロシア戦争においてアマチュア無線愛好家が、ロシア軍の通信を傍受して爆撃の開始を認識し、避難情報を発信した事例に倣って自分も同じことをするつもりでいた。
本音を言えば、中国軍や台湾軍、自衛隊、米軍が普段出さないレアな電波を傍受できる、一生に一度のチャンスだと思ったこともある。
そもそも、普段から彼等の電波を拾い易いというのが、彼がわざわざ宮古島に移住してきた理由の一つだったのだ。
だが今のところ彼には防災無線や、Jアラート以上のことは出来ていない。
今まで傍受したことが無い中国軍の電波を傍受し、それが弾道弾部隊のものだと気付いた時にはとっくに着弾していた。
普段からマークしていた、中国の爆撃機部隊や戦闘機部隊の一斉離陸を傍受した時は興奮と戦慄を覚えた。
彼はSNSに情報を投稿したが、自衛隊も同様に無線傍受とレーダー探知で、総務省と各自治体に直ちに避難情報を渡していた。
情報を受け取った総務省と自治体は多少の戸惑いを見せつつも、まずまずのタイミングでJアラートと、防災無線での避難情報を流している。
だが、今、川崎は今までとは異なる無線交信を傍受していた。
「これは・・?何だ?爆撃機や、戦闘機じゃない。輸送機部隊か?行き先は、こっちか?輸送機が先島諸島に向かうとしたら・・?」
川崎はミリタリーマニアという程では無いが、無線の趣味を通じて、そちらの知識もある程度持っている。
おそらく中国軍が空挺作戦を開始したことは想像出来た。
彼は、そう判断した根拠と、誤りである可能性があると断った上で、新たに先島諸島に対して中国軍による空挺作戦の可能性があることをSNSに投稿した。
自衛隊側は、輸送機部隊の離陸の兆候は無線で傍受していたが、低空を飛行する目標に対するレーダーでの探知が遅れており、自治体と総務省への連絡が遅延している。
このため中国空挺部隊の出現と、引き続き屋内への避難を呼びかけるJアラートの発動および防災無線の放送は、ほぼ同時になった。
その時には直前に空襲警報が出ていたのにもかかわらず、様々な事情から恐る恐る屋外に出ていた市民も、それなりに存在している状況だったのだ。
川崎は公共の連絡よりも、ほんの僅かに早く、避難の呼びかけが出来たことに満足を覚えつつ、自宅の窓から空の様子を伺った。
そうだ、と思う。
「彼」には念のために直接連絡してやろうと思う。
先日知り合った若者だ。
巻き添えで死ぬかもしれないというのに、万一宮古島が戦場になった時、ボランティア活動をするためにやってきたという。
東北の震災で家族全員を失ったということから、動機が分かる気がした。彼のような「立派な若者」は、死なせるわけにはいかないと思った。
堀部は川崎から電話で直接連絡を受けた。丁寧に礼を伝えて電話を切る。
電話を切ると、彼はぼそりと呟いた。
「一度、人が撃ち殺されるのを見たかったんだよな。」
彼は、前田に紹介された地元の新聞記者に連絡を取る。
すぐ近くに居た。相談があるので、急いで直接会って話そうと持ち掛ける。
前田がわざわざ紹介したということは「そっち側」の人間の可能性があった。
西川という沖縄地方紙の新聞記者は、権力の監視を信条にしていた。表向きは。
誰にも明かさないが、人の不幸を合法的に見ることが出来るというのが、本当の目的で報道の仕事についているような人物だ。前田と堀部が見込んだ通りの、二人と同類の人間だったのだ。
更に西川は日米が勝利した場合、自社の立場が悪くなってくることを理解している。
彼等は日本の防衛政策と、自衛隊と米軍の在り方、存在そのものを徹頭徹尾批判どころか否定して、おまけに中国は脅威では無いと主張してきたからだ。
西川自身、半ば本気でそう思っていた。でなければ、沖縄本島から戦場になる宮古島にわざわざ来ない。
だが、現実はそうではなかった。
彼は戦後の自分達の立場を相対的に悪化させないために、自衛隊と米軍が悪者になってもらう事件が必要だと考えている。
例えば、自衛隊が守るべき市民を誤射するといったような。
そのような現場を記者として押さえることが出来たなら、自社は潰れても、自分だけは新聞記者という立場を戦後も守ることが出来るかもしれない。
そのような現場は当然ながら自分の身を危険にさらす。
西川は戦後も自分が記者という立場で、人の不幸を眺めながら正義の棍棒を振りかざし、反論する術に乏しい誰かを殴ることで飯を食っていくつもりだ。
そのためなら、ある程度ここで危険を冒すのもやむを得ないと思っていた。
だが、どうやって?そう思っていた時、上空に聞きなれないエンジン音や、ミサイルの発射音、銃声がなり響き、地面が揺れる。
あやうくスマホが受信していることに気付かないところだったが、彼は堀部からの着信に気付いた。
中国空挺部隊と自衛隊との戦闘があちこちで始まっているのに、堀部は車で西川の滞在場所に駆け付けてきたのだ。
だが、彼が持ちかけてきた話は渡りに船だった。
話を聞いた西川は、一目で自分の本性を見抜いていた堀部にゾッとする。そして堀部が持ちかけた話にも。
「なんて奴だ君は。善人だと思っていたが、とんでもない悪党だな。前田の爺さんが見込むわけだぜ。」
「それはお互い様ですよ。僕一人じゃ難しいんです。自治体や自衛隊の言うことを、素直に聞かなそうな人たち、知りませんか?」
「この近くに、以前自衛隊の駐屯地開設に反対した地区がある。割と長く取材をしたから、すっかり顔なじみだよ。」
「いいですね。手伝ってもらって、あなたの記事になってもらいましょう。」