煙草外交
2025年4月3日 15:05 築城基地
201飛行隊主力は、築城基地でスクランブル待機や、CAPに機体を差し出して、残りは整備と待機中だった。
田辺二尉は、早朝の空中戦から随分と時間が経過したように感じていたが、まだ半日しかたっていない。
待機していると、姿を消していた柳瀬がやって来て彼を廊下に連れ出し、声をひそめる。
「奴さん、救難が拾ってここに居るらしいぜ。」
「奴さん?」
「お前さんがキってやった、あの凄腕だよ。警務隊の詰所に居るってさ。挨拶しに行こうぜ。ボヤボヤしていると、横田かどっか、アメちゃんの基地に移送されちまう。」
「え?隊長や司令の許可とったんですか?いつまた出撃になるかも分かんないのに。」
「あのなあ、「キャノ」。いつも言ってるだろ。お前さんはいい子ちゃんすぎるんだよ。もうちょっとヤンチャした方が、良いパイロットになれるってもんよ。で、どうする?」
どうやって手配したのか、柳瀬は田辺を伴い、警務隊に話をつけて潘と対面した。
簡素なスチールの机と、パイプ椅子に座る中国人パイロットは、精悍かつ、ふてぶてしい態度を崩さない。
田辺には、彼と柳瀬のまとう空気がそっくりで、まるで親戚か兄弟のように見えた。
柳瀬は田辺にスマホアプリで通訳をさせる。
「よう。運が良かったなアンタ。俺は柳瀬三等空佐、こっちの若いのは田辺二尉。あんたを落としたのは彼さ。」
「・・・潘少佐だ。君達は運が良かったな。」
「だろうな。AAM5を躱された時は、こっちが殺されると思ったよ。大した腕だ。」
潘は無表情だが、目には殺気を宿している。同席している警務隊員が気圧されるのが分かった。
「おまけに君達は致命的なミスを犯した。」
「ミス?なんだい?」
「私を殺さなかったことだ。何故私のパラシュートを撃たなかった?君達の優秀な救難機で、何故私を助けた?大きな間違いだ。
君達の戦い方はもう分かった。君達は建前上、私を処刑するわけにもいかず、祖国に帰すのだろう?
そうなって次に戦う時には、部下の仇を必ず取る。君を今度こそ殺す。」
「そうだな。あんな幸運には二度と恵まれないだろう。
次にアンタと戦って勝てる気はしないよ。
だがな、次に戦う時は、この若いのはもっと強くなってる。俺もアンタも手も足も出ないくらいにな。
アンタは俺を殺すかもしれない。だが、その時はこいつがアンタを殺す。」
「・・・とてもそうは見えんが。」
「まあ、そんなに固くなるなよ。戦争だから恨みっこ無しだ。こっちだって、仲間を殺されてる。
それより、俺はアンタが煙草に不自由してるんじゃないかと思って、心配してきてやったんだぜ?」
柳瀬は潘に煙草を勧める。潘は素直に煙草とライターを受け取り、火をつける。
「それからな」柳瀬は個別に名前を挙げて、3名の潘の部下が救難隊により救助され、1人はベイルアウトした時に負傷したはいるが、3人共に命に別状は無いと伝えた。
それを聞いた潘の態度は幾分和らいだ。
彼の態度は、グアム沖で高少佐が秦上佐に見せた態度と一緒だった。藩もまた、典型的な戦闘機乗りという人種だったのだ。
柳瀬も煙草に火をつける。潘は田辺を不思議そうに見ていた。
「ああ、こいつは煙草吸わないんだ。」
「タバコを吸わない奴が居るのか?問題だな。」
「だろ?困ったもんよ。」
スマホを操作しながら、流れて来た音声に田辺は顔を歪めた。
(なんで煙草を吸えば吸うだけ強くなる、みたいな話になってるんだよ。しかし、この中国人も妙にクセがありそうだな。)
「それにだな」柳瀬が言葉を次ごうとすると、潘が被せてきた。
「まさか、博打もしないんじゃないんだろうな?」
「何?アンタの部下もそうなのか?」
「うむ。君は敵だが、よーく分かるぞ。最近の若いパイロットは、訓練も真面目に取り組むし、難しい電子機器の扱いも良く勉強もするが、イマイチ元気が無い。若い時はもっとこうな・・。」
日中のベテランパイロットは揃って腕を組む。
「ヤンチャでないと活きのいい戦闘機乗りにはなれん。そう言いたいんだろ?いや。お互い苦労しているな。
最近の若い、いい子ちゃんパイロットには困ったもんだよ。若いうちから小さくまとまってどうする?」
「まったくだ。君は敵だが、その点については全く持って同感だ。」
潘はうんうんと頷く。
「おいまさか、酒と女もか?」
「いや、そっちはそこそこだが、俺や多分アンタの若い頃と比べると可愛いもんよ。」
潘と柳瀬、日中のベテラン戦闘機乗りが妙な部分で意気投合していると、そろそろ時間だと警務隊員に促された。
最後に田辺は潘に対して「次は自分の実力であなたを墜とす。だからそれまでは、元気でいて下さいね」と挨拶をした。
「ふん。大人しそうに見えるが、さすが私を撃墜しただけのことはありそうだな。最低限の度胸はあると見える。」
そういうことだと言って、柳瀬は最後にストックしていた煙草4箱と、ライターを潘に渡すと退室する。
別れ際、二人は同じことを、同時に口にした。
「「じゃあな。次に空で会った時は、アンタを(君を)を殺すからな。」」
事実上、この時点で潘の戦争は終わったのだ。