強行退職
気が付くと、会社携帯に出勤を促す、施設長からのメッセージと着信履歴が山のように溜まっていた。
ようやく真紀子は施設長からの着信を取る。
「ああ、やっと繋がった。ちょっと八木さん大丈夫?大丈夫なら電話に出て!
あなた最近おかしいわよ!自分の立場をちゃんと認識しているの!無責任すぎるわよ!ただでさえ人が足りないのに。
今日のシフトとっくに始まってるわよ!いまどこにいるの?」
そうだ。花がもう居ないなら、こんな職場で無理に働くことは無いじゃないか。
彼女とった行動は、人によっては身勝手なものに映っただろう。
「辞めます。」
「はあ!?」
「娘が沖縄で亡くなりました。・・この戦争で。」
「え!?本当に?」
考えてみれば、施設長は日頃から国が悪い、国が悪いと口にしているような人間だった。
(ただし、消費増税は自分達介護職員の給料が上がるので例外だった。)
花はそんな思考回路の連中に巻き込まれ、自分が何をやっているのか冷静に考え直す機会も奪われ、唯一の家族との接点を断ち切られた挙句、殺されたのだ。そう思うとたまらない。
こんな連中が山ほどいるから花は死んだのだ。
「何が戦争になんかなりゃしないよ!我慢してれば、いつまでもいい加減なことを偉そうに言って!おかげでこのザマよ!
アンタのたわごとを真に受けた私が馬鹿だったわ!責任とれなんて言わないから、もう私に関わらないで!辞表と会社携帯は郵送で送るから!」
そして彼女はさっさと辞表を手書きで書き上げ、会社携帯と一緒に施設に郵送したのだ。
勝部にだけは、世話になったのに迷惑をかけると謝罪の連絡を入れた。
「ご愁傷様です。力になれず済みませんでした。こっちのことは気にしないで下さい。まだ手伝えることがあったら言って下さい。」
彼にはそれ以上、真紀子にかけるべき言葉が見つからない。
ちなみに真紀子だけでなく、戦争が始まってから、さらに多数のスタッフが首都圏からの避難、疎開を図ったため、施設の運営は立ち行かなくなっていた。
入浴や、居室清掃、レクリエーションといったサービスを中止させ、食事や排泄等の最低限のサービスを回していくので精いっぱいだ。
介護に使う資材も、パニックで届かない場合がある。
(勝部も妻を首都圏から、念のために長野の実家に帰していた。彼自身もいよいよ首都圏も攻撃されるようなことがあれば、なりふり構わず東京から逃げるつもりだ。)
会社を辞めて、沖縄に向かう決心をした真紀子だったが、当然ながら沖縄への交通は遮断されていた。
沖縄どころか、首都圏では主要な交通手段が機能していない。新幹線は運休だった。
当座の金をおろし、数日分の着替えを用意した真紀子は、部分的に動いている在来線や、タクシーを乗り継いで西に向かった。
(真紀子は運転免許をもっていない)
タクシーでの移動は運転手達との交渉になったが、「娘が沖縄で亡くなった」と伝えれば、何とか行けるだけ行ってくれた。
下道もところどころ謎の渋滞が起きていたが、3日の早朝に大阪までたどり着く。
大阪にたどりつけば、フェリーか飛行機が復活すれば沖縄に行けるはずだ。だが、タクシーを降りた途端に疲労を覚えて一泊することに決めた。
タクシーの運転手に促されても、水分も食事も殆ど取らなかったことを思い出す。
ホテルで見たニュースで最も気になったのは、先島諸島へ中国軍が上陸しようとしている、というものだった。
宮古島が中国軍に占領されてしまおうものなら、花と対面することがいつになるのか、そもそもの機会が無くなってしまうかもしれなかった。
窓の外には桜が咲いている。何事なかったような見事な咲きぶりが、今の真紀子には恨めしい。