真紀子、西へ
2025年4月3日 10:12 大阪市
真紀子は大阪のホテルに居た。
彼女には関西の状況は、東京よりは落ち着いているように見える。
TVではNHKが延々と「沖縄・台湾侵攻」についての臨時ニュースを繰り返している。
・北朝鮮から大規模な弾道弾・巡航ミサイル攻撃。被害は軽微
・同じく中国から大規模な弾道弾・巡航ミサイル攻撃。沖縄に被害。建物の被害と死傷者が発生
・中国空軍による空襲。沖縄と台湾上空で大規模な空中戦が継続
・尖閣諸島は占領された模様
・グアム沖で米国艦隊が中国艦隊に勝利
・先島諸島に中国からの上陸部隊と見られる船団が接近中
・国連では米中の主張が真っ向から対立
・世界経済と日本の物流は大混乱
・日米台を支持し、中国を非難する各国の反応
・現時点では限られている、現地の被害状況の映像
・総理、官房長官、防衛大臣の記者会見
・大都市や自衛隊、米軍基地周辺から避難、疎開しようとする人々
・日本から脱出しようと空路と海路の再開を待ち続ける人々
それらが一巡すると、国際情勢と戦況について専門家の解説が始まる。
そして、画面の枠には、死亡が確認された民間人の指名が順次表示されている。
そこに八木花の名が加わった瞬間、真紀子は思わずTVを消した。
一連の中国の攻撃は、専門家によれば、明らかに遥か以前から計画されていたとしか思えないということだった。
そして、自衛隊の必死の迎撃にもかかわらず、一両日中に先島諸島に対して中国軍が上陸してくる公算が大きいという。
事実上の全島避難がほぼ達成された与那国島と異なり、石垣、宮古両島は未だ多数の島民が残っている。
「どこに避難すればいいっていうの!」という島に取り残された人々の、悲痛な訴えもTVは流していた。
今更ながら、シェルター建設をはじめ、政府の防衛力強化の取り組みに、ことごとく反対してきた沖縄県知事の見識に非難が集まりだしているらしい。
他にすることも無く、うつろな表情で真紀子は何も写していないモニターを見ていた。
昨日の昼過ぎ、真紀子に宮古島の警察署から連絡が入った。
覚悟はしていた。
中国の弾道弾攻撃に巻き込まれ、花は亡くなったということだった。所持品から、亡くなったのは花で間違い無いということだ。
状況がこの通りなので、いつになるか分からないが、身元の確認と、本当に花だった場合の遺体の引き取りのため、宮古島に来て欲しいとのことだった。
だが真紀子には、遺体を直接見るまでは何かの間違いかもしれないという、わずかな希望があった。
花から最後のメッセージを受け取った真紀子は、殆ど何も考えることが出来ない状態で避難先に留まっていたものの、辛うじて警察からの連絡に受け答えをすることは出来た。
警察は花が単純な被害者では無く、自衛隊に対するテロ行為に関与した疑いがあるので、宮古島に来た際に事情聴取があるかもしれないと言っていた。
真紀子には心当たりがあった。
現地の状況は大混乱であることが伺え、宮古島からの電話には爆発音らしいものが混じっていた。
他に対応しなければならないことが大量にあるのだろう。警察はまた連絡するといって、いったん電話を切った。
それから、しばらくどうしていたのか覚えていない。
ただ後悔し続けていた。なぜあの時、沖縄に留まり、宮古島に行かなかったのか?
花が真紀子の説得を受け入れて、東京に戻ったかは分からない。だが、悔いが残った。
沖縄に居たなら、花の側に居れたのに。
すぐに駆け付けることも出来たのに。
いや、せめて最後に花の顔を見ることが、元気な姿を見ることが出来たはずだった。真紀子の希望は極端な話、それだけだったのだ。
そしていっそ、一緒に死ねたのに。
だが、わずかな可能性は真紀子の手をすり抜け、花を見知らぬ土地で、一人死なせることになってしまった。
真紀子はひたすら自分の選択を悔やみ続ける。