釘を刺す
それでもなお、長征作戦統合司令部には、目前に迫った先島上陸作戦を中止させて、上陸船団を上海に引き返させるべきだと進言すべき、という者は胡を含めて誰も居なかった。
自ら作戦中止を言い出してしまっては、自分達自身の首を絞め、政治的な立場を危うくすることになる。
せいぜい、把握している損害をできるだけ正確に伝えて、中央軍事委員会の気が変わるのを祈るしかなかった。
だが、彼等は自分達同様、軍事委員会にもまた責任を取るつもりのある者が、誰一人として存在しないことに気付いていない。
そして、衛星の情報は手に入らなかったが、日米のマスコミの報道、まだ生き残っている現地の工作員が送ってきた画像などの情報が入ってきた。
それによれば、日本本土の航空基地の殆どが機能しているらしい。胡達は衝撃を受けた。
48時間は使用不可能になるとされていた、嘉手納と那覇ですら10時間程度で復旧している。
おかげで、想定外に強力な日米空軍機の迎撃により、彼等が自信を持って送り出した攻撃隊は大損害を出したのだ。
3日の早朝に本来の計画とは異なる、なし崩しの攻撃が実行されたのは、日米の戦闘機による迎撃能力が大幅に低下している、という判断があったからだ。
攻撃隊は、その判断の誤りのツケを払わされた。
混乱の続く長征作戦統合司令部では、胡中将以下の空軍スタッフが怒り狂って、ロケット軍と航天軍のスタッフを吊るし上げる騒ぎが起きている。
中央軍事委員会は、米軍に本気で攻撃されたことで、長征作戦統合司令部以上に混乱していた。
航天軍は衛星を破壊された責任を、未だに回避しようとするし、ロケット軍は衛星情報が手に入らないことを良いことに、初日の打撃不足を認めようとしないのだ。
作戦の大前提である、弾道弾、巡航ミサイル攻撃による、航空基地破壊の効果がこの程度なのだから、韓国、ベトナム方面の予備のMRBM300発と、IRBMを投入してでも、今度こそ沖縄と日本本土の空軍基地を叩いてしまう必要がある。
中国本土が日米の攻撃を受けたいま、遠慮は要らないはずだった。グアムすら攻撃しても構わないはずだ。
中央軍事委員会は、ベトナム方面のMRBM100発を発射車両30台と共に、東部軍管区に移動させることを認めたが、配置変更に36時間はかかる。
IRBMによる攻撃は、中央軍事委員会の奇怪な議論の結果、上海の国際空港への攻撃の報復として、軍事基地よりも羽田、関空への攻撃が優先されることになった。
グアム、羽田、関空、岩国、那覇、嘉手納に20発のIRBMが超特例として発射されることになる。
北部軍管区のIRBMも、三沢、横田、横須賀に60発を発射することが決定された。
ロケット軍は、もはや北斗を信じていなかったから、従来の慣性誘導、レーダー照準で発射されることになる。
TELの展開と、ミサイルへの燃料充填にも時間が必要だった。
先島諸島への上陸作戦開始には間に合いそうも無い。
胡は各基地の復旧作業の進捗について、各基地司令官が楽観的な報告ばかり寄越しては、裏切られていた。
不利な状況だからといって、正確な報告をすればいいものを、「減点」を嫌う中国軍士官の役人体質が出ているのだ。
業を煮やした胡は、信頼のおける部下を連絡士官としてヘリで送り込み、実態を報告させる措置を取った。
北京から帰って休息後、その様子を見ていた張は珍しく自分から胡に話かけた。
「なりふり構わなくなってきたな。」
「大きなお世話だ。」
「お気に入りの部下の報告を信じてやりたい気持ちは分かるよ。
あと、君達何かしでかしてないか?中央軍事委員会は、急に空軍のことが気に入らなくなったみたいだったぜ。
総司令官の僕に、黙って何かしてないよなあ?」
胡が張を見ると、彼の表情は笑っているように見えて、目は笑っていなかった。顔はアドレナリンで青ざめ、こめかみには青筋が立っている。
胡は張のことを日本人の言葉で言うなら、「デブのキモオタ」としか思っていなかったが、今はその殺気に気圧された。