内陸侵攻と、そのジレンマ
大陸からは、上陸援護のために中国版HIMARSと西側から呼ばれるPCH-191自走ロケット砲システムと、DF12短距離弾道弾による猛射が行われた。
双方とも、射程が200~300キロある。例によって北斗が使用不能で精密誘導は不可能だったが、とにかく上陸を援護するために慣性誘導で発射された。
それに欧米の軍隊と異なり、貫通弾頭に加えて中国はクラスター弾頭を使うことが出来る。
PCH-191はウクライナ・ロシア戦争におけるHIMARSの活躍を受け、特に増産が進められていた兵器でもある。
航空支援も強力だ。いつの間にか台湾東岸の航空基地や、臨時滑走路に舞い戻ってきた台湾空軍機、フィリピンから南部戦区の航空部隊の警戒網をすり抜けてくる、米軍のF35Aに痛打されてはいる。
しかし、J10やJ16、JH7を装備した空軍旅団の多くは、米軍による基地攻撃が開始される前に相当数の出撃を繰り返し、台湾側の防御陣地に大量の爆弾とロケット弾をばら撒いてのだ。未だ滞空している機体も多い。
航続距離が短く済むので、ドローンの運用も沖縄方面よりは容易であり、大量に投入されていた。
これらの強力な支援の結果、沿岸部に展開していた台湾陸軍第8軍団は、第71集団軍の先鋒に押し切られて沿岸部から後退した。
だが、台湾軍は諦めてなどいない。
米軍の反撃は、中国側の航空、海上戦力を急速に減衰させている。だから時間を稼ぎさえすれば、敵の上陸作戦は立ち枯れに終わると台湾の兵士達は理解していた。
海岸線の守備隊は後退を強いられ港湾の占領を許したものの、第8軍団主力は健在で、台南と高雄の市街地に立て籠った。
中国側としては、このままだとウクライナ・ロシア戦争におけるバクムト同様の市街戦となって、その制圧には相当の時間が必要となってしまう。
上陸作戦を指揮する石中将は、張や中央軍事委員会の意図するところを推し測っていた。
PCH-191もDF12も、砲兵として考えた場合は高級品だ。弾数が限られている。いつまでも無尽蔵に撃ち続けるわけにはいかない。
そのためにも橋頭保を拡大するとともに澎湖島を占領して、重砲による砲撃と、より近距離からの航空支援を実現する必要があった。
そこまでの展開は比較的順調だ。問題はそこから先だった。
敵は明確に遅滞防御を選択し、黄金海岸の海岸線を放棄して、台南と高雄の市街地に立て籠ったのだ。
大都市の市街戦は消耗戦となって、攻略に時間と物量を必要とする。台湾軍と比較して、支援の充実している中国軍も例外では無いだろう。
ならば市街地を迂回して進撃を継続したいところだったが、地形がそれを許さない。
都市化の進んだ台湾では、台南も高雄も山地まで市街地が広がっている。
そのため、進撃に必要な補給路を確保するためには、どうしても市街戦を覚悟しなければならなかった。
少なくとも、補給路となる幹線道路。これに対する観測射撃を防ぐ程度には、市街地を奪取する必要がある。それに補給・補充を円滑にするため、両市内に位置する空港も押さえる必要があった。
いかに損害にかまうな、という命令が出ているとは言え、敵がハイブリッド戦によるプロパガンダなど真に受けず、頑強に抵抗している以上は、攻略に相当な時間がかかるだろう。
それは張と中央軍事員会の指向している、台湾占領の早期既成事実化に必要とされる、電撃的な展開とは相反する。
しかし現状で張は、石からの市街戦に突入するという報告に特に文句をつけていない。
黄金海岸を確保した部隊に、その奥に位置する台南空港と安平港の占領を命じつつ、石中将は思った。
(金門島他における化学兵器使用を上に通してくれたことは有り難かった。
だが総司令は結局、陸の戦いには素人。いまいち何を考えてるのか分からない。
市街戦で時間と兵力、物資を浪費する意味を本当に理解しているのだろうか?)