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沖縄・台湾侵攻2025 Easy Mode 完全版 Ver2.1  作者: しののめ八雲
1年前 まだ日常と言えた頃
15/221

国家安全保障会議2 

2024年4月5日 14:35 東京


説明が再開されていた。

「そもそも、中国が台湾に侵攻する場合、アメリカは決してこれを容認しません。

軍事介入はハッキリと明言はしていないように見えるかもしれませんが、アメリカは中国が力による現状変更を行い、成功例を作ることを認めないでしょう。

それだけでなく中国の台湾侵攻が成功することは、アメリカが主導してきた国際秩序が決定的に崩壊することを意味します。

つまり、中国が侵攻を決断した段階で、米中の軍事衝突は避けられません。

そして、米軍との対決を中国が決断したということは、中国はさらに我が国までも攻撃することに躊躇いは無いでしょう。」


外務大臣が何度も頷いているのを横目で見ながら、室長は続けた。


「そこで何故、我が国が巻き込まれねばならないのか?


ひとつには、日本が米軍の拠点になっているからです。


そして純粋な中国側の都合です。

すなわち、沖縄県の与那国島、石垣島、宮古島で構成される先島諸島の位置が、台湾包囲を図る中国側にとって非常に魅力的だからです。


まず、前者から説明します。

台湾を支援する米軍の軍事的資産の大半は日本に存在します。そしてこれを自衛隊が防御する形となっており、中国は自衛隊もろとも在日米軍とその施設を叩き潰さないことには、台湾侵攻を成功させることが出来ないのです。


後者の説明には侵攻の具体例を示しながら説明します。

侵攻の形には様々なケースが想定されますが、シンプルに中国にとっての、いわゆる勝利の方程式とでも言うべきパターンをご説明します。

これには米国からの情報も含まれますが、我々の推測を出ない部分も当然出てきます。


まず具体的な作戦の前段階として、国際政治の環境を出来るだけ中国に有利になるようにします。同時に認知戦を行い、人々の認知を歪めることにより、我が国内外の世論も中国支持になるように努力します。


そこから演習名目で人民解放軍を大規模に動員します。

本格的な武力攻撃の前に、中国側はおそらくサイバー戦と共に、電波妨害や、我が方の衛星を含めた通信ネットワークの破壊をしかけてくるでしょう。

衛星による情報収集、通信、GPSの使用が日本全土で不可能か、困難になると予想されます。民間に大規模な混乱が予想されますが、同時に自衛隊と米軍の状況把握にも致命的な混乱を招きかねない状態です。

なにしろ、突然目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった状態で殴りかかられるのに等しいのです。


ここから武力行使の第一段階です。中国軍は2千発以上の弾道弾、巡航ミサイルによって先制攻撃を行います。目標は台湾と日本に存在する、航空基地が主となります。


現代の戦いにおいては、軍用機を自勢力は自由に使えるのに、相手は全く使えないという状況が理想的です。

この状況を「航空優勢」と呼びます。

こうなると、その後の戦いは一方的なものになります。序盤で決着がついたも同然です。あとは消化試合と言えるほどです。

航空優勢の獲得にはそれだけの価値があり、過去の戦争で米軍が圧勝を続けることが出来たのは、常に航空優勢を確保してきたからです。


当然、中国も航空優勢を何が何でも獲得しようとします。

そのために中国軍は日米台の強力な航空戦力を弾道ミサイルの集中攻撃によって、自軍の航空戦力を温存したまま、基地もろとも壊滅させることを狙います。

航空機による爆撃も出来ますが、最初から行う場合は日米台の強力な防空組織で大損害を出します。

そこで、迎撃されにくいミサイル攻撃を最初に行うというわけです。


特に嘉手納、那覇にある日米の基地は直接中国側の行動を妨害できるため、集中攻撃を受けて徹底的に破壊されるでしょう。」


そこへ法務大臣が口を挟んできた。

「待ってくれ。弾道ミサイルに対しては、イージス艦とかパトリオットとか、弾道ミサイルを迎撃する仕組みがあるんじゃなかったのか?かなりの予算を使ってきたのに防げないのかね?」


宇宙空間を超高速で飛んでくる弾道ミサイルを迎撃するのには、極めて高い技術と予算が必要とされる。

イージス艦とはアメリカが開発した「イージス武器システム」と呼ばれる、高度に自動化された戦闘システムを持つ軍艦のことだ。

並みの軍艦の倍近いコストがかかる。


パトリオットも地対空ミサイルの中では最高級品だ。

双方とも、高いポテンシャル故に弾道弾迎撃機能を追加されていた。

日本は長年に渡って莫大な予算をかけ、コツコツと手持ちのイージス艦8隻と、パトリオットのユニット24基に弾道ミサイル防衛(BMD)機能を追加している。

元から大変高価なこれらの装備に、さらなる「追い予算」をかけてきたのだ。法務大臣はこのことを言っていた。


「仰る通りです。しかし、我が国の弾道ミサイル防衛は、北朝鮮による弾道ミサイル攻撃を想定した仕組みなのです。

中国の弾道ミサイルは北より遥かに数が多く、残念ながら防ぎきれないと予想されます。

さらに迎撃ミサイルは予算不足で、実は定数不足の状態です。おまけに迎撃困難な極超音速ミサイルまで中国は保有しています。

続いて第2段階です。


ここからは所謂空襲です。中国軍は可能な限りの航空機を投入し、弾道弾攻撃をかけた航空基地に追い打ちをかけ、生き残った戦力を潰しにかかります。

同時に、我が方の対空ミサイル、対艦ミサイルを破壊することにより、爆撃をより円滑なものにし、我が方の反撃する力を奪います。

さらに、指揮通信、輸送能力にも爆撃を加え、軍事的なインフラを破壊します。


次の段階で、中国軍は、海軍と空軍を用い、台湾を包囲して海上封鎖します。

これにより、台湾の経済を崩壊に追い込みます。同時に米軍の反撃を阻止すると共に、台湾の東海岸に退避した台湾軍残存戦力を叩きます。


問題はここです。ここから、本題である後者の説明に入ります。


台湾を包囲する場合、沖縄の先島諸島を占領することが出来れば、中国軍は台湾の背後に包囲の地上拠点が出来て非常に助かります。

例えば対空ミサイルと対艦ミサイル部隊を配置するだけでも、日本を起点とする米軍の作戦を効果的に妨害できます。

仮に宮古島の下地島空港を占領することができれば、中国側の航空機の有力な拠点として機能するので、さらに効果的になるでしょう。


先ほども述べたように極端な話、先島諸島が中国に狙われる理由は「そこにあるから」なのです。


逆に先島諸島を占領しなければ、台湾の封鎖に穴が出来かねず、中国は安心できません。

彼等から見れば台湾を包囲した艦隊が、先島諸島の自衛隊や米軍からの対艦ミサイル攻撃を受けたり、状況を常に偵察されるというリスクをずっと背負うことになりますから。


さらに、先島諸島を戦場にしてしまえば日米はこちらに戦力を割かざるを得ず、台湾の支援が効果的に行えなくなります。

中国としては台湾侵攻に手出しされなければ、必ずしも先島諸島占領に拘る必要はありません。

ですが、そのためには先島諸島を確実に「戦場」にしてしまうことが必要になります。


上陸作戦が行われるのは最終段階です。事態がここまで推移すると、日米台にはもはや打つ手はありません。台湾の占領は時間の問題となります。


台湾占領後は、今度は台湾を確保する目的で周辺地域が次の戦場になります。

それが、沖縄になるか、フィリピンになるかは分かりません

ですが、台湾占領で話が終わることは無く、中国の目論見を阻止できなければ、遅かれ早かれ沖縄は深刻な脅威にさらされることになります。

この場合、中国としては最低でも与那国島を確保し、島そのものを南沙諸島で行ったように丸ごと中国軍の基地にしてしまうことで、台湾防衛と沖縄本島攻略の重要拠点とすることが出来ます。

それ故に、台湾と同時に先島諸島を占領できるのなら、中国としては当然、そこを狙ってくるわけです。


ああ、もう一つ大事な理由を忘れていました。


現在も続いているウクライナ戦争で有名になった兵器の一つに、米軍の高機動ロケット砲システム「ハイマース」があります。

こちらはニュースでご存知かと思います。

このハイマースのロケット弾ですが、ポピュラーな弾頭の射程は90キロです。発射後に翼を展開させて、グライダーのように滑空させるタイプの場合は130キロに延びます。

ウクライナ軍がクリミア大橋の完全破壊に使用した、ATACMSと呼ばれる長距離版になりますと、300キロ。来年配備予定の新型弾頭PRSMですと500キロまで射程が伸びます。

これを先島諸島に配置した場合、台湾の主要部分がその射程に収まります。


つまり、中国としてはせっかく日本国内の航空基地と米艦隊を奇襲攻撃で撃破したとしても、米軍が先島諸島にハイマースを配置していれば空襲を受けるのと変わりなく、台湾に上陸した部隊の拠点や戦線後方を叩かれることになります。


先島諸島はウクライナと違って狭いですから、ハイマースを見つけ出して空爆によって破壊することも可能でしょうが、安心して作戦を継続するためには、ハイマースが展開しそうな先島諸島を占領してしまうのが一番です。


PRSMやATACMSを使った打撃はフィリピンからでも可能ですが、台北に近いのは与那国や石垣なので、中国としてはこちらの方が優先度が高いと考えられます。



以上により大変に理不尽な話ではありますが、台湾進攻にあたり我が国、特に沖縄が巻き込まれる事態は避けられないと、我々のような軍事屋と防衛関係者の大多数は考えております。


このような事態に備えての法制度の整備は、2年前の安保3文書改訂を始め進捗をしておりますが、まだまだ不十分と言えます。


ぱっと思いつくだけでも台湾からの難民の受け入れ、同じく基地を撃破された台湾軍の軍用機、艦艇が我が国に逃げ込んで来た場合、それらを受け入れるのか?受け入れるにしても武装解除等の手順はどうするのか?

ウクライナで問題になったように、戦闘地域から離れたがらない民間人の扱いをどうするのか?自己責任に留まることを認めるのか?本人の意思を無視して強制的に非難させるのか?SNSへ自衛隊や在日米軍の位置等を撮影・投稿することを禁止することは可能か?

武装民兵が漁船を使って奇襲してくることも考えられますが、それは現行法の範囲内で海上保安庁、自衛隊で対処可能か?

国内にゲリラ戦や破壊工作を仕掛けられた場合、大規模な治安維持活動が必要にもなります。


そして沖縄から本州への住民非難はどうするのか?

自衛隊の輸送機と艦船だけでは手が足りませんし、彼等はまず自衛隊の部隊と物資の輸送を優先しないといけません。

民間の船舶、飛行機をチャーターし、本州地域に住居と生活物資を手配する必要がありますが、そのための計画も無いに等しい状態です。

インターネットや通信に対する妨害に対しては、国家レベルでの介入が必要かもしれません。

海上交通の混乱は避けられませんから、輸入が停滞して物不足が生じます。生活物資の統制の可能も。

戒厳令の布告すら検討する必要があります。」


自分の仕事と責任が、大きなものになりそうなことを理解しつつある法務大臣が、冷や汗をかいて言った。

「沖縄が戦場になる理屈はだいたい分かった。

だが、中国の狙いが台湾で、米軍の介入を阻止したいのであれば、我々が米軍の基地使用をさせない、国内からの作戦を許可しないと中国に確約することで、日本が巻き添えになることは避けられるのでは?」


室長は多少イライラして答える。

「それは台湾を見捨てるということです。

確かに、台湾をめぐる戦いで日本は無傷で済むかもしれませんが、その後どうするんです?

日米関係は完全に崩壊しますよ。それだけで済みません。G7どころか、国際社会の大半の中で日本は孤立する事態となります。

台湾の次に日本が狙われる事態となった時、助けてくれる国が無くなります。

孤立した日本は、中国に隷属するより他に生きていく道は無くなります。


それだけではありません。

我が国が、法務大臣の仰る様な対応をした場合、それは中国にとって思う壺です。

中国が武力による現状変更をこれだけの規模で成功させてしまったら、世界に与える悪影響は計り知れません。間違いなく追随して現状変更を企む国が増えることになります。」


「まだ中国が本気だと確信できたわけではあるまい?考えすぎではないのか?我々が対応することで逆に中国を刺激したり、国会で野党に批判材料を与えることにもなりかねない。

あなたのお話だと、まるで明日にでも戦争になりそうだが。」


法務大臣の言い草に血圧が上がる。

「たしかに仰るとおり、現状ではアメリカですら中国の意図に確信を持っているわけではありません。

2年前にアメリカの高官が、ウクライナ戦争を契機に警戒を強めるように言ってきて以来、実際にはこれまで大規模な演習等はあっても、何事も起きていないのも事実です。


しかし、いつ起こるか分からない自然災害と異なり、武力攻撃事態は正しく情報を集め、対策を練っておくことは可能です。

それに失敗した時、良くて犠牲と損害の拡大、悪ければ間違いなく日本は戦後最悪の窮地に立たされます。まさに存立事態です。

そうなった時、どなたがどのように、そのような事態を招いた責任を取ることになるのでしょうか?

日本史は皆さんに対する評価を、どのようなものとして記述するのでしょうか?ここに出席された段階で既に責任からは逃れられませんよ。」


総理が間に入った。

「先生。ありがとうございます。少々落ち着かれては?

もちろん我々は責任を回避するつもりも、国民の生命財産と領土を徒に失った無能な政治家として、歴史に名を残すために人生を賭してきたわけではありません。その点はご理解頂きたい。」

「失礼致しました。」

彼は素直に法務大臣に陳謝する。

「いやこちらこそ。しかし、あなたの先ほどの話だと中国の勝利の方程式というものには、対抗する術はあるのか?どうも話を聞いていると、私などには付け入るスキが無いようにも思えるが?」

「もちろん、こちらにも様々な対抗策はありますが、軍事的な専門領域に話が偏りますので。十分に対抗手段はあるとだけ申し上げます。

いえ、少しだけ説明申し上げますと、米軍は既に一部の部隊をミサイル攻撃下でも生き残り、効果的に反撃が出来る編成に変更しています。

「海兵沿岸連隊」「マルチ・ドメイン・タスク・フォース」などと呼称されるものです。


先ほども申し上げましがたが、中国の侵攻パターンの予想だけでも膨大です。

全てを解説すれば本が何冊も書けるのですが。例えば、直接的な対抗手段としましては、米軍は中国に対抗して極超音速ミサイルを開発して配備を進めており、巡航ミサイルも増強を進めています。


我が国も、事実上の巡航ミサイルと極超音速ミサイルの開発と配備を、敵ミサイル基地と上陸部隊への攻撃名目で進めています。

ここまでお話すればお分かり頂けると思いますが、本当の目的はお互いの航空基地をミサイルで叩き合う状況で撃ち負けないためです。

ですが、こちらのミサイルは大半がまだまだ開発途上で、開発が先行しているものの配備が始まったばかりです。全てが出そろうのは10年は先の話ですね。


日米共同で極超音速ミサイルを迎撃可能な新型対空ミサイル、GPIの開発も進んでいますが、これまた配備は10年先です。仮に中国が近日中に侵攻を企んだら、とても間に合いません。


そこで外交面の努力としまして米国は近年、有事の際に韓国およびフィリピンの基地から出撃が可能になるように、両国と交渉を進めています。

上手くいけば、弾道ミサイルや極超音速ミサイルを長年の努力により整備し、これを以って在日米軍基地やグアムを叩こうという中国側の目論見は、無意味なものになります。


同じく我が国は近年、オーストラリアに航空自衛隊機を頻繁に派遣しております。

これは、正直に言えば有事の際に航空自衛隊の主要な反撃手段である、F35、F2両戦闘機を中国の弾道弾攻撃から避難させるための処置、その準備です。」


今度は総務大臣が質問をする。

「初歩的な質問で申し訳ないのですが、日本の防衛力はアジアではトップクラスでは?日米安保もあります。それに加えて去年の予算から防衛費を大幅に増大したではないですか。それでも抑止力にはならないのですか?」

「90年代までは。そうでした。

当時は大臣の仰る通り、日米の戦力は中国に対して盤石なものがありました。

ですが、中国は第3次台湾海峡危機をきっかけに、軍事力の大幅な強化を図ってきました。

毎年5パーセントは下らない国防費の伸び率を30年継続しています。」

「30年もですか?」

「その通りです。既に台湾に対しては圧倒的優位と言えます。

我が国はこの間、経済の低成長が続き、相対的な防衛力の強化が十分ではありませんでした。

特に、航空、海上戦力については既に、追い越されたと言って良い状況です。

アメリカにつきましても、長きに渡った対テロ戦争により、大国間の衝突を想定した軍備への努力は優先度が下がっていました。

中露との経済的な結びつきが深まっていたことも影響しています。

結果として中国はこのスキを突いた形で、アジアでの軍事バランスを逆転させることに成功したと言えます。

その結果、日米の相対的な優位はこの30年で少しずつ崩れていき、今や抑止力が十分では無くなってしまったということです。(この憂慮すべき事態の大きな一因ですね。)


我が国はウクライナ戦争を契機に、遅ればせながら台湾危機の可能性への認識をあらため(我々のような軍事屋はずっと言って来ましたが)、新たな計画を策定(各種ミサイルの開発と配備もこの一環です)し、予算を増大させました。

しかし何度も申し上げるようですが、この効果が表れるには10年は必要です。

例えば、航空機や艦艇は予算成立から、配備までのタイムラグが5年あります。」

「そんなにかかるものなのですか?」

「ざっくり設計に1年、製造に2年半、その後のテストと試運転に1年半かかるのです。合計で5年です。」

「なるほど、そういうものなのですね。」

「そういう事情もありますので、即効性のある装備として、スタンドオフミサイルの取得に努力が払われた経緯があります。

23年度予算ではトマホークミサイルの調達が行われましたが、これですら配備までのタイムラグは前倒しの努力を行っても、2年かかり配備は来年度になります。

つまり、ただちに台湾進攻が現実になった場合、やはり間に合わないのです。


米軍については、相変わらず強大ですが戦力の大部分は世界中に散らばっています。

いざという時には世界中から集結できる仕組みは整っていますが、それには早くて数週間、遅くて数か月の時間が必要です。

初期段階で日本国内のインフラが損害を受けた場合、さらに遅れが生じます。

当然中国は米軍の体制が整うまでに既成事実を作り上げようとするでしょう。

付け加えますと、特に艦艇や航空機の場合、全てが有事に投入できるわけではないのです。実際には3分の1です」

「3分の1!?どういうことなのです?」

「艦艇や航空機の場合、定期的な整備と点検が必要ということです。

特に艦艇の場合、3分の1は港で長期間の整備、ドック入りという作業を行っています。残り3分の1は、ドックから出た後の慣熟訓練を行っています。

最後の3分の1だけが、即応体制にあるのです。

通常はこのローテーションで運用されています。高価な航空機や艦艇を長持ちさせながら運用するためには、どうしても必要なことなのです。

この点も中国側に有利です。あちらは侵攻を決意したなら、一時的にこのローテーションを停止して、全力を投入することが可能です。」


総務大臣は、話の大部分が腑に落ちた様子だった。

「先生、ありがとうございます。曖昧に認識していた防衛に関する問題点が、良く分かりました。」

政治家は表向き理解を示しておきながら、腹の底では逆のことを考えているのは良くあることだが、彼女の場合は心配ないだろう。

「中国が侵攻を本当に始めるとして、兆候は必ず出てくるはずです。その前提で情報収集を強化し、米国、台湾とも連携・共有します。

事前に何の兆候もつかめず所謂奇襲攻撃を許せば、成す術が無い、ということにもなりかねません。

しかし、情報を得ることが出来ればやりようはいくらでもあります。」


統幕長が室長の後を受けて発言する。

「台湾前面の中国軍部隊の中でも、弾道弾、砲兵部隊は高度な臨戦態勢にあります。

ですが、海軍、空軍、陸軍の上陸部隊と物資を集結させる動きが必ずあるはずです。

自衛隊としましては、九州と沖縄に有事の際に必要になるかもしれない、燃料、弾薬その他の物資を優先的に輸送し、備蓄しております。

一部の部隊は北海道等から配置を変更しております。

万一有事になった際に現状の自衛隊の輸送能力では、本州からの物資輸送が間に合わない可能性がありますので。」


防衛大臣も発言する。

「自衛隊の輸送能力不足につきましては、前回の3文書改訂時に検討、決定されたもののうちPFI船の増強について前倒しで進めております。

コロナ禍で苦境に陥った国内の海運業者から、既に事実上の買い取りを希望されている高速フェリー4隻を、半年以内に特別目的会社の高速マリン・トランスポートに編入予定です。」


統幕長がさらに捕捉した

「南西諸島の防衛体制については、ここ10年で整備がされて来ました。

先島諸島や、奄美大島の駐屯地とそこに駐屯する警備隊は、対地、対艦ミサイルや警戒監視部隊を増強しています。

沖縄の15旅団は26年度に師団に格上げ予定ですが、ペースを速め、来年には事実上2個連隊体制となります。

これだけの手を打っても、本格的な侵攻となれば、その初動において南西諸島の部隊の頭数はまだまだ足りません。本州からの増援と物資の速やかな移動が必要です。

ですが、そのための輸送能力が現状では不足しているのです。

その対策として、民間フェリー会社との有事における優先使用の協定や、PFI船の増強を進めているということです。」


再び室長が発言する。

「大規模な侵攻となれば、準備には1か月や2か月では終わらないはずです。

そこをアメリカの情報収集能力から完全に秘匿することは極めて困難でしょう。加えて、近年ではオープンソースを用いた民間レベルの情報収取も盛んになっております。

これらの監視網を完全にくぐり抜けて、いわゆる奇襲攻撃を成功させるのは中国にとっても困難だと考えます。


ですが、我が国の法制度不備、国論不統一といった政治の準備不足からくる混乱が、中国の戦争準備速度についていけず奇襲同様の事態をもたらす危険もあります。

なにせあちらは、トップダウンで決まったことに反対はあり得ませんから。

意外に思われるかもしれませんが、法整備が十分でないと自衛隊はまともに動くことができません。

幹部自衛官は初級幹部としての教育段階で、法的根拠に基づいて部隊を行動させることについて徹底して教えこまれています。

自衛隊が超法規的行動を起こすのはフィクションの世界だけです。」


総務大臣が再び発言する。

「中国と国内左派を刺激しすぎない範囲で、有事法制の詰めを行いつつ、危険な兆候があらわれたらそれまでとは次元の異なる対応をすることになる、ということですね?」

「はい。結局は皆さんがこの会議も踏まえ、有事の際に状況を正しくご判断頂き、ご決断頂けなければ自衛隊は戦いようがありません。」


総理が話をまとめにかかる。

「現状では、その認識と対応で必要十分だと私も思うよ。

さて、いいかな?前提条件となる共通認識を二人と共有するまでが長くなったが、個別具体的な事項の検討に入ろう。

その前にいったん休憩をいれるとしようか。15分。それまでに皆戻ってきてくれ。」

総理はそういうと席を立って用足しに会議室を出た。


その様子を見て室長は思った。

(総理もお疲れだな。万一台湾有事となれば、我が国は間違いなく巻き込まれる。

多かれ少なかれ犠牲は出るだろう。

そうなれば内閣総辞職は避けられない。政治家人生の頂点でそんな貧乏くじを引くことは考えたくないだろう)


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