葛藤
沖縄と九州沖における海空の戦いが終わった頃、米陸軍のダークイーグル、タイフォン、海兵隊LRFの第2射が始まった。
衛星で観測した、J20配備の基地が優先目標だ。米軍のミサイル群は、復旧が進みつつあった滑走路に新たな大穴を開けた。さらに地上設備、シェルターも機体ごと破壊し、復旧作業中の基地部隊にも損害を与える。
第1射の前に上陸船団の護衛に出撃していた、2個旅団のJ20は、発進した基地では無く民間空港への緊急着陸を指示された。
中国側は民間空港であれば、建前上米軍は狙ってこないはずだと考えていた。
だが、甘かった。
米軍は、衛星偵察で上海の二つの国際空港が、輸送機と、他戦区からの増援された戦闘機部隊が使用する、臨時の軍用基地になっていることを確認しており、攻撃を加えてきたのだ。
民間空港への攻撃決定に際しては、日米両政府にそれなりの葛藤が生じていた。
いくら戦時運用になっているとは言え、そこに民間人、しかも拘束された自国民が居ないという確認が得られなかったからだ。
衛星からの観測できる範囲で車両や人の出入りを観測した結果、民間人の滞在が許されている区画と軍用区画は明確に分けられている上に、かなり距離が離れていることが分かっていた。
情報漏れを警戒してのことだろう。
だがそれでも、精密攻撃したつもりが、何らかのトラブルで誤爆を起こすことは有り得る。そもそも「人間の盾」として、当初から重要目標付近に拘束されている人間が存在するかもしれない。
しかし最終的に両政府は、この戦争を短期間で終わらすための可能性を追求することを選択した。
民間空港への攻撃は、ハワイから飛来したB52爆撃機によって行われた。12機のB52Hは、96発のAGM-158B-2 JASSM-ER巡航ミサイルを発射。全てが上海東浦国際空港に向けられていた。
上海東浦国際空港は上海のハブ空港であり、長大な滑走路を5本も有する巨大空港だった。
誘導路やエプロン地区も、使おうと思えば戦闘機の離着陸に十分使える規模だった。
AGM-158B-2は主翼の再設計によって、射程が1900キロにも達する、JASSM-ERシリーズの射程延長版で、事実上の最新モデルだ。
データリンクを実装したD型や、GPSをアップグレードしたB3型もあるが、まだ生産途中だった。
これにより、上海東浦国際空港は、5本の滑走路と付帯する誘導路エプロンに、20カ所の大穴を開けられてしまった。
不時着したJ20部隊に被害は無かったものの、離陸が不可能になり閉じ込められた。
民間空港では本来シェルターすら無いが、それでもJ20に損害が無かったのは、米軍が民間機に被害が及ばぬように、慎重に着弾地点を選んでいたこともあった。
トマホークの迎撃で消耗した防空ミサイル部隊は、よりステルス性の高いJASSM-ERを迎撃しきることが出来なかった。
1時間後に今度は、アラスカから飛来したB52H、6機が96発のJASSM-ERを発射して、上海虹橋国際空港を使用不可能にしてしまった。
両空港の復旧には、空軍から派遣されていた基地部隊では手が足りず、急遽、周辺の陸軍の工兵部隊が投入されることになった。
だが、穴を埋めることは出来ても、滑走路から異物を完全に除去したり、被弾した滑走路を成型する技術は空軍部隊頼みだ。
しかも、そこへはめ込むべき、グラスファイバーやカーボン製マット等の、応急資材は絶望的に不足していた。あまりに被害箇所が多すぎる。
いっそのこと即乾性コンクリートを投入すべき、との意見も出ていた。
民間機、民間人への攻撃を避けるために、駐機スペースや空港施設への攻撃は行われなかったが、戦時空港としての上海の2大国際空港の復旧の目途は立たない状況だった。
既に攻撃を受けていた空軍基地では、繰り返される米軍の攻撃のために、機体を離陸させる目途がたたずにいた。
このため、一部の機体を分解して安全な後方の基地へ、陸送することまで検討される有様だ。