経済封鎖
張は日本国内での破壊活動をさほど活発に命じていなかった。
浜名湖橋の破壊だけが、殆ど唯一の戦果と言える程だったが、張の目論見では実力行使はその程度で十分だったのだ。
その代わりに、参謀本部3部時代のかつての部下達は、フェイクニュースやデマを日本のネット空間に大量に投下していた。
具体的には、
・日本の空港に多数の爆弾が仕掛けられている
・日本近海に中国の潜水艦が、水中発射式の対空ミサイルを搭載して進入しており、日本着陸しようとする民間機も、巻き添えで攻撃される危険がある。
・中国側の潜水艦が日本のあらゆる航路に機雷を散布したため、船舶の航行も危険。
・新幹線、在来線、主要な幹線道路は浜名胡橋に続いて爆破される危険がある。
というような内容だった。浜名湖橋が破壊され、東名高速は通行不能になっているという現実が、これらの情報にある程度の信ぴょう性を与えていた。
日本側のサイバー戦部隊をはじめ、民間有志もこの欺瞞情報の火消しに努力したが、いわゆる「逆張り」の人間達は、大喜びで中国側の意図通りに情報を拡散していった。
こうなってしまっては、主要な航空、鉄道、運送業者が情報の混乱が落ち着き、安全を確信できるまでは運航を差し控える判断を下してしまったのも無理は無い。
最初に大手1社が判断を表明すると、あらゆる規模の業者が追随した。
政府は自衛隊と警察の爆発物対策部隊を総動員し、首都圏の交通インフラから優先して安全確認を進めていたが、どの程度の時間が必要になるのか見当もつかない。
そう、張はハイブリッド戦により、現実には浜名湖橋を破壊しただけで、日本経済の動脈を停止させることに成功してしまったのだ。
無論、時間の経過と共に効果は急激に薄れるだろう。
だが、長征作戦の初動において、日本の物流と民間人の心理を大混乱に陥れることにより、日本の市民生活を突然の物資欠乏に叩き落とし、日本の世論を動揺させるには十分だった。
一方で弾道弾攻撃を含め、日本本土に対する軍事施設以外のインフラ攻撃計画には張は消極的だった。
別に人道的な考えからではない。
直接攻撃を行うことで民間人に犠牲者が多発すると、おそらく日本人はかえって肚が座って、積極的に反撃して来ると考えていたからだ。(AIの回答もそうだった。)
沖縄の現状は伝わらないように工作しつつ、犠牲は米軍と自衛隊周辺に留め、日本人の「生活」が苦しくなるように仕向ければ、日本のマスコミは喜んで「生活苦」を叫んでくれるだろう。
中国の人民も、日本国民も生活が苦しくなれば、政府を支持しなくなるのは同じなのだ。
張が意図して引き起こした市民生活の混乱は、消費税とやらが数十%も上昇したかのような、不満と不安を日本人の間に引き起こすはずだった。
上手くいけば、「生活を守るため」政府と米軍に、停戦を促す世論を形成すらできるかもしれない。
だが、沖縄で民間人の犠牲者が多数発生している現実が伝われば、日本の世論は逆に激昂して、中国に対して強硬な物になりかねないのだ。
しかし、今のところ日本のマスコミは、中国の期待通りに動いてくれているようだ。
爆撃や弾道弾攻撃が収まっても、現場へ駆けつけようとするTV局はあまり居ない。
自衛隊の緊急展開を批判していたようなマスコミも、本当に実戦が始まったら姿をくらましていた。
現場に赴く取材班の人命を最優先にせざるを得ないから、当然ではあったが。
このため大手TV局のチャンネルでは、開戦直後の那覇空港の被害を最後に、沖縄の現状は断片的にしか報道されていない。
代わりに大都市の、生鮮品の商品棚が空になったスーパーやコンビニの風景ばかり流していた。
(新垣が知事を殴ってしまった件は例外だったが、それも新垣が未成年だったため、各局が自粛していった。)
だが、外国のマスコミやフリーランスのジャーナリストまでは制御できない。世界中の戦場を巡ってきた彼等は、全世界に沖縄の現状を報道するだろう。
それに民間人がネット空間に投稿する動画も制御不可能だ。
張はかつての部下達が、そうなる前に可能な限り、日本の世論を混乱させることに期待をかけていた。