敗北
実際に劣勢から反撃してきたJ11Bは、HMDを装備していない201飛行隊機の弱点を付き、反撃して2機を撃墜していた。
いずれもHMDを装備していれば、AAM5を撃てたにもかかわらず、それが無いために一方的にPL10で攻撃されたのだった。
だが潘の109旅団は、彼自身を含めて10機がF2とF15に撃墜された。
さらに残存のJ11Bは、援護に駆け付けた偵察任務のF35A2機による介入によって、全滅したのだった。
潘少佐に鍛え上げられた第2大隊だったが、合計で70機近い航空自衛隊機を阻止するには、第1大隊と併せても16機では数が少なすぎたのだ。
脱出した藩少佐は着水に成功した。
そして彼は運よく、飛来した築城救難隊のUH60ヘリコプターに救助されたのだ。
UH60には自分が撃墜したF2のパイロットも二人居た。
3人は無言で睨み合っていたが、救難員が差し出した毛布にお互い包まって震えていたので、格好が付かない。
築城へUH60が飛行を開始すると、救難員がサーモスのボトルに入れておいた、ホットコーヒーを差し出す。
藩も悪びれず、コーヒーを受け取る。
飲み込むと、胃が熱くなった。同時に生き延びた安堵が広がる。
日本軍のパイロットもそんな気分らしい。自分がヒラのパイロットなら、何か相手との会話を試みたかもしれないが、藩は大隊長だった。
船団と、部下がどうなったのかが心配で仕方無い。
109旅団の迎撃で4機を失ったものの、航空自衛隊が擁する3個飛行隊全てのF2は、第2船団に対して異方向同時攻撃を開始した。
低空から急上昇したF2は、高度3000メートル、距離300キロで対艦ミサイルASM3Aを次々発射すると、スプリットS機動を行って、反転離脱して行った。
超音速ミサイルであるASM3Aは、マッハ3の高速で第2船団に接近していく。
船団の防空の要である6隻の054D級は、距離250キロでASM3Aを探知することに成功。即座に迎撃を開始した。
HQQ-9A対空ミサイルを次々発射するが、あちこちから高速で接近するASM3Aへの迎撃は、防空システムの中核プロセッサの処理速度が飽和気味だった。
HQQ-9Aも中国側が期待した程の命中率ではなかった。
それでもASM3Aの高度が比較的高いことが幸いし、迎撃は順調に推移した。
だが、さらに超低空にASM3Aの反応が、距離80キロで突然出現する。
F2は、全機が距離300キロでの攻撃を行ったわけでは無かった。
攻撃に参加した3個飛行隊のうち、第6飛行隊と第8飛行隊が、第109旅団の迎撃を引き付けつけつつ、最大射程での攻撃を行ったのだ。
中国側の対空戦闘システムが、中高度遠距離での迎撃にリソースを割いている間に、最後の第3飛行隊が超低空から肉迫していたのだ。
先に発射されたASM3Aの迎撃に、レーダーの能力の大半を指向していた中国側は、低空の第3飛行隊に気付くのが遅れた。
052D級の何隻かは低空に対する索敵・迎撃能力を強化するため、Xバンドレーダーを増設されたタイプも加わっていたから、これでも早く発見出来た方だった。
ASM3Aは超低空での攻撃だと、射程は150キロ程度だったため、そのまま攻撃すると、発射前にF2もろとも撃墜される危険があった。
射程は伸びるが、迎撃もされやすい中高度での攻撃を先に2個飛行隊が行うことで、超低空からの攻撃を成功させた形になった。無論狙って行ったことだ。
さらに054型フリゲートも個艦防空を開始したものの、ASM3Aは次々と中国艦艇に着弾していった。
高速で突入したASM3Aは、命中した中国艦艇の舷に穴を開けると、ほぼ貫通してから反対舷を吹き飛ばすようにして爆発していく。
中国艦艇は、妨害電波を発振したが、ASM3Aはパッシブモードで妨害電波の発振源に突入してきたため、あまり効果は無かった。
だが護衛対象のフェリー、輸送船、戦車揚陸艦群からASM3Aを逸らす効果はあった。
ASM3Aは約70発が発射され、命中したのは12発。052D級は6隻中4隻が被弾。
4隻とも機関は無事だったが、レーダーと上部構造物を破壊され、戦闘能力を失った。
近代軍艦の戦闘能力の中核はレーダーに代表されるシステムであり、それらが集中する艦橋構造物・マストを破壊されたなら、何発ミサイルが残っていようが無意味だった。
054A級6隻も4隻が被弾。うち1隻は沈没した。
被弾したものの沈没を免れた7隻は、沈没した054A型の乗員を収容すると、損害の大きい3隻は上海方面に引き返す。
残る4隻は、被弾と消火活動で速度は低下したものの、20ノットで航行する船団に追随することは可能なため、戦闘能力を実質失っていても、護衛を続行して盾の役割を果たそうとした。
護衛艦艇には大きな損害が出たものの、肝心のフェリー・輸送船は戦車揚陸艦1隻に2発のASM3Aが命中して沈没しただけだ。
なおも11隻が残存しており、損害は許容範囲内と言えた。
50機以上もの敵機を撃墜し、6隻の敵艦をおそらく撃沈したのにもかかわらず、帰投した航空自衛隊パイロット達の表情は暗かった。
敵の揚陸艦は先島諸島に依然として接近中のままであり、沖縄への空襲を防げなかったのに続き、上陸も防げないことがはっきりしていたからだ。
確かに敵に大損害は与えている。だが中国の上陸作戦を止める程では無かった。
ついに、80年ぶりに日本で地上戦が始まろうとしているのに、もう止める方法は無いのだ。
しかも多くの民間人が逃げ遅れているのに。
抑止に失敗しただけでなく、領土と国民に戦火が及ぶのを防げなかったのだ。
自分の任務の本質が何かを理解している隊員程、目先の戦果に浮かれる気分など微塵も無く、敗北感に打ちのめされていた。
一方の中国「長征」作戦統合司令部は、12式地対艦ミサイルの波状攻撃に続き、F2による低空飽和攻撃も、F35によるJSMの攻撃も最小失点で切り抜けたと言って良かった。
船団にトマホークへの迎撃を指示せず、対空ミサイルを温存しておいた判断が功を奏した形だ。
彼等は自らの判断と、艦隊防空能力向上への努力が実を結んだことに満足し、上陸作戦の成功に自信を深めている。