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沖縄・台湾侵攻2025 Easy Mode 完全版 Ver2.1  作者: しののめ八雲
1年前 まだ日常と言えた頃
13/221

国家安全保障会議 

2024年4月5日 14:00 東京


国会期間でもあり、臨時での開催であったため会議は日曜日に行われた。

国家安全保障会議の開催は久しぶりだ。表向きは北朝鮮の弾道弾発射事案を受けての開催とされている。

会議のメンバーは、前回の開催から総務大臣が入れ替わっていた。


総務省は有事の際に、自治体と連携して国民保護に大きな責任を負うことになる。

消防庁も、通信も、緊急事態を国民に告げるJアラートも総務省の管轄だった。

おまけに有事となれば、大規模災害と異なり自衛隊は戦闘そのものに追われて、直接的な国民保護活動に携わることは期待できない。

つまり有事の場合、国民保護活動の重責は総務省にかかっている。


今回の会議には常任メンバーに加え、法務大臣も加わっていた。

早急に有事法制の詰めを行う必要があるため、現状の議論を共有するため臨時で出席することになったのだ。

そのため会議の常任メンバーには常識の話も、これが初参加になる法務大臣と総務大臣に対しては、改めてイチからの説明が行われがちとなる。


だが、これまでの議論の過程を共有するためには、どうしても必要なことだった。

過去の会議での議論の経過は、各大臣の引継ぎ資料に含まれているのだが、膨大な資料に埋もれているかもしれない。

つまるところ、二人がどこまで過去の議論を理解しているかは不明であり、いわば理解度確認テストも兼ねて、これまでの議論の流れの要点が説明された。


その役目はオブザーバーとして参加している防衛研究所の防衛政策研究室長が担当した。

彼はこれまでも国家安全保障会議や有識者会議に呼ばれて概略の説明を行うことがあった。ちなみ彼は政治学の博士でもある。

自衛隊トップの統幕長も参加しているが、会議への参加してきた経歴の長さだと室長の方がより長く、これまでの議論の流れを熟知しており、説明にはより適任だった。


その後で、今回の契機となった情報についての説明が外務大臣から行われた。


「今回の米側からの情報につきましては、彼等自身も確信を持っているわけではありません。念のために万が一に備えておけ、というレベル以上のものではありません。今まで同様に杞憂に終わる可能性もあります。」

法務大臣が疑問を口にする。


「この忙しいのに、それでも会議を開いたということは、今までとは違う何かがあるということかね?」

今度は室長が答える。

「はい、中国にとって政治的、戦略的な条件は今の時点がピークで、これ以降は悪化の一途と言えるからです。

かつて我が国が、常識的には勝利の見込みの無い対米戦に突入したのは、1941年の冬に開戦しなければ、それ以降ではより不利になってしまうという判断がありました。

中国が同じ思考をしないとは限りません。」

「とはいうものの、中国はロシアほど野蛮ではないぞ。もっと利口で老獪だ。

ロシアも米国もここ数十年の間、幾度も安易な軍事行動を繰り返しては軍事力と国力を棄損してきた。だが、中国はかなり昔のベトナム侵攻や、朝鮮戦争への介入のような例外を除けば実力行使には慎重だ。やるとしても米国の介入の心配が無いような、チベット、ウイグルに限られて来た。


彼等の今までのやり方なら、新たな係争地やグレーゾーンを設定して、段階的に米国が諦めるように仕向けるのではないかね?かつて尖閣を係争地化して、白樺ガス田を我が国に諦めさせたように。

今回も台湾や沖縄を係争地にして、尖閣あたりを諦めさせるのが狙いでは?いきなり米国や我が国と戦争をするものだろうか?


それに、台湾有事ともなれば我が国の海上交通は大混乱。

中国の在留邦人は抑留されて人質にされかねないし、企業の資産も差し押さえられるだろう。

しかし、それは中国にとっても同じことだ。

特に海上交通の混乱は中国経済にとっても致命的だ。国際的な立場も悪くなる。

相互経済安全保障を崩壊させてまで、中国は賭けに出るとは考えにくい。私にはね。」


法務大臣と総務大臣は、保守政党とされる与党内でもリベラルとされる人物でもあった。

2人はどちらかと言えば、防衛に賭ける努力と予算を、医療、介護、福祉、それに教育に振り向けるべきだと考えている。

保守政党でありながら、党内にリベラルな人間が存在するのが「キャッチ・オール・パーティ」と外国の研究者から呼ばれる、現与党の特徴だった。


「仰ることは分かります。中国はこれまで南シナ海で現状を変えようとする場合でも、海洋警察や民兵組織を使い、米軍と正面衝突するような事態は慎重に避けて来ました。

ですが、中国は事実上の独裁国家です。我々の常識は通用しません。

それまで合理的、狡猾に立ち回っていた国の指導者が、非合理極まりない大規模な軍事行動を起こした現実を、我々は直近のロシアに見ています。


それに戦場で2年勝てていなくてもロシアの政権は揺らぐことなく、むしろ戦争を理由に国内の統制と独裁を強化しています。支持率に至っては、むしろ上昇しています。

「戦争」というものを徹底的に忌避する教育を受けてきた、戦後生まれの我々日本人には理解しがたいことですが。

しかし、中国の中枢に居る人間にとっては安心できる『実績』です。ああ、ロシアが今年中にウクライナから叩きだされかねないのも、中国の判断材料になりますね。」

「それは分かった。だが、アメリカからの情報以外で具体的な兆候はあるのかね?」

「今のところはまだ。私の友人でもある軍事評論家が暗殺された可能性がある以外は。」


それまで黙っていた総務大臣が疑問を口にした。

「軍人や政治家ではなく、民間人を暗殺ですって?何故ですか?」


総務大臣は前総務大臣が汚職疑惑で辞任した後、総理の抜擢で入閣した人物だ。

若い頃は女性アイドルグループで活動しており、室長もテレビで良く目にしていた。


彼女は結婚し、子供が出来てからも芸能界を引退していない。夫のお笑い芸人が、今でこそ売れているが、当時は全く売れていなかったからだ。子持ちの元アイドルの方が、まだ需要があった(彼女の異例なまでの人気のおかげでもあった)。

その後、夫が売れ出すと引退している。

芸能界での働きながらの子育てに苦労した経験から、若い世代への子育て支援拡充を訴えて、比例代表の与党アイドル枠で出馬し初当選。以来順調に、いや、意外な程出世していた。

ちなみに夫婦揃って貧困家庭で生まれ育っていた。

ただ、総理の人事そのものは、露骨な人気取りとして評価されていない。


「中国軍はハイブリッド戦を重視しております。その一環と考えられます。」

「不勉強で済みませんが、私はハイブリッド戦の定義が良く分かっていないのです。この場でご説明頂くことは可能でしょうか?」

「もちろんです。。。そうですね。乱暴な要約になりますが、ご説明しても?」

「お願いします。どのみち我々には、全てを正確に理解するだけの時間は無いのです。大筋が理解できれば良いと思います。

総理に至っては、極端な話、私も含めた全ての大臣の仕事内容を理解される必要がありますが、その全てに専門性を持つなど到底不可能です。

防衛は極めて重要な問題です。しかし、数ある国家の難題の一つにすぎません。そのために、あなたのような専門家を呼んでもいるのです。」


「ありがとうございます。では、我が国の戦国時代を思い浮かべて下さい。

有力な戦国武将は、配下に忍者、忍び、乱波と呼ばれる集団を活用し、可能な限り相手を混乱させてから本格侵攻に移っています。

当時の彼等の任務は戦場におけるもの以外にも、敵国へ進入しての情報収集や破壊活動、暗殺や有力武将の寝返りの誘発というものがありました。

これらは現代の特殊部隊やスパイ活動として行われている部分でもあります。


これに加えて流言飛語を流して、敵の領内の民心を混乱させたり、敵の領主に疑心暗鬼をおこさせて有力武将を無実の罪で殺害させる、等の行為があります。

現代のハイブリッド戦とは、この種の作戦が情報通信技術の発展によりインターネットを始めとした、サイバー空間に舞台が広がったもの、とお考え下さい。」

「なるほど、例えば中国が自国に有利なフェイクニュースを流す、という行為もハイブリッド戦だということですね?」

「仰る通りです。我が国において中国とは戦争にならない、戦っても勝てない、中国の戦争には正当性があるから抵抗してはいけない。あるいは、アメリカは台湾有事に本気で介入などしない。アメリカの戦争に巻き込まれないよう、日本はアジアのスイスを目指すべき。はたまた、中国の強権的な独裁体制を単に「多様な価値観」と言い切ったり。


このように、中国に都合の良い言説をインターネットで広く流布させることで、中国に有利な状況を作り出しておいて、理想を言えば戦わずして台湾と沖縄あたりを手に入れる。ということになります。我々のような人間には直ぐに看破できるような代物でも、困ったことに、本気で信じてしまう人々は意外に多いものです。

まあ、簡単に言ってしまえば「世論工作」ですね。

あちらは民主主義を「世論工作」の影響を受けやすい、脆弱な政治体制としか思ってないのではないでしょうか?」


「それは分かりましたが、今回の件とのつながりは?」

「総理には先日ご説明がされておりますが、暗殺された2名は、インターネットの界隈で中国寄りの言説を丁寧に否定しては、正確な情報を流していました。

彼等が暗殺されたことがきっかけとなり、インターネットの言論は委縮し、中国寄りの言説が否定されることもなく、放置される事態になりつつあります。

そして、これが本当に暗殺だった場合、あきらかに一線を越えたと言えるでしょう。何かの期限が迫っているため、手段を選んでいられなくなったかのような。」

今度は法務大臣が口を挟む。

「それが本当だとして、他の兆候は見つかっているのかね?台湾に中国が侵攻するとしても、その兆候は米軍が偵察衛星とかで掴むのだろう?だいいち台湾進攻があるとして、『我が国が巻き込まれる』とは限らんじゃないか?」


(そこからかよ・・・・。今まで何聞いてやがった?)

彼は天を仰ぎたくなるのを我慢した。

「失礼。少し整理するのに時間を頂きます。」

「かまわんよ。」

少し時間をもらって説明の手順を考え、ノートパソコンを取り出して過去に使用したプレゼン資料のファイルを探す。


一連の会話の流れで室長は総務大臣への認識を改めていた。

彼女は噂でも聞く通り、決してタレント出身議員という偏見だけで、判断して良い人物ではなさそうだった。丁寧な説明をする価値はあるだろう。


彼女は若い時は1日に4時間しか眠らずに活動していたというから、馬力は今でも大したものだった。

競争の激烈な芸能界を生き残ってきただけあり、同じく激烈な政界での生き残り方を肌感覚で理解している所もある。

地頭も良い。

自分が知識不足なのは百も承知で、会議では誰がキーパーソンなのかを瞬時に見抜き、その人物の発言だけとりあえず理解することに集中することで、要領良く仕事を理解することに長けていた。

その一方で芸能界時代の経験が応用できる場合と、そうでない場合の区別はきちんと出来る。


上の人間から可愛がられる方法については言うまでも無く知り尽くしていた。

それだけなら人気取りが上手いだけの日和見主義者になりかねないが、彼女には芯をぶらさない所があり、アイドル時代から目先の利益に捕らわれて人を裏切るようなことはしない。


芸能界時代も現場スタッフの評判が良かったから、同じように官僚達も雑に扱わず、丁寧に接している。

中年になっても華やかな空気をまとっていることもあり、総務省部内では既に大変な人気で、前任者と比べても省内の空気が見違える程良くなったらしい。

省内では「ママ」「母さん」とまで呼ばれているらしかった。

特に女性官僚達との信頼関係を瞬く間に作り上げてしまったらしい。


室長は思った。

(案外、彼女だったら、自分のような知識が無くても防衛大臣が出来るかもな。)


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