KILL!! -先島諸島沖航空戦-
空対空戦闘に先立ち、橋本三佐は飛行隊長上原二佐の命令を受けとる。彼は直ちに新田原で受け取った、オーストラリアからのお土産の「アレ」を発射した。
「アレ」とはオーストラリアが2022年にアメリカと契約し、受け取ったばかりの巡航ミサイル「JASSM-ER」のことだった。
F15JSIは「JASSM-ER」を順次運用可能なように追加の改修が行われていたが、肝心の「JASSM-ER」本体の購入が、日本では間に合っていなかったのだ。
そこで、防衛省の誰かが首相を動かし、オーストラリアに対し日本らしからぬ単刀直入な交渉を行わせた。
交渉は見事成功。緊急展開で大車輪の活躍をした後に、オーストラリアに退避していたC2部隊が、オーストラリア軍の虎の子の「JASSM-ER」を受領した。
そして彼等はミサイル攻撃をやり過ごすと、トンボ帰りで日本に帰国。
同じく退避していた戦闘飛行隊の機材、人員と一緒に「JASSM-ER」を日本に持ち帰って、新田原に20発を搬入していたのだ。
残存するF15JSIで、「JASSM-ER」を運用出来るのは10機だった。
各1発を機体の中心線に搭載している。このために燃料タンクは、普段の訓練で搭載することの多い610ガロン増槽は搭載せず、両翼に大型の1220ガロン増槽を搭載していた。
目標は上海に港湾に集結し、停泊している敵上陸第3派の輸送艦。
赤外線イメージで照準する「JASSM-ER」でも、対艦ミサイルとしての運用はおそらく可能なのだが、実績もテスト結果も無い上に、わずか10発では先行する船団を攻撃したところで迎撃されただろう。
「JASSM-ER」を見送った橋本三佐は、「那覇のお返しだ」と呟く。あくまで軍事目標を狙ったつもりだが、那覇がそうなったように、事故で民間に被害が出ないとは限らない。
思わず、「頼むぜ」という言葉が出る。しっかり目標だけ吹き飛ばしてくれ、という意味だった。
「JASSM-ER」には機体を失い、予備機も全滅しているために地上待機組になったパイロットや、整備員、その他の地上要員の寄せ書きが書きなぐってあった。
一番大きいものは「怨敵滅殺」とある。
巨大な上海港に接近した「JASSM-ER」は、低空飛行とステルス性により、ギリギリまで沿岸や上海港防空任務の中国陸軍防空部隊に探知されなかった。
沿岸部のレーダーが壊滅し、バックアップの移動警戒レーダーや、警戒管制機が攻撃を避けて内陸に展開していたことも影響している。
この結果、防空部隊に撃墜された「JASSM-ER」はわずかに2発。橋本三佐は自衛隊史上初めて「敵基地攻撃」を成立させた、10人のうち1人となった。
着弾した8発は、次々と上海港内の偽装された輸送船に着弾。
輸送船は巧妙に衛星からの秘匿を図っていたが、米軍の解析能力が上回ったのだ。被弾したのは、それぞれ燃料、弾薬を満載した大型輸送船で、派手に誘爆を引き起こす。
一仕事終えた橋本3佐達は(戦果は衛星待ちだな)と一瞬だけ思い、意識を次の任務に向けて思考を直ちに切り替える。
ここからは空対空戦闘だ。
彼は雪辱に燃えていたが、その思考はあくまでクールだった。
彼等は、先述した通りAWACSの絶妙なリードを受け取ることができた。その結果、先島諸島への進入をはかる中国軍爆撃隊。その側面への突入に成功する。
「青龍」隊のJ11編隊は、204飛行隊の先制攻撃を受けた。
距離30キロからAAM4Bによる攻撃をまともに受け、半数を撃墜されたのだ。しかし、生き残りは第一撃を躱すと反撃に移る。
さらに、爆撃隊の上空をカバーしていた「白虎」隊と、後方の「朱雀」隊も反撃に加わる。
彼らは、レーダーに反応があることに気付き、さらに相手がF15であることを確認し、やや安堵を覚えた。
昨日の戦闘では、米軍のステルス機にいいように奇襲されて、ろくに反撃もできず、ほぼ一方的に損害を出していた。
だが日本のF15であれば、PL15、PL12の長射程で、互角以上に戦うことができるはずだった。
PL15は、対外的に射程は200キロとされていたが、実戦環境では150キロ程度に落ちることが分かってきている。
それでも、射程100キロ程度のAAM4B相手なら、圧倒的優位に戦うことができるはずなのだ。
だが、爆撃隊上空と後方をカバーする、「白虎」「朱雀」の各大隊が進路を変更した時点で、AWACSに支援されたF15群は、既に各大隊の正面100キロ前後か、それ以下に切り込んでいる。
さらに、彼等の正面に立ちはだかったF15「JSI」は、米軍しか装備していないと思われていた、AIM260を装備していた。
(中国側のパイロットは殆ど全員が、相手がAAM4Bのみ装備していると思い込んでいる。)
先島に向かう爆撃隊は、前方をカバーする最後の「玄武」隊と共に、加速して直進していった。
後方の「朱雀」隊は戦闘加入を決断後、後方を警戒しながら加速して、先に交戦に入った「青龍」隊の援護に入ろうとした。
前方の空中戦は接近戦に移行しつつあり、慎重に目標を選択しないと、友軍機を誤射しかねなかった上、交戦域は100キロ以上離れていた。
だが、日本軍機のうち10機程度が戦域から離れて、こちらへ接近してくる。
好都合だった。この距離ならまだギリギリで一方的に、PL15で先制することが出来るからだ。
ロックオンをかけようとすると、強力な妨害電波と欺瞞目標に邪魔されて、なかなか捉えることが出来ない。
彼等の相手である204飛行隊は、昨日の交戦で得たデータを元に、EPAWSSの調整を行い、より効果的で即応性のある妨害が出来るようになっていたのだ。
その調整は那覇基地から新田原まで、オスプレイで空輸された整備隊員が那覇への復帰までに行っている。
「朱雀」隊が焦りを感じた時、警報とほぼ同時に8機が爆発した。橋本のフライトがAIM260で、発射後ロックオンをかけてきたのだ。
橋本が思い切って発射後ロックオン方式で、AIM260を使用したため「朱雀」隊側は、ほぼ命中まで攻撃されていることに気付かなかった。しかも相手をロックオンしようと、直線飛行を続けてしまっていたのだ。
念のため電子戦装置を作動させていたが、AIM260の最新のECCM(対電子対策)能力は高く、あまり効果は無かった。
「KILL!!」
橋本は、敵機の撃墜をレーダー上で確認・宣言する。
彼はようやく敵機を撃墜することが出来たが、この程度で満足してはいなかった。
橋本のフライトからの攻撃に混乱した敵機は、EPAWSSの効果もありPL15を撃てないまま、AAM4Bの射程に入ってきた。
敵はまだAIM260、AAM4Bのデータが不足しているらしい。妨害電波を放ってはいるが、ロックオンができる。だがそもそも、周波数を変換しながらロックオンを行う、AAM4系統のミサイルを妨害するのは難しいのだ。
半減した「朱雀」隊のJ11は、ようやくPL12、15を発射したが、今度はその3倍のAAM4Bに攻撃されて、さらに6機を撃墜されて壊滅した。204飛行隊は2機を失っている。
ちなみに、204飛行隊はAIM260の数が足りず、AAM4Bも搭載していた。1機あたり、AIM260とAAM4Bが2発ずつだった。