藪蛇
上海の胡中将と、その空軍司令部は悩んでいた。
沖縄の日米空軍基地を叩き潰し、先島諸島の日本軍陣地に猛爆撃を加えたものの、正確な戦果が不明なのだ。
その最大の原因は、航天軍が衛星写真を回してこなくなったからだった。
WZ8を含め、偵察ドローンを相当数送りこんでみたが、あっさり撃墜されてしまったらしく、最新の情報が得られない。
現地の工作員の情報すら途絶えてしまっている。
連絡がつく者も存在したが、基地への接近は困難だった。
工作員の放つドローンは、遠慮なくミサイルやレーザー、機関砲、それに妨害電波で撃墜されているらしい。
帰投した攻撃機のFCSの記録を個別に解析したり、パイロット達の報告から敵の損害を推定するには、かなりの時間が必要だった。
それに加えて想定外の損害が出ている。
投入した、J16とJ10は実に半数近くが未帰還となったのだ。損害は覚悟の上だったが、胡の内心の許容範囲を超えている。
修理が必要な機体も多数あり、次回の攻撃に投入できるのは、このままだと100機も無い。
これでは、次回の攻撃力が不足するため、一部のJ11を爆撃任務に充てることを検討したが、それでもまだ足りない。
それだけでなく、南沙諸島に一時的に引き抜かれたJ20部隊は、苦戦中の南部戦区に取られてしまっている。
もともと「アメリカ」グループを開戦と同時に撃滅するために差し出した部隊だった。
だが、中国側の期待を裏切って韓国同様に、フィリピンからも米軍機が出撃してきた。
南部戦区はこの抑えのために、唯一のJ20旅団をあれこれと理由を付けて、手放そうとしないのだ。
別の段取りとして、中部戦区に予備として拘置されているJ10の旅団を、増援として回してもらえるように手配を始めていた。
だがこれも、中部戦区側にとってはこれほど早く増援を要請されることが、想定外の事態で時間がかかっていた。
このように各戦区と長征作戦司令部は、お互いに戦力を融通することが早々と難しくなっていた。
お互いに一度貸した戦力を、返して貰えないのではないかと、疑心暗鬼に陥ったのだ。
胡中将はその上で、次の攻撃計画を決める必要があった。
彼の司令部は今回の攻撃で、これほどの被害が発生した原因は、韓国を聖域として攻撃してきた米軍のF22とF35のためだったと判断していた。
ある程度予想してはいた。そのために中国戦闘機で最高の索敵能力と戦闘能力を持つJ20を、A型を含め優先的に配備していたのだ。
だが、J20のIRSTも、試作品の光学センサーも、もちろんレーダーも、米軍のステルス機の探知に失敗したと言って良い結果だった。
こちらも米軍と同じ戦法を取って、敵のAWACSや給油機に報復攻撃しようにも、J20は超音速巡航を実現できていないし、後方のステルス性能に弱点があるため、敵艦隊と地上レーダーを沈黙させた後でなければ、敵の空域奥深くに切り込むことは危険だった。
J20Aは超音速巡航を実現させていたが、やはり後方のステルス性に不安があることに変わりは無い。
第一、F35が護衛についていれば、そのEO-DASやEOTSといった光学・赤外線センサーで、先に探知されてしまう可能性が高い。
EOTSにしても、同じ赤外線センサーだが、こちらのIRSTより性能が高いようだった。
さらに攻撃機の損害だけでなく、宝石よりも貴重な空中給油機がほぼ全滅していた。
このため東シナ海上空に空中給油ステーションを設定して、J20を長時間滞空させることで制空権を確立する計画が、根本的に狂ってしまっていた。
これも、在韓米軍の仕業だった。
胡中将と彼の司令部は事態の打開のために、張中将に沖縄だけでなく、韓国の2カ所の在韓米軍基地に対する弾道弾攻撃を要請したが、激しく却下された。
それならばと、斉州島上空のAWACSを含めた米軍機を、J20A装備の最精鋭2個旅団を韓国領空に投入。
秘密裏に殲滅する作戦を具申したが、これも即座に却下された。
胡中将はあきらめず、個人的なパイプを利用して張の頭越しに中央軍事委員会に働きかけを行ったが、結果は同じだった。
彼は気づいていなかったが、中央軍事委員会の上海に対する心象が、この件で一気に悪くなっていた。
胡の感覚としては許可が降りるかは、ダメで元々程度だった。
だが、まがりなりにも韓国に攻撃を行うとなれば、高度な政治判断が必要な事項であり、政治指導部の熟慮が必要とされる領域だった。
中央軍事委員会としては、政治の領域に属することを、たかが一方面の空軍司令部が軽々しく要請するということは、あってはならないことだったのだ。
第一、張が司令部を統制しきれていないという不満を中央軍事委員会にもたらした。
このため、以後、長征作戦統合司令部から中央軍事委員会への要請は、通り難いものになっていく。