ボランティアマン
石橋は、白神が意識不明で「助からない」「後回し」と判断した重傷者の中に、意識を取り戻した若い男性を見つけた。
まだ中学生くらいだ。
ボディタッチして話しかけてみる。気をしっかり持てば助かるかもしれない。
「君!君!聞こえるか?しっかりするんだ!名前は?」
少年は目を開けた。
「・・・僕の名前?下地祐樹です・・。僕は大丈夫・・。妹は・・?里奈は大丈夫ですか?お父さんとお母さんは?一緒に居たのに・・。目の前が真っ赤になって・・。」
石橋は周囲を見渡す。生存者や救助に駆け付けた人間は、知っている人間に寄り添っているようだった。
彼が一人きりということは、おそらく家族は駄目だったのだろう。
遺体や、負傷者の中にも、彼の妹らしい年齢の女性が見当たらない。
「すみません!この中に下地祐樹君のご家族は!?どなたかいらっしゃいませんか!?」
石橋は数度同じ内容を叫んだが、周囲の人間はお互い顔を見合わせるばかりだった。
だが、しばらくすると、少し離れた場所から幼児を抱えた女性が駆け寄って来た。
「はい!ここに居ます!祐樹君の妹さんです!ああっ!祐君までっ!なんてことっ!里奈ちゃんここにいるよ!里奈ちゃん大丈夫だからね!しっかりして!」
妹とされた幼児は、まだ2~3歳くらいだった。どうりで見当たらないわけだ。随分歳が離れている。
「お知り合いですか?」
「はい!近所です!私達は避難がたまたま遅れて・・。」
石橋は声をひそめる。
「この子達のご両親は・・?」
女性は苦しそうな表情を浮かべた。
「ダメ・・。です・・。お母さんは、里奈ちゃんを抱えたまま・・。そこを見つけたんです。里奈ちゃんもダメかと思いましたけど、気を失っていただけで・・。」
妹の無事を見届けた少年は、心底安心した表情を浮かべた。
女性が里奈を抱えて、祐樹の眼前に近づけると、幼女は兄の顔に手を触れて話しかける。
「にいにい?いたいの?」
「良かった・・。里奈・・。お前だけでも無事で・・。にいにいはもうだめだ・・。どうか元気で幸せに・・・。おばさん・・・・里奈を・・。」
言葉が途切れると、彼はそのまま意識を失った。
「君!しっかりするんだ!」
石橋は心肺蘇生を試みたが、どうにもならなかった。
(畜生!女の子の次は、男の子かよ!)
女性と妹は少年にすがりついて大泣きしていた。
「にいにい!ねんねダメー!!」
幼い里奈の必死の叫びが、石橋達の胸を引き裂く。
同時に里奈の脳裏に、大好きな兄を失った時の記憶が、宮古島の光、匂い、音を鍵として焼き付いて行った。
「祐君は歳の離れた妹さんの里奈ちゃんを、本当にかわいがっていて。
いいお兄ちゃんだったのに。
お祖母ちゃんが、ホームに居て九州へ避難を嫌がったから、家族全員で島に残ることにしたんですけど。
その辺の事情はウチと同じで・・・。下地さんの家がこんなことになるなんて。」
「その・・・。この子に他のご家族は?」
女性は首を振った。
「そうなんです。今はそれどころの話じゃないけど。里奈ちゃんには、多分もう身寄りが・・。
どうしよう。ウチで引き取ろうかしら?できるかしら?」
そこへ救助を手伝っていた若い男性が現れた。
「あの・・・。もし良かったら、私達がお力になれるかもしれません。」
「あなたは?」
「東北から来たボランティアです。地震の時の恩返しにと思って、各地で災害ボランティアをしています。
今回は災害じゃないですけど、万一本当に戦争になったら、地震よりも酷いことになるかもしれない。
そう思って、イザという時はお力になれるように来ていたんですが、本当にこんなことになるとは。」
「そうなんですか。偉いですねえ。」
「それで、私達は東北の地震をきっかけに、全国で児童養護施設も運営しておりまして、沖縄にも施設を持っています。
もし、そのお嬢さんがお困りでしたら、最悪我々で面倒を見ることも可能です。お困りになりましたら、こちらにご相談下さい。」
そういって彼は、石橋とはあまり目を合わそうとせずに、女性にだけ名刺を渡すと、救助に戻って行った。
とりあえず里奈という幼女は、女性の家族と同行することで落ち着いた。
無線で宮古島警察署近くの体育館が、遺体安置書として開放されたとの連絡があった。
石橋達は行き先をそちらに変更する。
警察署には収容しきれない程、遺体が増えているのだ。
移動の車内は重苦しい空気だったが、「レイ」がモニターを見ながら石橋と白神に話しかける。
「なあ、さっきのボランティアマン見てたんだが・・。奴はなんか怪しかったぜ。」
「ああ。分かってるよ。俺たちから目を逸らしてたな。名刺の写真は撮ってある。」
「顔もね。」