ボーンヘッド
2025年4月2日 6:25 グアム沖
「福建」飛行隊の中隊長の1人である高少佐は、一挙に苦しくなった戦況でも「ニミッツ」に対する攻撃を諦めていない。
だが、戦況は悪化の一途だ。今度はKJ600の管制士官の悲鳴が、無線越しに遠く聞こえた。
同時にデータリンクが切断され、レーダー情報が消失する。
制空隊を壊滅させたF35Cが、さらにKJ600までも護衛諸共撃墜してしまったのだ。
また一段と戦況は厳しくなった。高の中隊の任務は攻撃隊の直掩。彼は部下に周囲警戒を強化させる。
こうなってはいつどこからF35Cが現れるか、まったく油断できない。
高少佐はKJ600からのデータリンクが切れたため、自機のレーダーを作動させる。300キロ先の正面にF18を4機探知。(4機だけ?)
その時、耳障りな警報が鳴り響く。「ロックオンされた!?」
電子戦画面を見る。正面の敵機からまたしても、「未知」のミサイル反応が接近してくる。(AIM260はそんなに遠距離から攻撃可能なのか?)
さらに複数のミサイルの反応が増えて、いずれも300キロもの彼方から接近しつつある。
その時、高の脳裏に閃くものがあった。(これはAIM260じゃない!SM6だ!)
米軍はPL15の長射程に恐れをなして、AIM260を開発していたが、さらに海軍は本来艦載用の大型艦対空ミサイルであるSM6を、F18に搭載する実験をしているという話だった。
高価で大型かつ大重量のSM6は、せいぜいF18には2発搭載できる程度で、しかも巡航ミサイルや対艦ミサイルの迎撃に特化したミサイルであるために、戦闘機相手では鈍重だと予想されていた。
だから中国軍のパイロット達はその噂を聞いても、あまり脅威として受け止めていなかった。
「福建」飛行隊長が指示を出す。高と同じ判断だった。
「各機落ち着け!接近中のミサイルはおそらくSM6だ!運動性は低い!回避運動と電子戦装置で逃げ切れる!」
指示の下、各機は妨害電波とチャフを撒き、進路は変更せずに上下左右に機体を振る、ジンキングと呼ばれる機動を行うことで、SM6をかわそうとする。
4機のF18が放った8発のSM6は、「福建」飛行隊長と高の読み通り、2発が至近弾で命中しただけだった。しかも対艦ミサイルを投棄した機体が被弾しただけだったから、これも意図した通りと言っていい。
(今度はこっちの番だ。)
高はPL15の射程200キロに、F18を捉えようとしていた。
その時、再び警報。横からAIM120にロックオンされている。
(やられた!)
高は事態を理解した。どうりで正面に4機しかいないわけだ。やつらは囮だった。SM6でこちらを引き付けておいて、主力はこちらの死角から回り込んでいやがった!
バックアップで上がった4機と併せて8機のF18は、「福建」飛行隊の側面からAIM120を次々と発射し、さらに接近して、短射程赤外線誘導ミサイルであるAIM9X=サイドワインダーでの攻撃に移る。
J15は側面から奇襲される形から、さらに後ろに回り込まれてサイドワインダーで攻撃され、次々撃墜された。
12機の護衛機のうち、飛行隊長を含む7機が撃墜され、攻撃機も1機が撃墜された。
しかし残り3機の攻撃機は米艦隊をレーダーに捉え、各機4発のYJ12対艦ミサイルを発射することに成功する。
その間に高は反転して反撃に移っている。PL15を2発同時発射し、F18をついに1機撃墜した。
そこから格闘戦に入って、PL10でのロックオンを狙う。
燃料が帰投にギリギリとなったところで、2機目のF18を撃墜。
驚異的な機動力と、オフ・ボアサイト能力を持つPL10でなければ格闘戦を切り上げざるを得ず、逃がしていただろう。
相手もサイドワインダーを放ってきたが、わずかに発射のタイミングが悪かったらしく、高は2発のサイドワインダーを辛くも躱した。
赤外線誘導方式のAIM9Xに対して、赤外線を発生させて幻惑するフレアも撒いたが、こちらはあまり効果がなかった。
AIM9Xは目標を赤外線画像で識別してくるから、フレアを目標として誤判断してくれないのだ。
数的に優位になったにもかかわらず、F18は離脱する高達を深追いしてこなかった。
ミサイルを撃ち尽くしたのだろうが、F35Cも手を出してこない。
おかげで高達生き残りは、離脱に成功する。
一連の統制のとれた米軍の迎撃に高は唸った。
(さすが米軍だ。手強い。)
生き残ったのは、護衛機、攻撃機を含め5機だけ。J17も2機とも撃墜されていた。隊長機も行方が分からない。
これに対して中国側はF18を高の分も含めて12機中4機を撃墜していた。
「30機出撃して、生き残ったのは5機だけか。(SM6を被弾した2機を含め、高達とは別に先行して数機が帰投中だった。)」
だが、ともかく任務は達成した。高は2分間でF18を2機も撃墜するという偉業にもかかわらず、味方の犠牲に暗い気持だった。
それを振り払い、飛行隊長に代わって指揮を継承して、飛行隊の状況を把握する。
母艦に、攻撃隊の被害は甚大だが敵艦隊に攻撃を実施したこと、残存機をまとめて帰投することを伝えた。
しかし12発が発射されたYJ12は、ことごとくイージス艦に迎撃され、米艦隊に被害は無かった。
「ニミッツ」CSGは、対艦弾道弾攻撃への迎撃で、ある程度対空ミサイルを消耗していたとはいえ、12発程度ではどうにもならなかったのだ。
同じ頃、「山東」飛行隊の残存機も帰投中だった。彼らは偶然、KJ600を撃墜したF35Cの1個フライト、4機に出くわした。
PL15、12による長距離攻撃を警戒して、E2Dがレーダーの出力を下げた上で後退したため、一瞬ではあったが米側にスキが出来ていた。
KJ600を攻撃する任務で、中国側の空域奥深く進出していたF35C1個フライトは、E2Dがレーダー情報を提供できる範囲外に出てしまっていたのだ。
F35Cのフライトの帰投経路は、「山東」飛行隊と偶然重なっていた。両者がすれ違う直前、IRSTと視界内にF35Cを捉えたことに気づいた彼等は、復讐に燃えて戦闘を開始した。
一方のF35Cのパイロット達は、EOTSで前方から接近する編隊を捉えていたが、友軍機と思い込んでいたのだ。
F35Cのフライトリーダーは初陣とAEW撃墜成功の興奮で、EOTSで捉えた目標を味方と思い込むあまり、敵味方識別装置=IFFの応答確認を失念するという、信じがたい程の初歩的ミスを犯していたのだ。
しかも、F35の故障が多いという欠点が、ここきて露呈。彼等のフライトのうち2機はEO-DASが、1機はEOTSが故障していたのだった。
ここに来てようやく呉達の目論見通りの数的優位と、機動性の優位をJ15は獲得した。
ミサイルを撃ち尽くし、逃げるしか手の無いF35をJ15は散々に追い回し、4機中2機をPL10で撃墜し、残りの2機にも至近弾を与えた。
被弾した2機のうち1機は何とか「ニミッツ」上空へ帰投したものの、母艦近くでパイロットが緊急脱出するしかないほどの損害を受けていた。
だが、復讐に燃える「山東」飛行隊は、隊長を3人共に失ったことが災いする。
戦闘を切り上げさせる者がいなかったのだ。2機編隊単位で8機が帰投中だったのが、途中での遭遇戦での深追いにより、致命的な燃料の浪費を生じた。
F35C4機の撃墜破と引き換えに、全機が母艦から50キロ離れた地点で、燃料切れのため墜落。全滅したのだった。
彼等は緊急脱出に成功したものの、空軍同様に日米ほど海上での捜索救難活動の、機材と経験をまだ有していなかった(ようやくUH60のデッドコピーであるZ-20系列のヘリコプターが配備されだしたばかりだ)中国艦隊は、その前後で艦隊に生じた混乱もあって、結局彼等を救助することが出来ず、全員が行方不明となった。
彼等が上げた偉大な戦果、「史上初めてのF35C撃墜。しかも1個フライト壊滅」を誰が成し遂げたのかは、永遠の謎となった。