食欲不振
2025年4月2日 08:12 新田原基地
アミーゴ2は、4機共に宮崎県の新田原基地に緊急着陸していた。
橋本3佐は、実戦を生き残ったことに安堵を覚えたが、ろくに反撃もできずに、J20に追いかけまわされた屈辱の方が大きかった。
そして何よりも、那覇の炎が目に焼き付いている。
第5航空団司令部に出頭して報告を行うと、判明しているだけの戦況の説明を受けた。
自分達が沖縄から撤退した後、中国は先島諸島にも爆撃を行い、民間にも被害と犠牲者が出ているらしい。
敵の上陸船団と思しき船団が上海を出航し、刻一刻と先島諸島に向かっている。
第9航空団の被害はまだ確定していなかった。他の空港に着陸した機体もあったし、撃墜されたパイロットは、那覇基地に留まっている救難隊が救助を続けていたからだ。
滑走路は使えなくなったが復旧出来ない程では無く、第9航空団司令部も生きている。
橋本3佐は直ぐにでも飛び上がって復讐を果たしたかったが、司令部から得た情報を部下に共有してから、ともかく食事を摂った。
食堂ではテレビが日本国首相、米国大統領、中国国家主席、北朝鮮国家主席の声明を繰り返し流していた。
北朝鮮は一方的に「日本への懲罰は成功し、日米の空軍基地を破壊した」と言っているらしいが、少なくとも新田原基地は無傷だ。
現時点で判明している沖縄の被害状況が放送されると、204飛行隊の人間は、沈痛な面持ちになっていった。
橋本は食欲はなかったが、食べて血糖値を維持しないと、肉体の耐G性や判断力にも、海上に不時着した場合の体温維持にも影響する。
しかし、食べようにも新田原基地の食事は悪くないはずなのに、その朝食メニューは口に入れても粘土を噛んでいるような気がした。
普段はあまりやらないが、飯に味噌汁をぶちまけてかきこみ、副食は茶と牛乳で胃に押し込む。
彼は圧倒的不利、正直に言えば敗北と言って良い戦闘の経験。そして何より、守るべきものを守れなかったという自責の念によって、経験したことの無い程のストレスにさらされている。
それが食欲不振となって現れているのだ。
TVの中で、沖縄県知事が高校生らしき少年に殴り飛ばされていた。
知事は弾道弾着弾の現場で、懸命に必死の救助にあたっていた人々。その神経を逆撫でしたらしい。
橋本はため息をつく。元気な少年だが、知事も発言に問題があったとは言え、暴力は良くない。
「あちゃー。周りの大人が止めてやれよ・・・。加勢するなんて論外だろ・・。気持ちは分かるけどよ。」
(この時の橋本は、その少年が10年後に日英伊共同開発の戦闘機、「F3テンペスト/烈風」のパイロットとして、自分の部下になるとは思ってもいない。)
強引に食事を終えて、最新の情報を得ようと再び第5航空団司令部に顔を出すと、航空団司令に呼び出された。
「那覇の復旧は進んでいる。あと数時間でA滑走路はクリアになるそうだ。」
かつて橋本の上官だったこともある、第5航空団司令長野空将補は、今、橋本が一番知りたいことを真っ先に話した。
「お世話になりました。復旧次第、那覇に復帰します。自分らにAAM4Bと5を下さい。」
先に来ていた204飛行隊長上原2佐が、いたずらっぽく言う。
「いや、慌てるな。ハッチ。今、横田からC2が、AIM260とランチャーを運んでるところだ。アメちゃんが回してくれたよ。
ソフトは機体に組み込んであるから、ランチャーと弾があれば撃てる状態にしてはあったしな。
実射試験すっ飛ばして、ぶっつけ本番だ。
飛実団の人間もこっちに向かってる。ライトニングの方は120Dで十分ってことらしい。
ただ、JSIにも全機分は回せない。「ハッチ」。お前のフライトに回す。やれるな?」
「当然です!」
AIM260とは、最近アメリカで開発が完了し、配備が始まったばかりの最新兵器。
射程200キロ以上の空対空ミサイルだった。中国のPL15に対抗して、AIM120を更新する予定だが、まだアメリカ軍ですら配備が始まったばかりの最新鋭兵器だった。
長野と上原は、通常は慎重に各務原の飛行開発実験団において、機体とランチャーと、それに弾体の適合性をテストして、さらに実射試験を経てから部隊に配備するべき手順を省略し、いきなり実戦でAIM260を使うと言っていた。
「あと、オーストラリアに退避していた部隊も本国に帰投を開始した。
オージーは昨日転がり込んで来たC2に、お土産に「アレ」を渡してくれるそうだぜ。
これを使えるのも、ハッチ。お前らだけだ。」
「え!「アレ」って、「アレ」ですか?オーストラリア軍にも、まだそんなに数はないでしょう?随分と気前がいいな?」
上原が思わせぶりなことを言い、橋本が喜色を浮かべると長野が後を受ける。
「首相が向こうに掛け合ったらしい。外交は得意だからな、あの人は。」
昼食時点で、新たな武器と希望を得た橋本の食欲は回復していた。AIM260と、上原が言うところの「アレ」の発射諸元を、大急ぎで覚える必要がある。