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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

野分三痕 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 今回で台風も20号になるのか。10月もなかばを過ぎたし、そろそろ台風直撃シーズンも通り抜けるかといったところだね。

 台風発生には水温が高い海面が必要になるとされる。そこで生まれた上昇気流が雲を呼び、渦を巻いて中心の気圧が下がっていく。そして風速が17メートルを超えると、この低気圧たちは「台風」という呼び名を与えられるのだとか。


 大昔においては、この台風発生のメカニズムは分からなかったと思われる。

 台風を含めた強い風は、野の草を分けるほどの勢いで吹いていくから「野分」と呼ばれてきたという。それそのものが畏怖の念を持つけれど、この野分の中でもとりわけ特殊なものも存在したケースが伝わっているみたいなんだ。

 僕の聞いた昔話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 むかしむかし。

 占いの道具には火、水、鏡などが用いられたのはよく知られているところだと思う。

 僕たちの地元だと、草原もその道具のひとつだったらしい。周囲を柵としめ縄によって囲まれた台地。

 そこには当時の神職に該当する者たちによって、大人の胸まで隠すほどの高さの草たちが、絶えないよう手入れされていたのだとか。

 強い風から吉凶を占う手法。その草の分かれ方こそ判断の材料だったらしく、能動的におこせるものでもないことから、いざ発生したときの信ぴょう性は、いずれの占いにも優先されるものだった。

 

 その日。大地の草を大いに分ける風が吹いた。

 奇妙な風だった。本来なら吹き抜ける一方に向けて草をなぎ、分けきって、残るは等しく同じ方向へ首を垂れる無数の草たち。それがいまは、しゃんと背筋を伸ばして立っている。

 台地の半ばに受かぶのは、三つの閃き。少し高い樹の上から見下ろしたならば、それぞれの向きが違うことが、はっきり見て取れた。

 ついた三つの筋のうち、中央のものはまっすぐに草を分けるも、残り二つはその筋より約45度に傾いて、おのおの右へ左へ開き気味の痕を残している。

 そして、そこで倒れているべき草たちはきれいにむしり取られていて、周りの草を寄せ合っても、この傷跡を覆い隠すには至らなかったんだ。



 はじめての事態にいぶかしがる村民たちは、判断に窮した。よりこれらの意味を探るべく、かんなぎたちがもろもろの占いから啓示を得たところ、奇妙な指示が下されたという。

 この日より3日後、6日後、9日後の三日間。村より半日歩いたところにある、霊山のふもとに生える、一本杉の根元を掘れというものだ。

 かの3日の晩ならば、その足元より土以外に顔をのぞかせるものがあるはず。それらを竹槍で突いて持ち帰ってきてほしい、と。


 3日後の晩。

 用はひとりで足りるとのことだったが、念のため、5名の村民が槍を手にして、早いうちから山のふもと、一本杉を目指した。

 夜露は深くしみ込んだか、陽が高く登っても土は満足に乾かない。そのぬかるみの中、杉の根元に立った男たち。

 木は村の矢倉ほどの高さがあり、間近で見上げるならば、壁と評してもおかしくない。

 そこから大いに広がる影の中へ入った5人。その代表が受けた指示の通り、幹よりほど近い、湿った土を槍でもって掘り返していく。


 いくらも時間はかからなかった。

 すんなりと土をかきわけていた竹槍の先が、不意にぽよんと、弾力に富んだものに跳ね返されたんだ。

 その源の周りの土を、なぞるようにそっと取りのけていくと、出てきたのはクワガタの幼虫かと思う、蛇腹な胴を持つ生き物がそこにあったという。

 大きさは一抱えほどもあり、丸まった身体がときおり、思い出したかのようにゆったりと、膨らんでは縮みを繰り返す。その生き物は息をしていたんだ。


 半端に突いても、はじき、ずらしてしまうその軟体に対し、代表者はぐっと大きく溜めを作って「えいや」と穂先を繰り出す。

 青い血を滴らせ、数寸ばかりめり込んだ槍を引っ張ると、幼虫の身はそれにくっついていく。男たちはあらかじめ、葉と皮でできた包みを持ってきていたが、中に入れた幼虫の血はとどまることを知らなかった。

 いくら厳重に包んでも、虫から垂れる青い血は止まらない。じきに、あらゆる防ぎからこぼれ落ち、点々と土の上に血の跡を残していく。

 青々とした血痕は、夜の闇の中でもこうこうと輝き、村へ運び入れても変わらない。

 続いて6日後、9日後にも同じように幼虫が土の中より掘り起こされ、突かれて村民たちの前へさらされることになったんだ。


 10日後の晩。

 件の台地に3匹の幼虫を携えて、村民たちがつどっていた。

 一番古い、3日後に掘り起こされた虫さえ、いまだ出血の勢いがやまない。いずれの床もしとどに濡らしてしまうので、長く地面に置かれていたものだ。

 包んだものがはがされる。3匹とも、とらえたときのように変わらず息をし、血を流し続けていた。

 いかにそれなりの大きさがあっても、どこにこれほどの血を蓄えていたのか。運んだ当初より、さほど重さも変わっているように思えないのに。

 けげんそうな顔をしながらも、村民たちはかんなぎの指示したとおり、野が分けられ、草のちぎられた三つの痕へ向かう。

 ひとつの痕に一匹の虫。その滴る青みを下にして、むき出しになった土の上へ撫でつけていく。染まった先からどんどん版図を広げていき、色気のない土が鮮やかな青色に染まり出した。

 

 そうして痕すべてが、ほどなく青で埋め尽くされようとするとき。

 金属を爪で引っかくような、不快で甲高い音が台地いっぱいに響き渡った。頭のずっと上の方から響いてくるようだった。

 思わず、上空を見やろうとする面々に、かんなぎの鋭い声が飛ぶ。

 

「虫を痕の中心へ置いて、とく離れよ」と。


 指示に従い、虫を置いた男たちが距離をとるのに、わずか遅れて。


 痕のふちに立つ草たちが、一斉に燃え出した。

 火打石を、同時に大量に打ち合わせたかのような臭いは、そこに想像を絶する摩擦があったことをほのめかす。

 真新しい炎は奇妙なことに、周りの草たちより先に、3つのはげて青く染まった、痕の内側へ集まっていく。

 ほどなく、3つの痕から燃え立つ炎に乗って、1つずつ浮かび上がった火だるまは、あの幼虫のものだったんだ。

 そろって宙に浮かんだそれらは、一拍ほど、同じ高さでピタリと止まり、次にはびゅんと風を吹かせて、かなたへ飛んで行ってしまったんだ。


 それらも、痕を付け足すかのような軌跡で大いに草を分けたが、今度はそこに火を伴う。

 今度の火は遠慮なくあたりへ燃え移り、たちまち大火事を巻き起こす。

 あらかじめ避難していた村民たちに直接被害は出なかったが、台地の火はもはや消し止めること能わず。

 一昼夜をかけて燃え盛り、のちには焼け野原が残されて、それからどう力を入れても緑が戻ることはなかったとか。


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