後輩ちゃんが教える、後味が悪いけど面白い物語論 第一回 類型編
はじめまして、先輩がた! 私が後輩ちゃんです。
え、なんで後輩ちゃんなのか、ですか?
それは私に後輩ちゃん以外の名前がないからです!
あ、待って! 黙って出口を向かないでください!
後味が悪い物語論、という言葉に惹かれたならきっと聞いて後悔はさせませんから!
……こほん。はい。ええと、今回は私の好きな後味の悪い物語について好きに語って良いよと言われているので、この機会に是非とも皆さんに私の好きなそうした物語を布教できたらな、とそういう思いでこの場に立っています。
後味の悪い物語、お好きですか?
好きと答えてくれた先輩は、私と同じ変態ですね。
誰かに好きな作品を勧めるのに苦労したこともあるんじゃないでしょうか。
実は私も、とても苦い経験があります。
特に女の子だと、仲間同士で共有しづらい、しかも嫌ないじられ方をされそうな趣味は辛いです。
そういうのを抱えていると、結構胃が痛いこともあるんじゃないかな。
……まあ、今日はそんな話はやめにしましょう!
後味の悪い物語が好きな貴方も、あまり読んだことないけど興味あるよという貴方も。
どうぞ最後まで聞いていってくださいね。
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はじめに
物語の「後味が悪い」とはどういうことか
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後味の悪さの一番大事な要素は個人的に「理不尽」だと思います。
物語の登場人物、もしくは読者さんが「なんでこうなってしまうんだ……!」と嘆くような理不尽な場面や展開。
そんな目を背けたくなるような描写に、けれどなぜだか不思議と惹きつけられてしまうことがあります。
これが私の考える良い意味での後味の悪い作品ですね。
勿論、どうやってもそういった展開は嫌いという読者さんもいると思いますので、そういう方は無理に楽しもうとしないでください!
読書は楽しく、嬉しいもの!
それが私のモットーですので。
じゃあ、今からこの理不尽が感じられる展開について、いくつかメジャーだと思ったものをパターンに分けて説明します!
複数の要素を含むことも多いので、きっちりとした区分けというより、大まかな目安と思って聞いてくださいね。
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本編
後味が悪い物語の類型
その味わいの解説を添えて by後輩ちゃん
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①失敗
・「物語上の大きな目標・目的を失敗する」
失敗にもいろんなタイプがありますけど、シンプルなのは主人公やヒロインなど、キャラクターの抱える何かしらの目的の失敗ですね。
子供の頃、「物語とは何かが成功する過程を描くものである」って先入観を持ったまま突然こういう作品に触れて衝撃を覚えた人もいるんじゃないですか?
全てを捨てて挑んだ試練に失敗した、とか。
あるいは意中の相手に振られる失恋や悲恋だとか。
私、なにか悪いことした……? してないよね……?、と思わずキャラクターがつぶやいてしまうような理不尽さと、理不尽にぶつかったキャラクターの心が曇っていく様が見どころです。
逆に、失敗するはずのない課題に、自分の傲慢や慢心から失敗するお話も見かけます。
そちらは理不尽度は控えめで、むしろ読者視点からのざまぁな爽快感も感じますが、そのキャラクターの内面描写にかすかでも共感の切れ端を残してしまうと、舌に残る絶妙な後味の悪さを感じ取れるでしょう。
お菓子に例えると、上に乗った濃厚すぎる抹茶アイスをぐちゃぐちゃに潰して食べる抹茶パフェみたいな味わいですね。
・「成功が失敗にひっくり返る」
成功と思っていたものは全て勘違いだった、というケースです。
例えば、夢や妄想から覚めると、先ほどまで成功していたものが逆転した世界こそが自分の現実だった、とかがこれでしょう。
あとは、惚れた相手のために頑張っていたのにその相手は自分を騙していたことを知っただとか。
読者の前で一瞬のうちに成功と失敗をひっくり返してぞくっとさせてくるのもありますし、ん? もしかして?、と危うい気配を感じさせてジリジリ不安と期待を煽るのもあります。
どっちもピリピリした胡椒を塗したサブレみたいな美味しさを味わえます。
一口でカリッと砕く瞬間は病みつきですね。
・「途中から物語上の目的が別物にすり替わる」
ようは、理不尽に直面してキャラクターの価値観や考え方が途中で変質する系ですね。
例えば、正義の警察官の物語。
ヤクザなんかに自分の家族の身柄を抑えられて脅され、初めは葛藤しながら行っていた汚職行為を、だんだんこれは正しい行いなんだ、自分は間違ってないんだ、みたいに考えて行くようになる、とか。
暴力や薬物、性に関するお話との相性がいいですけど、洗脳系、新興宗教を題材にした話とかも見ますね。
物語の初めに大切に思っていた相手。
その大切な誰かをその後の展開で傷つけて、でもそのことに何の心の呵責を感じなくなってしまっていた。
そんな具合に、どんどんキャラの内面が歪んでいく様。
それを時系列で追って見続ける恐ろしさや俯瞰して見た時に感じる悲しさが見所だと思います。
これはぐにゃぐにゃに歪んだ棒キャンデーみたいな味わいですね。舌を這わせるごとに、歪みや反りの感触が甘味とともに脳に響いてたまりません。
②破滅
・「物語上のゴールが破滅」
一番わかりやすいのはキャラクターの向かう先が避けられない破滅っていうパターンだと思います。
これは、破滅への道を歩み出す物語展開、と言い換えても良いかもしれません。
メジャーなのは亡国の物語とかでしょうか。
革命とか、処刑とか、そういうワードの出てくる血生臭い物語。
後味の悪さと一緒に、何かを成し遂げた達成感、つまり成功を内包する話もけっこう見かけるイメージです。
我が生涯に一般の悔いなし! とばかりに最後に満足して破滅して行く姿は、後味の悪さと読後感のすっきりした気持ちの両方を味わえますよ。
お互いがお互いの味を引き立て合って、癖になる味です。
お菓子じゃないですけど、まるで生ハムメロンみたいな品ですね。
終盤まで色んな登場人物だったり世界だったりを登場させた上で訪れる破滅。
この展開では、高く積み上がった塔が周囲を巻き込んで大崩壊するようなスケールの大きい、お菓子の中でも高級贈答ギフトみたいにゴージャスな話が作られやすい気がします。
・「失敗の末の破滅」
さっきちょこっとお話ししたパターンと逆で、失敗かつ破滅、という作品ももちろん多いです。
「①失敗」の類型との合わせ技ですね。
主人公が悪人で、何かを間違え、報いを受けての破滅とかわかりやすいでしょうか。
この場合読者としては主人公側に破滅を望む心と、どこか理解し寄り添ってしまう主人公への共感の二つの視点から物語を眺めることになります。
なので、面白い作品は本当に二重のカタルシスがごちゃ混ぜになってたまらなく気持ち良いんですよね。
どろっと溶けたアイスを載せたコーヒーゼリーみたいな味わいです。
③死
・「断絶としての死」
デッドエンド、と聞くとイコールバッドエンドと考える方も多いんじゃないでしょうか。
とてもメジャーなバッドエンドで、わかりやすく理不尽な内容かと。
デスゲームものとかを考えてみてください。
ゲーム参加者には皆、成し遂げたい思いがあります。
会いたい人がいて、叶えたい夢があって、でもその望み全てが死という断絶で叶わなくなる。
そのやるせなさとか、無常さとかが最大の見どころであり、一部の人にとっての興奮ポイントですね。
いっぱいあったはずのプリンを食べ終えて、その底に残った苦いカラメルソースを舐めとる時の味わいです
・「無意味な死」
「死」というのはとても懐の深い概念です。
先程紹介したバッドエンドばかりが死の姿の全てじゃありません。
死して活路を開くとか、死をもって意思を示すとか。
元々、死というのは生きるという行為と表裏一体のものなので、大往生、意味のある死、そういうものは悲しみと共にあるものであっても、理不尽度はかなり少なく感じられるわけですね。
だからこそその真逆、無意味な死というのはあまりに理不尽な展開になります。
文字通り人生の全てをかけて積み上げたものを全てゼロにされる。
そこには哀れで惨めなキャラクターが描き出されます。
あるいは、何もしてこなかったことを後悔し、後悔が先に立たないことを身をもって証明する、みたいな展開もありますね。
一人の人物に刻み込まれる絶望だけなら、これが最高峰じゃないでしょうか。だからこそ、ループものだとか、死に戻りだとか、そういう理不尽に抗う物語が映えるわけですね。
これはカカオ100%のチョコレートの味です。
舌の上で転がして、濃い後味がゆっくり溶けて消えて行くのを惜しみながら味わいたいですね。
④無力感
・「敵わない相手」
自分の上位互換のような先輩、自分が決して倒せない宿敵、自分が欲しくてたまらないものを持っている相手。
そういったものに対峙し、勝つことを諦めてしまったり、逃げた先でその逃走を後悔したりという展開を見ますね。
醜い復讐、などとの要素と相性がいいので②の失敗の末の破滅というパターンにそのまま進めます。
これは硬いアーモンドの詰まったチョコレートの味わいです。
いったん噛んで割り裂いたアーモンドをこくんと飲んでも歯ですり潰すのも自由。好きなように賞味しましょう。
・「動けない、変われない自分」
先程の「敵わない相手」が一応は対峙相手を定めているのに対して、こちらはそれすらありません。
要は、キャラクターが自分の心の中の問答を永遠と繰り返すだけに堕ちてしまった状態ですね。
薬物中毒のキャラクターの心の声だったり、親から暴力を受けていた子供が自分の子供に同じような暴力を振るいながらぶつぶつ呟く言葉だったり。
一見何かをしているようで本質的には何もしていない、あるいは何も進めていないキャラクターという風に描写される傾向があると思います。
ただこの展開、実は誰にも分かる理不尽度そのものはかなり低めです。ですので、キャラクターの心理描写への共感ができなければただのクズを第三者目線で眺める感じになってしまいます。
エンタメ系の物語よりは純文学の領域になるかもしれませんね。
これは飴玉の味わいです。
口の中で延々と同じ味わいを感じながら、いつの間にか自分の口全部がべったりその味に染まっていくのを楽しみましょう。
⑤メリーバッドエンド
さあ、皆様お待ちかねのメリーバッドエンドですよ!
名前だけは聞いたことある、って人も多いメリバさんです!
知らない人のために簡単に説明すると、メリーバッドエンドとは、解釈の仕方によってはハッピーエンドと言えなくもないバッドエンドですね。
ここで今更ですが、私がこの講演を「バッドエンドだけれど面白い物語論」でなく「後味が悪いけど面白い物語論」とした理由を交えて語りたいと思います。
ハッピーエンド、バッドエンドの違いはなんだと思いますか、先輩?
はい、それは「読者の価値観で測って幸せか不幸か」という違いです。
メリーバッドエンド、以下メリバの例として、恋人を土着信仰の謎の神様の生贄として捧げられ、殺されたというキャラクターを挙げましょう。
読者の価値観では当然バッドな展開ですし、そこで物語が閉じれば皆がこれをバッドエンドと思うことでしょう。
キャラクター自身も、ごく一般的な感性のキャラならまあ、それをバッドエンドと思うはず。
けれど、恋人を生贄にされたキャラクターがその後、土着信仰の宗教に帰依し、その神を崇めはじめたらどうでしょうか。
そのキャラクターは生贄に捧げられた恋人を素晴らしい名誉に与ったのだと言い出すかもしれません。
そう。ここが肝要です。
そういう風に、つまり読者とは乖離した価値観を持ってしまいさえすれば、そのキャラクターにとって恋人の生贄は紛うことなきハッピーエンドになるのです。
メリーバッドエンドをハッピーエンドと解釈するかバッドエンドと解釈するかは読者が自分の価値観に寄り添うか、キャラクターの価値観に寄り添うかに委ねられるわけですね。
私のような変態は、キャラクターの価値観にどっぷり浸かってその歪なハッピーエンドを楽しみます。
ですが、それは自分の価値観を既に持っていて、読書後に元の価値観に戻ってこれると思うからこその楽しみ方です。15歳未満のみんなは真似しないでくださいね?
一般的なメリーバッドエンドの楽しみ方は、バッドエンドの苦味と、わずかな主人公の価値観への共感から感じる狂ったような甘味。
この二つを舌の上で混ぜ混ぜすることじゃないでしょうか。
生クリーム山盛りの、中に砂糖の入っていない焦がしパンケーキの味わいです。
ざらざらのおこげを生クリームで包んで咀嚼しましょう。だだ甘のはずのクリームの中に、広い味わいの世界が広がります。
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最後に
私の望み by 後輩ちゃん
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さて、先輩がた、いかがでしたか?
後味の悪い、強烈な理不尽を感じる物語の類型はまだまだこれだけじゃありません。
後味の悪さの使い方だって一つじゃない。
物語の最後に後味の悪さを残すものもあれば、先程の類型を物語中盤に据えて、逆境のカタルシスを演出するものもあります。
物語に突然挿入されるそれも、最後に強烈な印象と共にお出しされるそれも、私はとても愛しています。
決して広く皆様に愛されるばかりの物語の要素ではありませんが、それでも求めてしまう人はいるのです。
私の話を聞いて興味を持ってくださった先輩は是非手を伸ばしてみてください。そして味わい、心を震わせてください。
逆に、全く惹かれなかったという先輩はどうぞ無理せず、自分の好きな物語を楽しんでください。
先輩方の楽しい読書ライフが私の望みです。
最後までお聞きくださり、ありがとうございました。
ご質問などありましたら感想欄へどうぞ、私が答えにいきますね。
それでは先輩方、今日も良き読書を楽しみましょう!