0.突然崩れる私の日常。
むかしむかし、どこかのラスボスが言っていた。激しい喜びが無いかわりに、深い絶望もない、そんな植物の心のような人生がいいのだと。
あれを見た時、私は激しく同意したね。見てる人なんて誰もいないのに思いっきり「うんうん」って頷いちゃったね。そうそう、人生に激しい感情なんて必要ないんだよ。
何事もほどほどが大事。栄枯盛衰って言うじゃない。栄えるものには必ず滅びがある。だけど、最初から栄えないで、ほどほどで生きていれば、滅びることもないし、その時に覚える負の感情とも無縁で生きられる。いいことづくめじゃないか。
ビバ平凡!ビバ普通の人生!人間欲張っちゃいけないんだ。ちょっといい話に目がくらんで、起業なんてするから借金を背負うことになるし、ちょっといい話に目がくらんで、確実に儲けられる上手い話なんてのにほいほいとついていくからネズミ講の片棒を担がされそうになっちゃうんじゃないか。
あ、ちなみに、前者は父親の話で、後者は母親の話ね。別に血が繋がっているわけでもないのに、なぜかうちの家族は私と妹以外そういう「一見上手い話」に騙されやすい気がする。
父親と、その祖父母がそうなのはまだ分かる。けれど、母までその体質なのは一体どういうことなんだろう。類は友を呼ぶというけれど、もうちょっといい類友を連れてきてほしかった。そうしたら私は生まれてないのかもしれないけどね。
まあ、なにはともあれ、人間の人生は何事もほどほどが良いんだ。私は両親の体たらくを見てそう学んだんだ。普通に学校に行き、普通に就職し、普通に結婚する。昨今はそれが“普通”じゃなくなってるなんて話もあるけれど、それだって高望みしなければ、そんなに難しくないはずだ。程よく幸せな人生を送る。それが私の目標。ようし、これから頑張るぞい!
「烏丸五月さん。ずっと前からあなたが好きでした。にんし……結婚を前提にお付き合いをしてください」
どうしよう。
勢いをつけてジャンプしようとしたら、足を引っかけられて、顔面から地面にダイビングをした気分だ。
場所は何の変哲もない公園。
私こと烏丸五月の服装はシャツに短パンという女子力をどこかに落としてきてしまったかのような普段着の延長線上。ここまでは平凡な私の日常によくある風景だ。今日もこの後スーパーに買い物に行って。特売のお肉を買って帰ろうと思っていたところだ。
そんな平凡オブ平凡な風景に似つかわしくないものが三つほどある。
一つ。政府の役人も裸足で逃げ帰るのではないかと思われるほどの高級感ある黒い光沢を放ち続けているリムジン。
二つ。そのリムジンから出てきた、メイド服の女性。
そして三つ目は、
「私、観音寺薊が保証する。絶対にあなたを幸せにすると。働く必要もないし、家事もする必要はない。君はただ、私と一緒に暮らしてくれるだけでいいんだ。これほどいい話はないとおもうんだが、どうだろうか?」
告白してきたのがあの大富豪、観音寺家唯一の後継者にして、長女の観音寺薊だってことだ。
…………あ、二人とも女ってのもあった。じゃあ、四つだね。この期に及んで増えるんじゃないよ。
私は取り合えず一番気になるところにツッコミを入れる。
「えっと……ずっと好きだったってのは……?」
薊はさらりと、
「言葉の通りだ。君は私の初恋の相手で、現在の思い人なんだよ、さっちゃん」
「…………その呼び方凄い違和感があるよ、あっちゃん」
前略。
お父様、お母さま。お元気でしょうか。まあ、多分元気でしょう。お母さまに至ってはさっきお顔を拝見しましたからね。ええ。
今まで育てていただいた恩を仇で返すようなことになってしまうかもしれませんが、お二人に言いたいことがあります。もしかしたら言葉遣いが汚くなってしまうかもしれませんが、可愛い娘がちょっとやんちゃしたくらいの認識でとらえていただけると嬉しいです。
それでは一言だけ。
一見上手そうな話をひきつける体質はアンタらのところで止めとけや!しっかり遺伝させてんじゃねーよ!
この物語はとんかつのおお蔵の提供でお送りしました。なんちゃって。
※登場するチェーン店はフィクションです。ただの妄想です。28cmの高さを持つキャベツを盛るとんかつチェーンは現実には存在しないことを予めご了承ください。
次回更新は明日(10/9)の18時です。