黒騎士の死霊レグザスとの日々
「貴方は誰?うわーーーん。なんだかおっかない物がいるっ??」
マリアンヌ・エゴート公爵令嬢、
初めてその不気味な物を見たのは、わずか5歳の時だった。
廊下にたたずむ、真っ黒な鎧を着た、顔も見えない騎士。
ぼやけて見えるのは、それがこの世の物でない証。
マリアンヌは、幼い頃に母を亡くし、父であるエゴート公爵の手で大事に育てられたふわふわな銀の髪の令嬢だ。
幼いマリアンヌに取って、乳母やメイドが面倒をみてくれるし、父がいる時は、凄く可愛がってくれるのだが、やはり母がいないのは寂しい。
夜、眠れず、廊下を歩いていたとある日、不気味な物を廊下に見たのだ。
腰を抜かして、泣いていると、その不気味な黒騎士は近づいてきて、優しく声をかけてきた。
「貴方はマリアンヌ様?私は貴方の先祖、女帝アレクシアナ一世様に仕え、貴方の母君、マリーディア様に仕えていた黒騎士です。怖がることはありませんよ。」
「ははうえの事を知っているの?」
「ええ。それはもう、よく相談相手を勤めておりました。」
話によると、マリアンヌの母、マリーディアに仕えていたとは言うが、その時は既に幽霊だったらしい。生きていた時に仕えていたのは、女帝アレクシアナ一世と言う事。
その夜以来、マリアンヌは、この不気味な黒騎士の幽霊、名はレグザスと言うらしいが、
彼と友達になった。
彼と毎日、夜、お話をし、その日あった出来事を報告する。
マリアンヌの楽しみの一つになった。
マリアンヌが成長するにつれて、黒騎士レグザスは、男の癖に、とても寂しがり屋で、
どうも、自分の母の事が好きだったみたいだが、死霊だからと諦めて、結局、惨めに振られて、泣いていたと言う事が判明した。そもそも、女帝アレクシアナ一世に仕えていたと言っていたが、この男、結婚していたのか???
12歳になったマリアンヌ。
とある日、レグザスに聞いてみた。
「レグザス。女帝アレクシアナ一世に仕えていたのよね。アンタ、結婚していたの?」
「いえ…。私は顔だけは良かったので、お飾りとして、アレクシアナ様に仕えていたのです。
見目麗しい騎士が傍にいれば、見栄えがするでしょう。亡くなったのは流行り病にかかってしまったからで、戦でとかそういう訳ではありません。私は剣の腕はまるきし駄目だったので。」
「ええええ?お飾りだったの??」
「はい。そうです。」
この黒騎士は今や幽霊、死霊である。
顔は兜に覆われて見えないが、骸骨だという事。
美男かどうかは解りはしないが、何だかとても残念な男だったらしい。
マリアンヌは額に手を当てて、
「青春も何もなかった訳なのね。解ったわ。今は魔法が発達している時代だから、
レグザスが人の姿になれるように、私も魔法の研究頑張ってみるから。
そうしたら一回くらい、デートしてあげてもいいわよ。」
「本当ですか?」
「ええ。まったく仕方ないわね。」
マリアンヌは、この残念な死霊の黒騎士に、デートの約束をした。
12歳ながらも、マリアンヌは非常に優秀で、魔法研究院に入り、魔法の研究をしていたのだ。
13歳になった年に、王立学園へ貴族は入学しなければならない。
王立学園に通いながら、魔法研究院に休みは通う日々が続く事になった。
また、公爵令嬢として、婚約の話も持ち込まれる事になる。
父のエゴート公爵は、この国では高位な公爵で、亡き妻であったマリーディアは、王家の血を引く女性であった。
だから、娘のマリアンヌに婚約の話が持ち込まれるのは当然の事で。
第一王子であり、将来は王太子確実であると言われている、レオンハート王子、歳は14歳。
彼が候補にあがった。
マリアンヌとは、はとこに当たる訳だが、はとこならいいだろうという事での婚約話である。
マリアンヌは父であるエゴート公爵に抗議する。
「わたくしは、王妃になんてなりたくはありません。魔法の研究を極めたいのです。
ですから、このお話、お断りして頂けませんか?」
「そうはいかない。国王陛下の命令には背けない。」
「ああ…父上…。悲しゅうございますわ。」
マリアンヌは、その夜、レグザスを呼んで愚痴をこぼした。
「わたくしは、魔法を研究して、一生、独身でいるつもりなのに。」
「え?それは何故…」
「勿論、殿方に興味がないから…でも、一度くらい、貴方とデートをしてあげてもいいでしょう。だから、魔法を極めたいの。」
「マリアンヌ様…」
「ほら、泣かない泣かない。」
まったく、この男はすぐ、泣くんだから。
なさけない幽霊だとは思えども、どうも、見捨てておけなかった。
レグザスは、マリアンヌに、
「私は、アレクシアナ様のブローチに憑いている死霊です。ですから、肌身離さず、ブローチをお持ち下さいませんか?そうすれば、いつでも傍でお守りする事が出来ます。私は貴方を守る黒騎士でありたい。」
「まぁ、ブローチって、あの黒水晶のブローチね。解ったわ。」
「ですから、どうか…殿方に興味がないと言わないで下さい。素敵な方を見つけて、幸せになって頂くのが私の願いです。」
「優しいのね…いつも貴方はとても優しい。」
だから、見捨ててはおけないのよね。
マリアンヌはふぅとため息をついて。
「貴方が死霊でなかったらいいのに…」
「え??」
「いえ、何でもないわ。」
マリアンヌは思った。
レグザスの事、残念な死霊の黒騎士だけど、好きなのかもしれない。
ずっと傍にいてくれた…ずっとずっと…これからも傍に居て欲しい。
しかし、まさかあんな事件が起こるとは思わなかった。