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AI・RD

作者: 大西洋子

「あー、駄目かぁ~」

「すみません。アイの願望に添えなくて」

そう応えるのは、アイの生活をサポートする機体だ。

「ラドのせいじゃないわ。それにしても困ったわね」

アイはこの春独り立ちし、はじめての長期休暇を迎える。その長期休暇の間にアイ自身の健診を予約し受理されたのだが、その間、サポート機体ラドをどうするのかが白紙のままだ。

「座室改装、後にすれば良かったかしら」

座室とは、指定した場所へ自動走行の座席と、最低限の生活を営める住居を合わせた名称で、アイが誕生した頃から、健康で文化的で最低限の生活を営む場として、義務教育を終えたすべての者に国から支給される。

「アイ様、ベティ様から着信です」

「ベティ先輩から? 繋いで」

ラドの機体の中央に備え付けられたタブレットに、ベティの顔が現れた。

「はーいアイちゃん。元気? 新しい生活は慣れたかしら。それにしても、相変わらずの姿ね」

「あはは」

アイは笑ってごまかす。無理もない。夕方になっても、寝間着姿のままなのだから。

「ところで、アイちゃん、長期休暇どうするのか決まったかしら」

「それが、サポート機体ラドの予定が決まらなくて……」

「そうなの。以前アイちゃんにたずねられていた案件、いくつか返答があったの。で、近日中に会えないかしら?」


「学校、ですか?」

「そう学校。アイちゃんが以前問い合わせていたこと、体験入学という形でだけど、可能だって」

ベティ先輩がアイの目の前に、その体験入学先の一覧を見せる。

「実は、サポート機体での利用者代行のサービスが、どこまで本人に還元できているのか企業側も知りたいって」

サポート機体のみで買い物の代行はよく行われている。けれど、体験入学先の一覧に書かれているものは……

「……なるほど。利用者としての意見や感想が欲しいということね。いいわ了承したわ」

こうしてアイの長期休暇の予定が埋まった。


アイの長期休暇の一日目は、座室を改装業者に引き渡し、サポート機体にアイの五感を共有させ、アイ自身の検査入院の手続きで終わってしまった。

「アイ様どうですか?」

「ラドと視覚と聴覚共有は何度か行ったことがあるけれど、五感全部を共有させるのははじめてだからワクワクするわ」

共有した視覚からベッドに横たわる自分自身を見る様は幽体離脱そのものねと、アイは考える。ラド自体も横たわるアイの視覚を通して、幽体離脱離脱の意を学習する。

「何度見てもラドがあたしそっくりになっていくところ、くすぐったい感じね」

顔とフォルムはアイそのもの。だけどラドの胴体はサポート機体そのままの状態だ。

「じゃあラド、よろしくね」

「はい」


二日目、病院を後にしたラドが向かったのは百貨店。

「アイは身だしなみを整えることを勉強しなきゃ」ベティ先輩からの苦言から受けることになったメイクアップ教室がそこにある。

「場所が百貨店だから、服も揃えなさいよ」とも言われている。

開店と同時にアイは店舗を周り、ラドを通して、商品を手に取り様々な触感をどこまで共有できるのかを調べながら、必要な物を購入していく。

そうして、メイクアップ教室に行く時間は、あっという間にやってきて、ラドが教室に着いた時には、十人十色という言葉そのもの人とそのサポート機体たちがいた。

授業の始まりは手を洗うところから。サポート機体も手を洗う。

時に西暦2010年。世界に人類を脅かす流行症が発生した。その流行症予防の一つが手洗いで、固形石鹸は日用品を取り扱う店舗の必需商品となった。

「固形石鹸での手洗いはひさしぶり~」

指の間、手首まで洗う手洗いは、三つ子の魂百までのごとく無意識に手が動く。その手洗いの後は正しい洗顔。

「あたし、毎日ゴシゴシ洗っていた」

誰かの言葉に同様の声が重なる。アイはベッドの上で、水、泡立てられた石鹸の感触を感じていた。

洗顔後、顔剃りをし、眉を整え、個々の肌に合った色が何かを判断し、ナチュナルメイクを施してもらう。

「うそっ、これが自分!?」

驚きの声があちこちであがり、花園にいるような雰囲気に包まれた。だが、ラドはサポート機体なので、ナチュラルメイクの仕方の手順を覚えるのみに留まってしまう。

メイクアップの授業がまもなく終わる。

「メイク一つでイメージは変わり、心を上機嫌にさせます。我々スタッフはあなた様の上機嫌のお手伝いしますので、化粧品等の購入の際には、気楽に声をかけてください」

「商売上手やな~」

皆の心の内を口にしたのは、頭数一つ二つ分飛び抜けるほど背の高い女性。その女性は確か…… ラドがその女性が誰なのか。アイがその記憶を探ろうとすると、ラドがアイの頭脳に直接解答してきた。彼女はバレー選手グロリアだと。

メイク教室の後、ラドが化粧品売り場前を通るとそこにグロリアがいた。断片的な会話から、彼女は痣を隠す為のファンデーションを調合してもらっているようだ。

アイの好奇心を、ラドはとがめる。それもそうだね。と、アイが返す。が、アイの視覚と聴覚がグロリアに向いたままだ。ラドは一時的にアイとの共有を断ち切り、再び繋がった時にはラドは百貨店の外にいた。


翌日は料理教室で、本物の魚や肉、野菜を使って行われると知って、アイは健診がなかったら。と地団駄をふんだ。

ともかく、この料理教室と夜に行われるテーブルマナー教室で、ラドと臭覚と味覚がどこまで共有できるのかを調べることに集中することにした。

だが、午前の料理教室で臭覚と味覚は、うまく共有できないことを知らしめる結果となってしまった。

「うーん、夜のテーブルマナー教室、どうしようかしら」

「アイ様、サブ機体の手配をお願いします。サポート機体ラドとして、そのような場での立ち振る舞いを、実践しておきたいのです。この前の招待もその点に不安があると断られましたので」このような招待は、今後増えるでしょうから。とラドにたたみかけられ、アイはサブ機体を手配し、ラドはサブ機体と共にテーブルマナー講座へと出かけた。そこでスーツ姿で椅子に寄りかかるグロリアに会った。

「こんばんはグロリア様、どうされましたか?」

「おや、昨日、メイクアップ教室で会うたサポート機体やないか。うちの異常行動を起こしてしもうた機体とえらい違いや。あ、待ち会わせている人が来たみたいやわ。ほな」

グロリアに敬礼する細身ながらもしっかりとした体格の男性とそのサポート機体と共に、その場を去っていく。

「テーブルマナー講座に参加の方~」

ラドはその声に、ダミー機体と共にレストラン内へと移動した。


長期休暇三日目。アイの元に警視庁から来客があった。

アイの個室に入ってきたその男は、細身ながらもしっかりした体格の男で、

「昨日、グロリア様と展望レストラン前でお会いになっていた方ですね」

ラドの指摘に彼は、

「あの展望レストランにいたのか?」一瞬で顔色が変わる。

「すまないが、昨日、あの展望レストランで見聞きしたデータを提出願いたい」

男はラドにも名と身分を提示した。彼はゲオルク。電子関係の犯罪捜査の警官だと。

「残念ですが、ラドはゲオルク様とお会いになる直前にグロリア様と少し会話した程度なので、お望みのデータはないかと」

ラドがそう答え、アイが何故そのようなデータを必要なのかを問い返す。

「実は、あの夜、グロリア選手が食事を楽しんでいる最中、彼女のサポート機体が異変を起こしまして」現在、彼女は警察の保護下にあると付け加えた。

「アイ殿がご存知の通り、サポート機体は使用者の予防接種履歴、アレルギー耐性、病歴などを蓄積、個々の健康的な生活を支えるもの。なのに……」

ゲオルクは声を潜め言葉を続ける。女性のスポーツ選手を中心に、彼らのサポート機体のデータが勝手に改造される事案が相次いでいると。

「そこで、サポート機体第一開発者であるアイ殿に、グロリアのサポート機体を見ていただきたかったのですが、まさか、アイ殿自身が自在に動けない身体とは知らず……」

「それは仕方ありません。あたしが開発したサポート機体は、あたしが自在に動ける為の身体を開発した際の副産物ですから」

ゲオルクはアイ自身の肉体から、思わず目をそらした。同時に理解する。サポート機体開発者である彼女が、メディアに顔のみの出演に留めているのかを。

「ゲオルクさん、まず、あの夜、グロリアのサポート機体に何が起きたのか、そこからお話し願います」

ゲオルクは大きく息を吐き出すと、ゆっくりと展望レストランの防犯カメラが捉えた画像を再生しながら話し出した。

「あの夜、展望レストランで食事をしていたグロリアは、お手洗いの為に席を外した。その時、彼女のサポート機体も同行した」

再生された画像は、お手洗い場に向かうグロリアとその後を追うサポート機体が。

「お手洗いを済まし、そこから出ようとした矢先、彼女のサポート機体が彼女に襲いかかった」

画像にはその様は映ってはいなかったが、彼女が慌ただしくお手洗い場から出てくる様は残っていた。

「グロリアはサポート機体を緊急停止させ、そのままレストラン前に移動した。その緊急停止から私が駆けつけるまで約十分。その間、誰もお手洗い場に近づいていないことは確認されている」

画像では、ゲオルクのサポート機体がお手洗い場にに入り、グロリアのサポート機体を撤去される様が早送りで映し出されていた。

「グロリアのサポート機体から、抜き打ち薬物使用検索用データが改ざんされ、性的行為

プログラムが検出され、さらに機体内から人間由来の異物が検出された」

「まさか……」サポート機体との五感共有プログラムが悪用された!?

「私の上司ベティ殿の命令で、アイ殿の改装中の座室の調査を行いました」

結果、数年前の改装時に設置した座室に電子データを盗聴器のように外部に流出させる器具を発見したと続けた。

「それで座室改装を早くしなさいと、ベティ先輩に急かされたのね」

「申し訳ございません。アイ殿が現在進行形で調査している事案に、シロかクロか判断できなかったので」

「無理もないわ。あたしが政府の電子データに侵入し、人工知能RDのデータを書き換えた過去があるのですから。……ああ、これで、ようやく自由に動けるようになるわ」

アイの個室に運ばれてくる新品のサポート機体。だが、そのサポート機体は頭部や腹部が欠けている。そう、それは昨日、ラドと共に起動していたダミー機体に瓜二つで、ラドがベッドに横たわるアイの身体を持ち上げ、新品サポート機体へと治める。

「アンドロイドと言うべきかしら、欠損した肉体を機体で補ったあたしは」

アイの欠損した左腕、胸の一部、下半身が一体化していく。

「でも、完全にアンドロイド化しないことにするわ」

アイ。政府が構築した人工知能RDとそのRDに組み込まれたバグを修正した経歴を持つホワイトハッカーAI。

「だって、今のあたしは人的電子的両方から事件捜査に介入できるから」

都市伝説と化しつつあるAI・RDバディ降臨を、ゲオルクは慄くような心地で目の当たりにした。




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