二話 ゾムド氏
「それで、そいつはどうなったんだ?」
クロが問うと、シェイフは首を傾げた。
雨は、先程より強くなっている。
「さんざん痛めつけられて……。そのあとは知りません。さあ、次はクロさんですよ。なにか話してくださいよ。親のこととか、友達のこととか」
「……」
「もう……。じゃあどうします? もう話すこともないし、雨は止みそうにないし、ひたすら退屈を味わい続けますか?」
「お前は、無罪だったのか? お前の案だったんだろ?」
「禁術を使ったのは、セントロール氏の判断ですから。別に唆したわけでもないし。まあ、結局僕は除隊処分されたんですけど」
「それでいまに至るわけか」
「……少し違います」
「?」
シェイフは微かに唇を綻ばせると、しっかりとクロの醜顔を見つめた。
「続きがあります」
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除隊したシェイフはまた地元の弁護士に戻ろうかと考えたが、無理だった。
一度は軍で甘い汁を吸った身。次の転職先はそれに負けない一流の仕事がいい。
大手弁護士事務所に所属しようにも、あのセントロールの右腕だった過去を語るなど、前科を自慢するようなものである。
隠したところで、ちょっと有名な地元弁護士程度じゃあ、相手にもされない。
悩みに悩み抜いた末、彼は幸か不幸か、とある組織にヘッドハンティングされた。
偉そうに非魔法使いを虐げるやつらに鉄槌を下す、少々野蛮な自警団。
つまりは、反社会的勢力である。
ゾムドなる男が率いていて、彼の兄ザンゴが右腕として活躍していた。
シェイフは当初、兄弟を含む組織の上層部メンバーに対し酷く怯えていた。
ベローズ族の人間だったのだ。ベローズ族は残虐で好戦的な性質で、見せしめのためなら人食すら厭わない異常な民族なのである。
彼らは幼い頃より伝統の拷問方法を学ぶ。数の数え方を学ぶ前に、四肢の切り落とし方を知るのだ。
シェイフはゾムドの傍らで、痛ましい光景を何度も目にした。
魔法使い相手でも物怖じせず、鍛え抜かれた肉体と戦術で仕留める彼らの組織は、魔法使いたちに恐れられていた。
「シェイフ、ついてこい」
「どこへ?」
「魔族に会いに行く。手を組むんだ」
「えぇ!? 魔族って、復活した魔王の手下ですよ? 魔王だってまだ倒されてないし、やばいんじゃないですか?」
「黙れ。次の作戦には欠かせない戦力になる」
「作戦とは?」
「魔法軍総司令官、ネリスを殺す」
サーっと、シェイフは一気に血の気が引けた。
「じょ、冗談ですよね? ていうか、いまは魔法軍が魔王を倒すのを待つべきでは……」
「……口答えか? 殺すぞ」
「ひぃぃ!!」
ゾムドとザンゴは魔法使いに両親を殺された過去がある。
魔法使いに対する恨みは底知れない。
とはいえ、魔族は人間を襲う怪物である。
彼らの手を借りるのを快く思わない組織の人間も決して少なくなく、内輪揉めで数人の死者がでた。
どうしてそこまでして魔法使いを殺したいのか。
理由はただひとつ。病がゾムドの肉体を蝕んでいるからだ。
もうじき自分は死ぬ。ならばその前にせめて、果てのない復讐に一区切りをつけたい。
戦うのは、もう疲れた。すべての魔法使いを殺すなど不可能だし、その気もない。でも、終わりが見えない。
だから偉大な魔法使いを殺して決着としたいのだ。
そうすれば、残されたザンゴも足を洗って平穏に暮らせるだろう。
少し頼りないがずっと側にいてくれた大事な兄を復讐から開放すること。それが最後の仕事なのだ。
数日後、シェイフは渋々魔族と交渉し、組織の戦力を拡大した。
そして現在ネリスが拠点にしている、元セントロールの基地に乗り込もうとしたとき、事は起きた。
ザンゴが魔法使いと手を組み、裏切ったのである。
返り討ちに遭い、激怒した魔族が魔法使いだけでなく、組織の者たちを食い始め自体は混乱を極めた。
死屍累々を駆け、ザンゴを問い詰めたゾムドに、兄は真実を語った。
「もううんざりなんだよ復讐なんて。弟のくせに偉そうに指図しやがって!!」
「だって、兄貴は、自分で言ってたじゃないか。自分は人の上に立つ人間じゃないって。だから俺は兄貴の代わりに……」
「うるせえ!! 俺だってやればできるんだよ!!!!」
徐々に積み重なっていた劣等感と嫉妬心が、ザンゴを狂わせたのだ。
そのタイミングで、ゾムドの病状が悪化し、血を吐いた。
視界もボヤけだして、手足も痺れる。
まもなく死ぬ。結局なにも成せぬまま、残せぬまま。
親を失い、兄に裏切られ、仲間も死んでいった。
「うわあああああああ!!!!」
ゾムドは嗚咽を漏らしながら、湧き上がる怒りのままにザンゴに向けて剣を抜いた。




