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あさっての方向(三十と一夜の短篇第49回)

作者: 暁 乱々

 喫茶店はガラ空きだった。緊急事態宣言下で、のんびりコーヒー飲んでいるのは私たちしかいない。自粛だからか、避けられているのか。


 案外後者かもしれない。

 やっぱりこれ、ミスチョイスなんだろう。


「舞、いいかげんそのクチバシ仮面取りなよ」

「今日はハロウィンじゃないんだから」


 たしかに。今日は4月30日、ハロウィンから一番遠い日。


「いや、でも『できるだけマスク着用してください』って書いてあるし」


「マスクしたままコーヒー飲めると思う?」

「だいたいペストマスクしている奴、あんた以外にいないよ」


 しかたない、取ってやろう。コロナ対策だからって、ペストマスク着けてコーヒー飲む人は見たことないし。


 でもね、私だって仕方なくペストマスクしてるんだよ。だいたいこのザ・密集状態が生まれること自体、世間的にはマズいんだけど。ここは黙っておこう。あとがメンドイ。


「あんたよく彼氏できたね」

「なに、その言い方。ヒドくない?」


 まるで出来損ないと言われたみたいだ。


「ごめん」

「でも、なんか舞の彼氏はちょっと変わっている気がする」


「違う。認めてくれているだけだって」

「ペストマスクを?」

「デートでペストマスクなんてすると思う? ちゃんとした使い捨てだって。マスク買えないから温存しているの」


「「「へ~」」」

 なにこいつら。ぜんぜん信用してない。


「無いなら普通、布マスクでしょ」

「彼氏我慢させてない?」

「気をつけなよ。舞は妄想癖が尋常じゃないから」

「妄想恋愛じゃないって」


「さすがに彼氏は嘘じゃないって信じているけどさ、舞は妄想にハマりすぎて放置しそうなんだよね」

「どういうこと」


「なんか脳内で完結しそうというか」

「妄想と現実が混ざりすぎて、現実捨ててる感じ」

「彼氏が来てもペットのモルモットとしゃべっていそうだし」


「そんなわけないって。誠弥(せいや)が来たら誠弥優先。いくらベッタリが嫌いでもさすがに捨てられる」


「「「へ〜」」」

 こいつら、絶対信じてない。


「気をつけなよ。アキバオタクにも限度はあるから」

「わかってるって」


「ちゃんとメッセージ返しなよ」

「わかってるって!」




 あいつらと会わなかったらよかった。


 なんかうっとうしい。いくら先輩だからって調子こきやがって。だいたいあんたら束縛がキツいってフラれてたよね。偉そうにして、陰では彼氏募集中なんじゃない。恐るべし喪女の怨念。


 今日のあいつらはペストマスクで充分。失恋ペストに感染させられて私までフラれる。そして恋愛センスが致死的に冒され、死ぬまで孤独な失恋街道をさまよう。あ~なんてホラー。


 アパートの二階に上がると箱が見えた。

 ってあれウチの前じゃん。そういえばモルモットのペレット頼んでたんだっけ。


 しまった置き配解除忘れてた。私のフルネーム、個人情報丸出し。どうしよう。どこかで触ったかもしれない痴漢野郎が見ていたら。ストーカー予備軍が女がいるって知って、ほんとうに犯行に及んだら。しかもこれ、いつものa to zの箱じゃなくて、三回くらい使い回したような三ヶ日みかんの箱。住所も名前も差出人も書いていない。怪しい、すっごく怪しい。怪しさ絶賛急上昇。


 とりあえず家には入れない。カッターだけ取って外で開ける。カメラとか入っていたら嫌だからペストマスクをつけて。ガムテをビリッと。きっと見たら引くよね。どう見たって危ないじゃん。うわ~こいつ変な団体に入っていそうって。ほんとはただの緊急事態対応なのにね。


 箱が開いた。

 なにこれ。モルモット?


「はじめまして」


「へ? 喋った」

 箱の中でモルモットが喋ってる。


「ボク、ちくわ」

「ちくわって名前なの?」


「そうだよ。ボク、ちくわ」

 たしかにこの子の模様、ちくわそっくり。


「こんにちは舞さん」

 私の名前を呼んだ。こいつなんで私のこと知ってるの。


「びっくりした?」

「当たり前でしょ」


「そうだよね。モルモットが喋ったらびっくりするよね」


 このモルモットいったい何者なの? よく喋るし、私の名前を知っている。


 おかしい、絶対おかしい。

 こんなモルモットいるわけない。


「お、おおお置いときますね」


 背後からおっさんの声。

 そっと置かれたa to zの箱、中身はおそらくリアルなモルモットのペレット。


「ありがとうございます」


 宅配のおっさんの耳には届いていないと思う。だって全速力で逃亡したから。


 あれは配達が忙しいっていう動きじゃない。危険回避の本能がにじみ出ている。そりゃペストマスクの女がモルモットと喋っていたらアブないよね。自分でもおかしいと思う。だけど私はピンチなの。この哀れな現実を受け止めてください、宅配のおっさん。


 また誰もいなくなった。

 さて、この『ちくわ』なるモルモット型生物はいったいどこから来たのか。どう考えてもただの生き物じゃない。宇宙から来たとか?



 仮説その1。

『お、いい餌が見つかったぜ。変な顔してるけど食えるだろう。よし、寝ている間にこっそりと……ジュルッ』


 仮説その2。

『さっき部屋からモルモットの匂いがしたな。うっしっし、仲間がいる。おまけにメス。やつのおなかで子どもをつくり、ねずみ算式に仲間を増やして、こいつの家を足がかりにこの惑星をボクたちのものに』


 仮説その3。

『ボクと契約して変身ヒロインになってよ』



 絶望的危機しか見えない。かわいい顔して密かに私を貶めようと企んでいる。


 こんなキモい生き物は生かしておけない。処分する義務がある。首握りつぶして雑巾絞りにして二階から叩き落としてやる。


 グッバイ、ちくわ!


 硬っ! 握るとモフモフ感皆無。

 手足は動いているけど動きが悪いし、いかにもモーターって音がするし、この冷血な体温とハードな感触は間違いなく、ぬいぐるみの皮をかぶった機械。


「痛いよ。やめて、やめて」


 手足をバタバタさせるちくわ。

 かわいそうだから箱に戻してやろう。


 箱にはおがくずっぽいクッションが敷き詰められている。その中に白い封筒が見えた。差出人は想像がつく。


 ちくわを箱に戻して家に入れる。ペストマスクを外して押し入れの奥深くにしまい込む。ケージを歩き回る本物のモルモットの横で、白い封筒をそっと開けた。


 珍しく荒々しい走り書き。即興で書いた感いっぱいの手紙だった。




 モルモットが大好きな舞へ。


 誕生日プレゼントその1として、自作ミニAIモルモットを贈ります。名前はちくわです。

 電子工作で作った子なので簡単な言葉しか話せません。でも、いつものケージに話しかけている空しさはなくなるはずです。

 ほんとは直接渡したかったのですが、不在だったので置いておきました。この子は意外としゃべるので、ドッキリしたかもしれません。


 その2は直接渡したいので、メッセージの返信ください。ちくわに話しかけても俺には何も届かないので。

 この手紙を読んでくれていることを願っています。


   浜野 誠弥




 かなりひどいことをした。

 誠弥のタイムラインを開く。

 私のメッセージは4月27日で終わっていた。


 それから誠弥はずっと予定を聞いていた。しかも毎日二回リマインドを打っている。うるさくない、誠弥らしい回数。それをあの先輩気取りの束縛女たちが物量攻撃したせいで……いや、ぜんぶ私が悪い。


 慌てて三日前のメッセージに返信する。

 謝って、5月2日OKだよと返信して、ちくわの話をして、プレゼントその2のことは妄想のままグッと堪えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] え、舞ちゃんナチュラルにやばない……? と思いつつ、乱々さんのラブコメしかとこの目でおさめました!(´⊙ω⊙`) なんてぶっ飛んだカップルだ! ペストマスク装着女子とAIモルモットが会話し…
[一言] ペストマスク! いいないいな。実はすご〜〜く欲しいのです。なるべく安っぽくなくて、ベネチアのカーニバルにでてきそうな本格的やつ。 ちくわも、いいないいな。名前のチョイスがナイス! しかもしゃ…
[一言] リア充だ……どうぞ末永くお幸せに。モルモットを選ぶセンス+ネーミングセンス+「その2」かなりカオスな男性であると想像します、お名前と一人称から見目好い匂いがいたします。ヒロインの仮説、好みと…
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