角の話は痴漢の話になっていた。
「魔族の角は強さの象徴でして、基本的に他者には触らせません」
「そうなんですか……」
あからさまにトーンダウンした私を、ダミアンさんはニコニコと笑みを浮かべ観察するように眺めている。
本当にさっきから何で笑ってんだろうこの人。
意味のわからないダミアンさんに戸惑い、扉脇の壁に凭れて腕を組んでいるお兄さんを見ると、バチッと目があった。
仕方がなさそうにお兄さんは口を開く。
「……タクトを人間界に託す際に先代魔王が角に細工をした。人間界では不要なものだからアレには角が生えないようになっている」
「そう、ですか」
タクト残念……折角ファンタジー世界に生まれて隠しボスポジションなのに角がないとは。ちぇ~。
不満から自然と唇が前に出てくる。そんな顔を見られたせいか、お兄さんが口角を微妙に上げた。
ぐぁ、イケメン過ぎて視力良くなりそう。確実に薬効がある。
それにしても魔族ってのは相手を不服にさせると嬉しいものなのだろうか。確かタクトもそんなタイミングで笑っていたような。
「ユイはおかしな奴だな、角を気に入るとは思わなかった。人間は同族を好むというのに」
「そうなんですか? 魔法、魔族、魔獣が存在してるなら、角とかあった方が面白そうじゃないですか。カッコいいし」
だが、角を付けるか否かといったら付けない。私は盛り上がってる日本のハロウィンを感心しながらテレビで見るのが好きなタイプだ。
フフッと笑い声があがり、私は視線をダミアンさんに戻した。
「角の形状は持ち主の個性を現します」
「個性、ですか?」
「はい。オレアンダー様の角は美しいでしょう? 惚れ惚れするほどの鋭利な先端に反してその曲線は優雅、その光沢は吸い込まれるような感覚に陥る。彼はそういう人なんですよ」
ダミアンさんはうっとりと胸にてを当てて饒舌に語るけれど意味がわからない。それを人間性(人間ではないが)に当てはめる……?
「……そ、それは過激に見せてその内に優しさを秘めていて、人目を引く……カリスマ性がある。とかその辺でしょうか」
「及第点ですね」
「あっありがとうございま──っ!!」
お礼を言った瞬間、ズンっと空気が重くなった。
「お前等、心底気色悪い。特にダミアン」
お兄さんは本当に嫌な顔をして右手で顔を覆った。反してダミアンさんは良い笑顔。2人はとても気安い関係のようだ。
「その他にも上向きの角の持ち主は積極性や行動力があり、自らが率先して動くような気質がありますね」
「へぇ! そうなんで……す……か」
ふと、目についたのはダミアンさんの角。
羊のような角だけあって、可愛いことは可愛い。
だけど、下向きで、ぼこぼこと節が目立ち、ぐるんと一周まわり、マッドな光沢の黒色。
私の視線に気付いたお兄さんは目をそらした。それが答えなんだろう。
……ニコニコと笑うダミアンさん。クセしかなさそうなこの人には逆らわないでおこうと決めた。
「それでですねユイさん、ここからが大事です。先程も言った通り魔族の角というのは他人に触らせることはありません。が、例外があります」
「例外、ですか」
「強さの象徴を見せる対象は、敵対する者であったり、従わせる者であったり様々ですが、男女においては好意を寄せる相手という事もあります」
「好意……」
「つまり先程のユイさんの角を触りたい発言は『タクト様からの愛が欲しい』という事にもなります」
眼球が落ちるほど目が開き、全身の熱が一気に上がる。いや、下がった!? よくわからないが変な汗がでてきた。
タクトからの愛! そんな物騒なもの欲しがった覚えはない!! 確かに好みのタイプではあるけど恋愛の対象ではない!
「そっ! そんなつもりはなかったんです! 出来心だったんです! 触りたかっただけなんです!」
まるで痴漢の言い訳のような事を並べる私に2人は生温かい目を向ける。
まさかダミアンさんがずっとニコニコ……もとい、ニヤニヤしていたのはこれが原因か!?
「えぇ、そうだと思いました。ですから角のある魔族相手にそのような発言をすることは、ユイさん自身の危険にも繋がりかねません。お気をつけください」
あっぶねぇ! この2人に角触らせて~なんてペロッと言わなくて良かった!!
「はい! 教えてくださってありがとうございま」
「ユイ、起きたのか?」
開きっぱなしの扉の右側から、タクトが前触れも無く現れた。
「────っ! ダクト!!」
いつから! いつから居たんだ!
「変なところに濁点付けんなアホ。意味が大分変わる……ユイ、顔真っ赤だけどまだ具合悪いか?」
「わっるくない! 絶好調!」
元気アピールで、左手を右肩に添えて右腕を回すようにブンブン降ってみたけど、タクトは怪しいものを見るように半目になった。
「ダミアンさん、何があったんです?」
「ユイさんはタクト様の角」
「わあぁぁぁぁぁぁ!! ダミアンさんそりゃないわぁ!!」
タクトの方に振り返ったダミアンさんの口を後ろから必死で押さえようとした。
「ちょっユイさ──ぐぇっ」
「──っバカユイ!」
身長が足りなくて首を絞めてしまい、その瞬間、慌てて入ってきたタクトに腹を抱えられ引き離された。
「ダミアンさん大丈夫ですか? アホがすみません」
「すっすみませんダミアンさん」
「ゴホッ、ありがとうございますタクト様」
小脇に抱えるように腹に腕を回され、脚を宙に浮かせながら謝罪すると、ダミアンさんは喉を押さえたままニコニコと笑う。
「大丈夫ですよユイさん、デリカシーの無かった私が悪いんですから。内緒ですね」
シィと人差し指を口に当てて私に微笑んだ。
見た目30代前半男性……その微笑みはやはりそこらのガキとは色気が違う。うむ。眼福。
なんて思ってたらタクトの目が徐々に深い緑に変わって、腹に回ったタクトの腕がウエストをガンガン締め上げてくる。
なんだ! 何か怒ってんのか!
「ユイは角に興味があるんだそうだ」
「角に?」
お兄さんは、このくらいなら話してもいいだろう? という呆れた顔で私を見てくるので、それに苦笑いで返したら、更に腹回りがギュッと絞められる。
「だぐどっ内臓が出る!」
「お。悪い」
「ひゃあ!!」
突然手を離されて床に落とされた。どんな扱いなんだ私は荷物か? 荷物なのか?
「雑すぎるでしょう!?」
「雑なくらいが嬉しいだろうユイは」
「タクトの中でどういう奴になってのよ私」
下から睨み付けたけれど、タクトがこちらを見ること無くその視線は、お兄さんとダミアンさんへ向かう。
この薄情野郎。
起き上がり、スカートをパンパンと叩く。
あれ? 服が変わってる。そういえばタクトの血もないな。いつの間に……。
「ダミアンさん、本題はもう?」
「まだです。とりあえずこちらに住むにあたって魔族の常識を、覚えてもらっていた所でした」
「そうですか。じゃあ仕事については向かいながら俺から説明します。2人は戻っていただいて大丈夫です」
タクトの話をガン無視して、自分の着てる服を見る。
鎖骨が見える程度の襟元で、ウエストマーク一切なしの黒のゆったりとしたネグリジェ。裾のフリルが可愛いけど、さすがに人前に出るそれではない。
いや、気づくの遅ぇよ。この格好でイケメンと会話してたのかーい! と、セルフ突っ込みを入れているとタクトが手を引いてきた。
「えっ待って」
「何だ?」
「この格好でいくの? 仕事でしょ?」
タクトは私を上から下まで眺めた後に舌打ちした。
イラッとして舌打ち仕返したらすげぇ睨まれた。
解せぬ。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みにきて頂けると嬉しいです。
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