一昨日の夕飯も思い出せないのにゲームの内容を丸暗記する自信なんてない。
授業が終わるチャイムが鳴って、敬太が人懐こい笑みを浮かべて振り返った。
夢か。懐かしいなぁ。敬太、今頃どうしてるんだろうな。
「結衣、どこまでやった?」
「リカルドが出てくるところ。5章目?」
したしたこの会話……ってことはこれは前世の記憶か。
「すげぇ慎重派だな。タクトんとこには顔出してるか?」
あれ? このときタクトの話なんかしたっけ?
「あ~章が変わる度に必ず話しかけに行くやつ? あれなんなの? 攻略本にはそうした方がいいってだけで、どうなるか書いてなかったけど」
「書いてあったろ!」
「え~もう遅いよ4章目行くの忘れた。タクトが話すことも変わらないからさぁ……何? いい武器とか貰えるの?」
敬太の顔がひきつった。
「うーわ、マジか。もったいな。各章で必ず1回は町まで戻ってタクトに話しかけると、魔王倒してエンドロール見た後、対戦画面に切り替わってタクトと戦うんだよ」
「で?」
「レベルは魔王より下なんだけど、リアルで誰か入ってんじゃねぇかって位、こっちの裏をかいて攻撃してくるからスゲェ強ぇの。もしそこで勝てたら──」
勝てたら……何だっけ。
あ、そうだ。2周目、無双だ。
このとき既にその対戦の対象じゃなくなってたから気にしてなかった。
となると、タクトはチョイポジどころか。
「隠しボスじゃん……」
自分の声に反応して目を開けた。
見慣れない折り上げ天井と小振りなシャンデリア。どちらかと言えばこちらが夢の中みたいだ。
「タク……ト」
隣で寝ていた筈のタクトはいない。
繋いでいた左手が、すこ~しだけ寂しい。
上体を起こしてソファーやベッドの脇を確認したけど、どこにも姿はなかった。
一人だと思うと途端に背筋が寒くなる。私がフィオナだということは、ここは敵陣ど真ん中。
いつなんどき、そこの扉がバーンと開いて魔族がゾロゾロ来てもおかしくな──
「きゃあああ!!」
最低のタイミングでノックもなくバーンと勢い良く扉が開いた。
入ってきた人物から漂う瘴気がタクトとは比にならないほどで、本能的にベッドから跳ね起き、ソファーの位置まで走った。
「何だ。貴様はアレとは違って動けるのか」
「──あ、なたは」
血色のない白い肌、鎖骨ほどまである緩くウェーブがかった黒い髪、2メートル近くあるだろう身長、ガッチリと逞しい体つき。
センターにフリルがついたゴシック調のシャツに、レースが美しい黒リボンが結ばれた中央には黒い宝石。
普通の人なら抵抗があるだろうソレを見事に着こなす美形……。
タクトよりも彫りは深いけど良く似た吊り気味の猫目。通った鼻筋に薄い唇。
タクトも好きな顔だけど……これもまたイイ。
「魔王、オレアンダー」
「ほぅ。俺がわかるのか」
頭の左右に、天に向かい生える黒い双対の角は三日月のような美しい曲線を描いている。
初めて見た魔獣は完全に狼だった(丸焦げ&死体)。魔法だの何だのちょこちょこ出したり掛けたりしたけど、今ほどファンタジーを感じたことはない。
コスプレとかじゃないよね? 角、本物だよね。固いんだろうな。サラサラしてるのかな、それともしっとり? 触らせて貰うのは無理だろうな。何たって魔王……いや、魔王じゃなくても知らん奴から触られるのは嫌だよね。
いかにも触って欲しそうに筋肉自慢してくる男子とはわけが違う。
と、とりあえず自己紹介だ。
「はい。初めまして、滝田結衣と申します。16歳、学せ──」
ちょっと待て、タクトがユイユイ言うから忘れてたけど、私今は結衣じゃない。
でもここまで言って間違えたとかおかしいしな。
「……またの名をフィオナ・コックスと申します」
付けたしたら、開いた扉の向こう……廊下からブブッと誰かが噴き出し笑う声がした。
タクトかと思ったけど、声が少し低い。
廊下の人は魔王の付き人かな。自己紹介で笑うとか失礼な人だ。
それにしても魔王って何か響きが怖いな。タクトのお兄さんだし、お兄さんでいいや。
異父兄で母親が元魔王だってんなら、ここはタクトの家でもあるんだろうけど、今家主は現魔王のお兄さんだし、勝手に泊まった謝罪と感謝は言っとかないと。
「目が覚めたらここに居たもので、挨拶も許可もなく泊まってしまってすみませんでした。ありがとうございました、お兄さん」
ガバッと頭を下げると、また廊下から笑い声。
何がそんなに面白いんだと、顔を上げると驚いた顔のお兄さんがいた。
「お兄さん、か」
「あ、魔王様の方がいいですか? それともオレアンダー様?」
お兄さんは難しい顔をして考えたあと、少しだけ表情を崩した。
「兄でいい。良く眠れたか?」
「お陰さまで。最高でした」
廊下からまたまた笑い声。どんだけ笑うんだ。
視線を廊下に向けるけど姿は見えない。
「タクトから話は聞いている。前世の記憶が戻ったと」
「はい……あ、タクトはどこへ? 姿が見えないんですが」
「その前にこちらの質問に答えてもらう」
「え」
お兄さんの右手人差し指、中指、薬指3本が私の唇に当てられた。
あ、知ってるこの魔法。ゲームのストーリー中に誰かが使ってた。
「真実を語れ “虚言の鎖”」
「思ったことが口に出る魔法だ。うわ、マジか。本当に口に出る」
「貴様の名は」
「滝田結衣。滝田が名字で、結衣が名前」
「生まれた国は」
「日本」
「……タクトをどう思う」
「カッコいい。何考えてるかわかんないけど、助けてくれたしたぶん良い奴。とりあえず顔だけなら満点。あ、声も体格も好みです。要所要所でキュンキュンします──」
「「……。」」
「つらい。お兄さんの予想外キタって顔が辛い。いや、勝手に魔法かけといてそれないわ。非道。お兄さんが外道」
お兄さんは私から目をそらして、瞼をおろした。
「──貴……お前のタクトへの想いはわかっ」
「わかってない! お兄さん絶対わかってないです! 無理矢理消化しようとするのやめてください! お腹壊しますよ!そんなんじゃないんです! 呼び方も貴様で良いです! 本当に全然!」
何て事だと、顔を押さえて崩れ落ちると、魔王もオロオロする空気を出した。
「わかった。わかったから。呼び名はユイでいいか?」
「お兄さん、めっちゃ良いやつ」
指の間からお兄さんを見上げると、彼はゴホン! と咳払いした後、私を睨んだ。
「照れ屋か。照れ屋なのか──あ、すみませんでした。本気で睨まないで下さい」
「……タクトからは入れ物と人格が違うことは聞いている。前、フィオナだった頃はタクトに対し悪意しかなかったからな。魂は同じだから念のため確認をしただけだ」
「フィオナがタクトに悪意……? 幼馴染ですよね。フィオナとタクトは」
「そうだな。フィオナを殺す提案をしたら止められたのはそのせいもあるだろう」
「こ、ころ……」
真顔で恐ろしいことを言った目の前の男を、眉間にシワを寄せて見上げると困ったように笑った。
「うわ、カッコいい。なんなのこの兄弟顔面偏差値高すぎる……お兄さん、そろそろ魔法解いてください。羞恥で死ねる」
お兄さんはパチンと指をならした。そんな姿さえ絵になる。
あ、良かった。もう口にでない。
「何があったか、詳しくは機会があればタクトから聞くと良い。アイツは今、人間界へ戻っている」
「……はい」
魔王は私に背を向け歩き、扉まで着くとこちらに振り返った。
「ユイ、魔界はお前を歓迎しよう。この城で2、3仕事を与えるがそれ以外は好きに過ごすと良い」
「あ、ありがとうございます」
失礼なことしか言っていないが大丈夫だったのかと深々と頭を下げてお礼をいうと、扉の影から紫のローブを来た人が出てきた。
見覚えがある。
「えっと、ダミアンさん?」
狐のような細くて上がった目が、驚きの色をもって少し開かれる。
赤毛の短髪。黒くて細いフレームの眼鏡をかけた、人間でいえば30代前半程に見える男性。
お兄さんが大きくてガッチリしてるから、小さく見えるけど、ダミアンさんは細身ながら180cmは確実に超えてる。
塩顔でキレイな顔……美形しかいないのか魔族って。
そしてこちらも頭には角。お兄さんとは違って羊のような巻いた角が下向きに生えている。可愛い。
さっきの笑い声といい、今もニコニコとした視線を私に向けてくれるけれど、流石に角触らせてとは言えない……よねぇ。
この人はゲームで魔王戦の前に戦った人。毒やHPを吸い取る、ネチネチ系の魔法を得意としてた印象。
笑い上戸らしいけど惑わされてはいけない気がする。
「なるほど、ユイさんは私のことも知っておられるのですね」
コクンと頷けば、ダミアンさんは愉しそうに微笑んだ。
「正解です。ダミアンと申します。人間界でいうところの宰相をしております。ユイさんにお任せする仕事について説明させていただきますが、まずは質問などはございますか?」
私はハッとして視線だけを横にずらした。
タクト! タクトなら大丈夫なんじゃないか! 手を握らせてやった貸しがある!
「あの! その角、タクトも出るんでしょうか! 触りたいんです!」
「「────」」
魔王、オレアンダー
宰相、ダミアン
魔界トップ2に残念な顔をされ、頭の中では「アホか」と、タクトの声が響いた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来て頂けたら嬉しいです。
評価、ブックマークありがとうございます!!