責任っていう字面がすでに重い。
落ちて地面に叩きつけられる2つの轟音、大地と空気の揺れ、翼は開いたままだったのだろうバフっと強い風が吹き、血の匂いがあたりに漂い始める。
と、そんなイメージが頭の中で瞬時に展開されたけれど、それとは違い聖竜が真っ二つになることは無く、地面に激しく落下し土煙が立っていた。
簡潔に言うと、やってしまった。
お兄さんの大剣の刃は今、私が張った茨の障壁だったものがブクブクと泡を立てて消えようとしている。
聖竜を全て守るレベルの障壁を一瞬で張るのは無理だったので、竜の首が切れないように、剣を包むイメージで障壁を張ってみた次第だ。
だってしょうがないじゃないか! 可哀想だって思ってしまったんだ! ネックレスのせいで何も悪くない聖竜が死ぬって! そんなの罪悪感で私が死ぬ!
魔王が鬼の形相でこちらを向く。
「どういうつもりだ」
ど、怒髪天〜〜〜!!
怒号が闇に響き、濃い瘴気がブワリと辺りを飲み込む。お兄さんの眉間には数えたくないほどシワが寄り、首には怒りの血管が無数に浮き出ている。
私は勢いよく茂みから飛び出して姿勢を正し、右手は謎の敬礼を形どる。
「す、すすすすすみません! でもやっぱり見殺しなんて無──っ!!」
目をギュッと瞑り早口でそう報告した、私の敬礼している右手辺りで、ズンという鈍い音が鳴った。
え? と思い、薄く瞼を上げると、お兄さんは直ぐ側にいて、聖竜の首を取るはずだった大剣は私の目の横にあった。
避ける暇など──いや、攻撃の気配すらなかった。
お兄さんの舌打ちと共に身体がサッと冷たくなり、呼吸が止まる。
お兄さんは私を殺すつもりだった。
「どいつもこいつも……」
お兄さんは脅しで大剣を止めたわけではない。私を助けたのは闇の障壁。大剣に刺さった1cm角程の小さなソレがピンポイントで刃を止めてくれたのだ。
タタタタタタタタ! タクトォォォ!
小さな障壁はかなり固く練り上げられているらしく、お兄さんの馬鹿力でも頑として動かない。
タクトの闇スキル底知れねぇ。
今すぐ感謝の平面土下座をしたいがお兄さんの殺気は未だ収まらず動いたら再び殺られる感満載だ。
「ユイ、お前はどちらの味方だ」
「そ、れは……」
「八方美人も大概にしろ」
お兄さんの瘴気も全く薄まらない。
罪悪感で死ぬか、お兄さんに殺されるか。選択肢が死しか無いなんてあんまりだ。
「兄、さんが、やりすぎ……なんですよ」
「「!」」
タクトが茂みから出てきた瞬間、お兄さんの瘴気と殺気が揺らぐ。さすがブラコン!
助かった! と思って振り向いたが、タクトはドサッとその場に膝を付き、苦しそうに首元を押さえていた。
「タク」
「っ! お兄さん瘴気!」
慌ててタクトを支えてそれを浄化すれば、タクトは大きく息を吸い直し、お兄さんは我に返ったのか大きく溜息をついて瘴気を抑えた。
「ありがとうタクト」
そうお礼を言えば、タクトは私を安心させるようにポンポンと背中を叩いてくれた。それが切っ掛けになったのか今更自分の体がガクガクと震え始めた。
そんな私を横目に、タクトは責める鋭い視線でお兄さんを見上げる。
「いくら門が森の中にあるとはいえ、どうせ仕留めるなら被害を最小限にすべきでしたよね、兄さん」
「派手な方が面白いだろう」
「その考え方を改めろと母さんがいつも言っているでしょう。大体、ユイを連れてきた時点であぁなる事は予想が付きましたし、アレは俺に用があった筈ですが、なぜ兄さんが先陣を切って戦ってるんです?」
「──……。」
2人の睨み合いが続き、先に目を逸らしたのはお兄さんだった。その手からは大剣がスッと消える。
「ネチネチと──お前ダミアンに似てきたな」
「なっ」
「興醒めだ。ガヤ」
「ハッ」
ガヤさんがお兄さんの指示で聖竜の様子を見に駆け寄ったことで、完全に私への敵意は回避できたのだと実感できた。冷や汗がヤバい。
お兄さんは減らず口や不遜な態度等では怒らないが、行動を邪魔されるのがブチギレポイントのようだ。恐ろしい。魔界で生きていくには忘れないようにしよう。
情けなくも震える膝と顔をパンパンと叩き立ち上がり、お兄さんと距離を取りながら、ソロソロと聖竜に近付き眺める。
「サイズ的にあの竜だな。少し小さい」
「えっ小さいの? これで?」
「大人一歩手前くらいだと思う」
人間でいうと中高生くらいってこと?
昏倒し、ピクリとも動かない巨体はやはり傷だらけて痛々しい。首折れてたりしないよね……。
早く良くなりますようにと願いを込めて固くて冷たい鱗を撫でる。
「魔王様いかがいたしましょう。仕留めますか」
はっ!?
聞こえてきた不穏な声に仰天する。
せっかく助けたのにまだ殺すっていう選択肢が生きてたの!?
「ちょっちょっ、タクト! 人間界には返してあげられないの!? タクトだって殺すのは罪悪感あるでしょ!?」
タクトの胸ぐらを掴みながら、まくし立てるようにそう言えば、視線をそらしながら手を外された。
「魔界に敵意を持って入ったものを逃がすことはできはない。当然だろ」
「そ、んな……」
本当なら勇者の聖剣に加護を与える神様ポジションで要られたのに。
「──加護」
「?」
ポツリと呟いた私にタクトは視線を向ける。
「加護、貰えないかな聖竜に」
「何言って」
「勇者は魔界に来る前に、聖竜から聖剣に加護をもらって、魔法の……MP基礎値を底上げするの」
花火を打ち上げる為に今私が一番欲しいのはMPだ。花火に仕込む光魔法の威力も上がるだろうし、MPの化け物の聖竜に加護が貰えれば都合が良い。
生かしておく価値があるなら、魔族のみんなも納得するかも。
「簡単に貰えるものなのか?」
聖竜は光魔法保持者を『愛し子』として過保護に接する。勇者一行と戦ったのだって敵としてじゃなくて魔界で通用するレベルなのかどうかの試験だった。
私だって光魔法保持者。聖竜からの寵愛を受けたっておかしくない。
「えーと、竜と戦って倒したら貰えるはずだけど」
貰えるはずなんだけど、聖竜は今私の目の前に倒れてしまっている。
「それは闇の魔族と敵対している光の勇者だったからで、魔族と共存しているユイはどうなんだ」
どう、なんだろう。
「──あ、助けたし恩を売れば」
「清々しいほど最低だな」
「ダメか」
「嫌いじゃないが道徳的にどうなんだ?」
魔族に道徳を語られたところで、いつの間にか背後にいたお兄さんが足を2回トントンと鳴らした。
ビクリと肩を揺らし、嫌な予感にそっと振り向くと、魔王はニヤニヤと顎を撫でる。
「ガヤ、王城の地下牢へ直接転移だ。コレの管理下に置き、コレに世話をさせる」
クイッと親指を向けた先に居るコレはもちろん私だ。
「あの、私がこんなデカい竜の世話ができると?」
「お前のせいだろう。近付いただけでも瘴気を浄化する聖竜の世話を魔界の誰がやりたがる。出来る出来ないじゃない。生かしたいならやれ」
殺すなと言動で示したのは私だが、魔界では全て自己責任……エ、エサ代はいくらかかるんだ。10メートル程の巨体を前に、財布の中身を計算して青くなる。
「あっ! でも飼い方なんてわか──」
「聖竜でない普通の竜なら愛玩動物として飼ってる高位魔族がいる。紹介してやろう」
「くっ!」
他に誰かいないのか! 金持ちで瘴気の浄化の心配もない高位魔族!
「あ、お兄さん飼いませんか」
「殺すぞ」
「ですよね」
殺されるのは竜か私か両方か。そこんとこは聞かないでおこう。
まるで反抗期真っ只中の中学生男子のような返答のお兄さんを受け流し、聖竜に視線を戻す。
「花火の打ち上げに時間が掛かり過ぎだと思っていた所だ。加護とやらを貰え。じゃなきゃ俺とマンツーマンのMP上げだ」
「っ」
私の絶句を肯定と受け取ったお兄さんはニヤリと笑い自分用の転移陣をチャッチャと展開して城へ帰っていき、タクトの溜息が心に刺さった。
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