自由と不自由の狭間〜無職〜【タクトside2】
すごい久しぶりの更新になってしまいました。まだお付き合いしてくださる方はよろしくお願いします。
途中から視点がタクト→ユイになります。
「魔界で道具屋をやろうよ」
ユイは良いことを思い付いたという様に、粥を食べていたスプーンの先をクルクルと円を描くように動かした。
すげぇ良い笑顔だが、こいつは俺の話を聞いていたんだろうか。
「……あのな、商会に務めるとしたら『見習い』から始めなきゃいけない俺が、何で魔界で店を開けるんだよ」
道具屋としての自分のレベルは理解している。
子どもの頃から家の手伝いはしていたから、そこそこ知識は持っているが、トルネアス商会に顔を出すようになってから現状ではダメなことを身をもって実感した。
悔しさもあり、眉間にシワを寄せながらそう問えば、ユイは思い出したように口をポカンと開けた。
「商会で一人前になるくらいじゃないと、店って開けないものなの?」
コイツ……中々抉ってくる。
言わせんなよマジで。
そんな思いも込めて、更にユイを睨むが伝わらない。「何で怒ってんの?」くらいの感じで見返してくる。
首を傾げた様子が、あざと可愛くてむかつく。
「……圧倒的に…………知識が足りない。道具について云々もそうだが、経営やマーケティングについての知識経験も無い」
「一人前になるには何年かかるの? 5年? 6年?」
「10年、で、見えるくらいだろうな」
「10年……今からだと店持てるのは早くて25、6歳、か」
ユイは粥を口にしながら世間話でもしているかのようにフムフムと頷く。
いつまで続くんだこの埒の明かない会話の応酬は。
フワフワとしたオツキアイのまま10年も放っておいたら、絶対誰かにコイツを奪られる。確実に俺のものになる絶対的な何かが無ければ離れるなんて無理だ。
「ユイ」
ユイの右耳脇の髪を梳く様に手を差しこみ、念を押すように顔を近付けると、俺の雰囲気が変わったのを察したのかユイの肩が驚くように揺れた。
恥ずかしいのか視線は粥を見たままだ。
「行かないからな。もう断ったことだし、俺はユイから離れないとも言ったよな」
「それは」
「ユイと一緒に街に降りたい」
「う、うん」
「そのタイミングで俺はユイと結婚を考えてる」
「けっ────な、えっ!?」
紺の瞳が真っ直ぐ俺を見る。ユイの耳に触れている右手に確かな熱を感じて、気持ちが上がる。
「俺は今後ユイと別れる予定もないし、それが自然だろ」
ユイの耳の縁を撫でながらそう言えば、みるみるユイの顔が赤く───
「……何だよその顔」
「へ!?」
赤い。確かに赤いが、眉が困ったように下がり、合っていた視線は戸惑うようにさ迷った。思ってたのと大分違う。ウットリしろよウットリ。
俺もユイもまだ未成年だが、プロポーズだぞ。
なんでそんな不服そうな顔をされなきゃならんのだ。
まさか付き合うのと結婚は別とかそういう考えじゃないだろうな。それともユイのいた世界では、プロポーズには特別なルールがある……?
いやいや、あったとしてもどうしろってんだよ。
“プロポーズするからルールあったら教えろ”とか言うのか?
無いだろ。
聞いた時点でかなり情けないプロポーズが成立してしまう。
「──嫌だったか?」
「嫌じゃない! そんなことない!」
嫌じゃないなら何でそんな顔なんだよ。
コイツの言動に一喜一憂するのも最早バカらしいが、安堵と共に呆れの溜め息を吐いた。
「どうせ挙動不審になるなら、嬉しそうに挙動不審になれよ」
「挙動不──ぅぷっ」
ユイの鼻をギュッと摘まむと、拒否すること無く、恨めしそうに見上げてくる。
ヤバいな。こんな顔すら可愛く見える。
「不細工」
「誰のせいだバカ野郎」
ユイは俺の手を払い、粥の器をサイドテーブルに置いて、思い詰めた顔で意を決したように口を開いた。
「結婚を考えてくれるのはもちろん嬉しいけど、街に降りるならタクトは城での勤務を辞めるんでしょ?」
「あぁ。瘴気から逃れるためってのもあるから、城で働き続けてたら意味無いからな」
「私……私ね」
「?」
「無職のタクトを養っていける自信がない」
────この女……。
☆★☆
言ってしまった。
でも言っておかなければ。タクトを養えるだけの収入も貯えも今の私には一切無い!マイナススタート──
「い──いだだだだだだだだだだだだ!! 鼻フッグゥ!!」
さっきまで私の鼻を摘まんでいたタクトの手は蝶の様に翻り、蜂のように私の鼻の穴に刺さった。
「何を考えてるかと思ったら」
「いだだだだっやめい!! 真顔で私の鼻を弄ぶな!」
鼻を抉るタクトの手を叩き落とし、ギュギュッと形を整える様、下を向いて強めに摘まんだ。
「避けるの上手いな。身に覚えがあるのか?」
「昔、上の兄にちょっと──じゃなくて! 私、真剣なんだけど!」
だって大事でしょ!? 一緒に暮らすのならパートナーの職の有無は本当に大事でしょう!?
「──俺が嫁だけに働かせる男に見えるのか? もちろん街に降りても働くにきまってんだろ」
「タクトが? 道具屋以外で?」
「あぁ。なんだよその驚きすぎたリスみたいな顔は」
「なんなのその例え」
正直想像がつかない。
城で働いている姿はたまに見ていたけれど、やっぱり私の中のタクトは道具屋のカウンターで「よぅ」と片手を上げて素っ気なく迎えてくれる姿一択。
それに……タクトが魔界で道具屋を開いてくれるのなら……。
もうここまで言ったなら全て言ってしまおうと、確実に赤くなるだろう顔を伏せ、絞り出すように声を出した。
「フィオナ、あくまでもフィオナがね?」
「フィオナはお前だろう」
「ちょっと黙って。その、フィオナは! その、道具屋の、お、お嫁さんになりたかった」
「──は?」
予想外過ぎたのか、タクトは目を点にして口をポカーンと開けた。
私だってこんなこと“フィオナ”に責任を全持ちしてもらわなければ恥ずかしくて言えるはずがない。
「だ、だってね!? 私は宿屋の一人娘だから結婚するなら婿養子だったし、それ以前に魔王討伐パーティに加わる前提だったから想像するだけで終わってたんだよ! 魔王倒し終わったら聖職者まっしぐらだったかもだし!」
フィオナ時代、道具屋に行く度、タクトのおじさんおばさんにタクトと私を重ねて見ていた。そんか夢物語が、今なら、魔界にいる今なら叶うかもしれない。
「私も私で他に仕事があるから、きっとタクトのお母さんみたいに道具屋の専業ではできないと思うけど! 手伝いくらいなら出来ると思うし! 見習い修行終わって25、6歳で結婚ならこっちでは行き遅れだけど、前世なら適齢期だし! むしろ晩婚化が進んでて30過ぎても」
「ユイ、もう黙れ」
「え────」
グッと唇を押し付けられた。
突然のキスにそりゃあ黙るしかない。
すぐに離されたタクトの頭はズルズルと横にずれて私の左肩に着地し、私はといえば遅れて心臓がバクバク動き始めた。
「お前卑怯だぞ」
「へ?」
「そんな都合の良いこと言われたら、乗りたくなるだろ」
「え、あっ」
肩に止まるタクトからかつて無いくらいの重みを感じ、気が付けば私の後頭部は、押されるように柔らかな枕に埋まりタクトを見上げていた。
こ、れは、押し倒されている……よね? いや、まって。結婚も考えてるし、きっといつかはとは思うけど今じゃない! まだ早い!
「──っ! おっおカユ、コボれた! フトン!」
あまりのカタコト振りに、見つめ合っていた深い緑の瞳が大きく広がり、悪戯っ子の様にまた細まる。
「気にすんな」
「気になるわ馬鹿野郎!」
何だこれ、何だこれ、何だこれ!! どうしてこうなった!
「確認する。“道具屋をしている俺の嫁になりたい”んだよな?」
「えっうん!」
元気良く答えてしまった! 現状を打破するなら誤魔化すべきだったか!? いや、誤魔化しようがないだろう!
ニッコリと優しく微笑んだタクトの顔が再び近づき、キスを落とす。
「約束、な?」
「へ?」
チュ、チュっと音を立てながら首元へとキスが落とされ、もうどうにでもなれと目をギュッと瞑った時、感じたことのある冷たいモノが体を這った。
──契約!
「ちょっタクト! なんで」
再び真上に戻ってきたタクトのその口元は満足げに弧を描いている。
「10年は長いからな。お前を繋ぎ止めとく方法だ」
「繋ぎって……契約は人間を縛るものじゃないでしょ?」
「お前が他の奴と結婚するなら俺の躰は焼き切れる」
「雁字搦めだ馬鹿野郎! 重い!」
「「……ぷっははっ」」
いつものふざけ合うような空気に自然と笑いが込み上げてきた。
タクトにはさっきまでの自身を抑えるような影はなくて、吹っ切れたように笑う。
「これで独立できなかったら面白いよね」
「何も面白くねぇよバカ」
暴言を吐かれながらの軽いキス。耳元で自分の心臓の音を聞きながら、タクトのタイミングに合わせて角度を変えて2度目の──
「「!」」
遠くで花火が打ち上がったような、空気が揺れる爆発音。
「何?」
「光の気配だ」
タクトは神妙な顔で街の方を眺め、窓を開けた。その視線の先には紫の空へ向う一筋の青い光。
「門番待機所の方だな。起きれるか? 兄さんの所へ行くぞ」
「う、うん!」
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見つけ次第修正します。