身の置き所【タクトside】
タクト視点、ユイが寝ている間です。
ユイが魔界に馴染む程、俺の存在意義が無くなっていく。
そう気付いたのは、兄さんとエレノアの婚姻話があったあの夜だった。
ユイの側に居続け、サポートをする契約。
俺のポジションは“魔族の甘言”のそれに似ているんだなと、そう思った。
もっとグズグズに寄り掛かって凭れ掛かって、俺無しでは生きていけない様になるのが理想だったから、似てるとかではなくて、まんまそれだ。
先日、屋上で春雷の矢が暴れたときは、心の中にほの暗い喜びが湧いた。ユイが他の誰でもない俺を顧みたから。
俺を頼ると誓ったから。
今回贈るネックレスはユイに頼られた証だ。
連絡の取れなかったこの2日間、堪らなくもどかしかった。
サプライズがしたくてユイには詳細を言わなかったが、それも早々に後悔した。
ユイの為に行くとそう言えば、この2日間のユイの思考は俺一色になっただろうに。
病んでいた。人間界にいた間ずっと思考が病んでいたのは自覚している。自覚した上で浮かんでくる考えがこんなことばかりで本当にタチが悪い。
自室の扉を、音が出ないようにゆっくりと閉めた。
「……ほうれん草ってなんだよ」
今ほど、眠りに落ちる前にユイが口にした言葉が「ほうれん草」。風邪引いてほうれん草を食いたくなる奴は初めて見た。
会えない2日間で病んだ心が、アホを前にして、スン……と引く。なんだろうこの現実に引き戻された感じ。
「まぁ、ほうれん草は体にはいいしな」
夕食はガヤと甘そうなパンを食ってたみたいだし、明日の朝食にでもほうれん草料理を出してもらおう。
少し楽になった気持ちで、東塔3階の食堂の厨房へ向かえば……。
「えっユイちゃんが風邪ですか!」
対応してくれたユイの同僚にユイの容態を話すと、あっという間に情報が厨房中に行き渡り、心配です! という顔を貼り付けたコックコートの奴等に囲まれた。
苦笑いしか浮かばない。
「働けお前ら!」
「!」
厨房の入り口で屯していた弟子達は、ユイが言うところの熱血シェフに一喝されて、蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻っていった。
「申し訳ありませんタクト様」
「いえ」
「それでユイちゃ──さんの容態は」
この人もか。と、思わず半目になった。
ただの風邪で、ほうれん草料理が食べたいと言っていることを伝えると、任された! とばかりに大きく頷き、炎の前へ力強く戻っていった。
きっと今の彼の脳内はユイの味覚などを考慮した病人向けのほうれん草料理が浮かんでいるんだろう。
兄さん、ダミアンさん、ガヤ、エレノア、アビス、厨房の面々、ファング、パン屋、その他大勢……ユイは魔界に来たときには考えられない程の味方を手に入れた。
しかもアイツは人に頼るのが上手い。何だかわからないうちに巻き込まれて、力になってやろうと思ってしまう。
愛されるアホは本当に恐ろしい。
更に言えばフィオナを思い出したことで自力で物事を考える力も付いているように思う。
そんなユイの隣で、俺の契約は意味を成すのだろうか。
ここにきて、また自分の居場所を考えるとは思わなかった。
「あとは、兄さんとエレノアんとこか」
ガヤから兄さんに俺の帰還についての連絡は行っているだろうが一応顔を出しておく。エレノアにはユイが今日戻らないことを伝えないと。
“every day NO残業”を掲げる兄さんは、きっと晩酌中だろう。
兄さん用の食堂へ足を向け、扉をノックすれば、入室を促す声と共に、給仕の青年が扉を開けてくれた。
「っ!」
部屋に足を踏み入れ、長テーブルの奥に座る兄さんを見れば、テーブルに置かれた赤ワインのグラスの柄を掴み、遊ぶようにワインを軽く回している。
問題は兄さんの右手側に座る、ローブのフードを外して紅茶を飲む男──ダミアンさんだ。
「戻ったのかタクト」
「はい。先程」
兄さんとダミアンさんは幼少期からほ悪友と言うべき間柄でもある。ここにいるのは何らおかしいことではないし、俺とユイがここで食事を摂り始めてから、たまに来ているときいた。が、出来るならば今は会いたくなかった。
ダミアンさんは俺に軽く会釈し、食後の一杯だろうそれを楽しんでいた。
「竜狩りは楽しめたか?」
「それなりに」
でもまぁ、ダミアンさんはユイの直の上司でもあるから丁度良いといえばいいのか。
ダミアンさん、と呼び掛ければ、ティーカップを置いてこちらに顔を向けた。
「ユイなんですが、風邪を引いたようで熱があるので明日の仕事は──」
「っ熱、ですか?」
目を見開き、慌てて体をこちらに向けたダミアンさんの顔にはハッキリと焦りの色が見えた。
「はい。エレノアに風邪を移すと面倒なので俺の部屋で寝ています。本人も気付かなかったようで、容態は大したことはないと思います。明日1日休めば平気かと」
「そうですか、わかりました」
「完敗だなダミアン」
「黙っていて頂けますかオレアンダー様──タクト様、目が覚めたら、ユイさんにお大事にと伝えて頂けますか?」
愉快そうにクククと笑う兄さんとは対照的に、兄さんの発言にピクリと顔をしかめたダミアンさんは、俺が了承して頷くとまた紅茶に向き直った。
ダミアンさんのユイへの執着具合から、“明日頃合いをみて見舞いに行く”位は言われるかと思ったが、拍子抜けだった。
「ユイのことは置いておいて、タクト、花火はもう仕上がるのか?」
いつの間にかグラスを空にした兄さんが、手酌でワインを足しながら、ニヤニヤと楽しそうに聞いてくる。
「パーツは揃ったので後は組立だけです。ユイの寒さ対策にアイテムを調達してきたので、本番が見えたタイミングでもう一度練習球を作りたいと思っています」
「ダミアンがな、お前とガヤとユイに金を払うそうだ」
「は?」
兄さんとユイは似ていて、話の流れが全く読めない。突然出てきた話に全くついていけなくて、間が抜けた声が出た。
なぜ俺とユイとガヤに金?
「フリーズドライとか言ったか? 全く、面白いことをするときは呼べと何度いえばわかるんだお前たちは」
憤慨した様子の兄さんとは違い、ダミアンさんは紅茶をコクリと嚥下し、落ち着いた口調で話始めた。
「フリーズドライ製法に関する権限を、ユイさんから私の一族に貰い受けたのですよ。タクト様とガヤにも助力頂いたので、今回お渡しする金銭はそれの対価です」
ダミアンさんの家が出てくる程の話になっていることに、思わず頬がひきつった。俺とガヤはそれなりだろうが、発案者のユイには相当の額が飛び込んでくるんじゃないだろうか。
「……ユイは多分受け取らないのではないかと思います。あれは遊びのようなモノでしたし」
「王命で受け取らせる」
そう切り出した兄さんは注いだばかりのワインを、まるでショットガンのように一気に飲み干し、俺と視線を合わせた。
その目は完全に据わっている。
「チマチマ、チマチマ、過程はもう飽きた。花火の食事代はフリーズドライの金で足りるだろう。お前は制作に専念してとっとと花火を打ち上げろ」
「ユイのMP上げはどうするつもりですか?」
「アレの体調が戻り次第、俺が直々に手伝ってやる。魔力切れを起こさせない程度に甚振ればいいんだろう」
「兄さんのどこにそんな時間が」
「どこまでも俺を仲間はずれにするつもりか」
「────お願いします」
いや、あんた仲間外れどころかユイと並んで花火打ち上げの主役だろうと思ったが、兄さんの場合殆どが思い付きだから、とりあえずこの場は了承し、明日酔いが覚めた頃にまた話をしようと食堂を出た。
悲壮と怒りを全面にだす、七三のガジリスさんが脳裏に浮かんだが仕方がない。
部屋に戻るとユイは扉の開閉音にも動じずに眠っていて、近付けばハッハッと短い感覚で苦しそうに息を漏らしていた。こんなとき水系魔法があれば氷も出せて便利なんだが……。
脳裏にさっき紅茶を飲んでいた羊角の男が浮かぶが、頭を軽く振って打ち消した。
廊下に出てメイドを探して小さなタライとタオルと氷を貰い、自室の洗面所でタライに水を溜める。
冷たいタオルをユイの額に乗せれば、ユイは眉間にシワを寄せた後、多少呼吸を落ち着けた。
ベッドの隣に椅子を寄せてユイを眺める。
「こないだと逆だな」
あのときはユイは手を握ってたっけか。
上掛けの中から手を探りだし、ユイがしていたように両手で握ってみた。
俺には浄化作用も治癒魔法も無いから何の意味もないが、ただユイを眺めているよりは俺の気持ちが楽になった。
結局のところ俺が癒されている。
「──ん、ふぅ……」
何の夢を見ているのか、辛そうな色を浮かべながらもユイの口許が緩く微笑んだ。
「っ」
ダメだ。俺は聖人にはなれない。
意識の無いユイはどこに出しても恥ずかしくない美少女だ。全くもって癒されない。青少年を弄びやがってこのやろう。
「絶対離さねぇぞ」
ムクムクと湧いた不謹慎な煩悩を、ユイの手を雑に離すことで頭の角に追いやった。さすがに病人に手を出すほど常識はずれではない。
だけども同じ部屋にいるのは辛すぎて、ユイの定期的にタオルを冷たいものに変えつつ、別室で花火の練習球作りに没頭した。
読んでいただきありがとうございました。
誤字報告ありがとうございました。助かります!
次回もタクト視点です。
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