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お粥が美味しく感じたとき大人になったなと思う。

 思い返せば、滝田結衣時代は物心ついてから風邪なんて引いたことがなかった。フィオナ人間界時代は主力働き手でもあったから、体に少しでも違和感を感じるとヒーリングをかけて病気は未然に防いでいた。だからわからなかった。

 今朝からあった頭痛や目眩、寒気は気分からくるものではなかったのか。


 これが、風邪!


「歩けるか?」

「歩けるよ! さっきだって普通に歩いて──っ!?」


 立ち上がると、思ったより目眩がひどくて、テーブルに凭れるように手をついた。

 これマジか。これが風邪なのか!!


「大丈夫か? 気付かなくて悪かったなぁ」


 オロオロと焦ったようにガヤさんが手を揺らして気遣ってくる。


「いえ、私も風邪引いたこと無くてわからなかったので」

「風邪を引いたこと無いだと!?」

「ククッ、本当に予想の斜め上を行くなユイは」


 タクトは呆れた口調だけど数日会わなかったからか、私を見る目がいつになく優しい。気分が悪いっていうのに無駄にドキドキさせるのはやめて欲しい。


「背負ってやるから背中に乗れ」


「え」


 背負……背負えるの?


 思わず真顔になるが、後ろを向いて軽く屈んだタクトには察してもらえない。


 人間界で勇者を背負っていたときは、かなりアレな感じだった。

 勇者より私は確実に軽いけど、旅に出るためにソコソコ鍛えていたから、同身長女子よりは重いと思う。

 現に以前、お兄さんの食堂から俵担ぎで連れ出された時は重いって早々に放り投げられた。

 寝室までの階段とか上れるだろうか。


「──……。」


 チラリと隣の逞しい筋肉ダルマ(ガヤさん)に目を向けると、言いたいことが伝わったのか、目をそらした。


「悪いが今日は俺しかいないからな、ここから動けん」

「で、ですよね──ぎゃあ!!」


 タクトに雑に俵担ぎで持ち上げられ、つい悲鳴が出た。


「タ、タクトやめて折れる! ヒーリングかければすぐ治る!!」


「折れねぇよ! 筋肉が付き難くくて悪かったな! お前1人ぐらいは運べるわアホが!」


 まずい! 細身を気にしてたらしい!

 降ろして欲しくてタクトの背中をバンバンと叩くが意外や意外、平気そうに陣に向かい歩いていく。


「わかったごめん! 離して降ろして! パンツが見える!」


「っ──ガヤ」


「見えない! 見てない! 不穏なことをぬかすなユイ! 睨むなタクト! 冤罪だ! もう飛ばすぞ!」


 ブワリとタクトの瘴気が増し、焦ったガヤさんの大声と共に陣が怪しく作動を始める。

 あっという間に城の西塔7階にいた。

 私を降ろすことなくタクトはスタスタと脚を進める。マジか。道具屋も結構体力勝負な所があるし、タクトは意外と脱いだら筋肉あるのか? 細マッチョなのか? 


「タクトさん、私、ヒーリング掛けて自分で歩きますよ」


 下から下から、舎弟のようにご機嫌を伺う。


「病気の時の魔法は体に負担をかけるし、ミスが起きやすい。治癒魔法出すつもりが攻撃魔法出されたら迷惑だ。大人しくしてろ」


「……はい」


 タクトも帰ってきて、城にも戻って、安心したのか更に体がだるく感じる。確かにこんな状態で魔法を使ったら危ないかもしれない。

 体調不良時の魔法使用の状態に関しては、私よりタクトの方が俄然詳しいだろうから大人しく従うことにした。


「言っとくが、魔界にユイを連れてきたときも、こうやってちゃんと()()運んだんだからな」


 “俺が”を強調しなすった。根に持ったらしい。


「重くない?」

「重い」


 正直者かよ。


 ってあれ?


 右に行くはずの角をタクトは左に曲がる。


「タクト、違う。8階への階段はこっちじゃないでしょ」

「当たり前だろ。お前が寝るのは俺の部屋だ。エレノアに風邪を移す気か?」

「は──ぎゃあ!」


 腹筋と背筋に力をいれて頑張って上体を起こすと、タクトは重心を傾けて私を横抱きに持ち変えた。


 子どもを抱き直すように軽々と行われたその行為に、どこにそんな力があるのかと驚いた。


 あ。そっか。タクト強化魔法(ドーピング)が出来──


 ゴッ。


「グッ……ハ……」


 タクトの額が、吸い込まれるように私の額にクリーンヒットした。


「ひど、い……」

「どっちがだ。全部顔に出てんだよ」


 漫画だったら額からシューという効果音と共に煙が出ていることだろう。


「熱」

「あ?」

「どうして、わかったの?」

「いつも見てればわかんだろ」

「そ、う、ですか」


 いつも見られているのか。


 突然のデレに今度は顔中からシューと湯気が出そうだ。

 色々真っ赤になっているだろう顔面を抑えて、色々な目眩に堪えていると、タクトは器用に自室の扉を開けて、ベッドにゆっくりと降ろしてくれた。

 ご丁寧にもブーツを脱がされ、肌触りの良い毛布を掛けられる。柔らかなベッドに体が沈んでいくと、もうダメだった。頭はズキズキしてきて瞼が勝手に閉じていく。


「何か軽く食えるもん貰ってくるから寝てろ」


 食堂へ向かうのだろうタクトは踵を返す。

 その背中のシャツをクンと引っ張ったのは、ほぼ無意識だった。


「……何だ」

「────」


 働かない頭。

 私は今何を言ったんだろう。

 タクトが「寝てろ」と言ってくれたのだけは聞き取って目を閉じた。




☆★☆




 額に何かが乗せられる感覚で目が覚めた。


「悪い、起こしたか」


 タクトが何でここに……しかもお疲れさんな顔してる。

 そういえば竜狩りに行ってたんだっけ。そりゃ疲れただろうな。


 普段はセンターで分かれている前髪が疲れたように落ちてきている。手を伸ばしたら、タクトはベッドに手をついて「ん?」と顔を寄せてきたから、落ちた前髪を耳にかけて戻してあげた。


「おかえりなさい、タクト」

「……大丈夫か?」

「ここで何してるの?」

「は?」


 いつもなら二度寝を決め込む所だが、女性の寝室に勝手に入るのは頂けない。ここはひとつ説教を──ん?


 パチパチと瞬きを繰り返し、見慣れない天井の模様を眺めると段々意識がハッキリしてきた。


 そうだ、私風邪引いたんだ。そんでここはタクトの部屋だ。


 体を起こすと額に乗っていたタオルがずり落ちてきた。変えたばかりなのかまだ冷たい。

 じゃあ何だ? タクトが疲れてるのは……。


「看病してくれたの?」

「まぁな」


 タクトの手の甲が私の顎や首の熱を計る。その骨ばった手から昨日ほどの気持ち良さは感じない


「熱は下がったな」

「──っ」


 タクトが目尻にシワを作りながら安心したように笑うと、きゅーんと心臓が活動を始めた。

 乙女指数。乙女指数が爆上がりしている。

 彼氏に看病されるとか、どこの少女漫画!

 勝手にニヨニヨしてしまう口を富士山のようにグッと抑え、変な声が出そうになるのを飲み込むとタクトが目を細めた。


「不細工」

「病人に美少女求めんでくれ」 

「もう昼に近い。朝貰ってきたやつだけど、飯食えるか?」

「無視か」


 私を馬鹿にしたように笑いながら、タクトは食事と花と手紙が乗ったサービスワゴンをベッドの側に寄せてきた。

 手紙はエリーからで、花は厨房の皆からのお見舞いだそうだ。後でお礼を言わねば。


「自分で食えるか?」

「あ、うん!」


 頭がグワングワンしていた昨夜ならまだしも、いうなれば素面の現在、“あーん”に堪えられる程強靭な心臓を持ってはいない。

 タクトから受け取った食事の器は、魔法で温めてくれたらしく、時間が経ってるとは思えないくらい丁度よい温度だ。

 メニューはお粥。緑色の葉物野菜……ほうれん草かな? 刻んで入れてあって、少しだけ出汁の味がする。

 味がついていて良かった。素のお粥ってあまり好きじゃない。


「ほうれん草のお粥って初めて」

「ユイが食いたいって言ったんだろう?」

「は?」

「だから昨日、寝る前に」

「寝る前……」


 ほうれん草粥が食べたい? 言ったかなそんなこと。


 粥に視線を落とし、昨夜の事を思い出す。


 ほうれん草…………ほう…………報…………。


「報連相!!」

「!? っバカ! 手ぇ離すな!」


 手の中でバランスを崩したお粥の器を、タクトは中身をベッドに溢すこと無く上手いことキャッチし、再び持たせる。


「タクト、私に言うこと無い!?」

「しっかり持て」

「その通り──いや違くて」

「は?」


 タクトは心当たりが全くないと言うように斜め下から睨んでくる。タクトの中では終わった話なんだろうか。


「トルネアス商会に勧誘されたって聞いたの」

読んでいただきありがとうございました。


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