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引かないんじゃない。自覚しないのだ。

 期待はされていないのだとしても、純粋な好意を拒絶するのは勇気がいる。

 今回のはダミアンさんの気持ちを感じる分、前回よりも精神的にキツイ。

 心臓は飛び出しそうなくらい大きな音を耳元で鳴らしている。



「ごめんなさい。私はタクトが、好きです」



 ダミアンさんは目を伏せて、時間をおいた後、いつものように笑った。



「──はい」



 私に気を使わせないためにだろうけど、でもそれがかえって鼻の奥をツーンとさせた。


 目が滲む。でも溢したくはない。

 涙は早い者勝ちだから私が泣いたらダメだ。


「……色恋は貴女の苦手分野でしょうに、付き合わせてしまって申し訳ありません」


「い、いえ、気持ちは、とても嬉しかったです」


 目の奥にグッと力を入れて大きく鼻をすすると、ダミアンさんは固定された笑顔を崩し、眉を下げた。


「そう、言われると諦めにくいですね……優しさは美徳とは限りません。貴女はもう少し他人を否定する事に慣れた方がいい。魔界で暮らすのなら尚更」

「すみません……」


 告白現場で諭されるという謎シチュエーション。

 疑問は浮かぶが安心してる自分もいて、自分のヘタレ度合いが増した気がする。


 どこか吹っ切れた顔で、私の頭をポンポンと優しく保護者のように撫でるダミアンさんの手が温かい。

 それが更に申し訳ない気持ちにさせて、そろそろ心臓が絞め殺されそうだ。


「行きましょうか」

「……っはい」


 ダミアンさんが再び転移陣のある建物へ向けて足を向けたので、慌てて私もその後をついていく。


 終わり? 終わりでいいんだよね?

 変わらず胸は苦しいけれど、ガスパーのパンが入った紙袋を抱きしめると、フワリと甘い香りがして、少しだけ気が紛れた。


 この件はタクトに報告すべきなんだろうか。

 言っても言わなくてもタクトは嫌な顔をしそうな気がする。

 普通はどうなんだろう。彼氏に言うのかな。他の人に告白されたけど断ったよ! とか? それいる? 断ったんだからよくね?


 うーん……何だかさらに頭が痛くなってきた。


 悶々と悩みながら歩いていくと、寂れた神殿のような転移陣がある建物に着くいた。

 相変わらず蔦が芸術的に壁を這っている。


 扉を開けてくれたダミアンさんに頭を下げて先に中に入る。

 礼拝堂にあるような椅子が乱雑に並ぶ奥には青白く光る魔法陣があり、ダミアンさんは陣の管理担当者と少し話しをし、陣に乗りながら私に向き直る。


「ユイさん、転移先は共に城でよろしいですか?」


「あ、えっと、やっぱり門番待機所に行ってみます」


「……そうですか」


 苦笑いのダミアンさんは「見送りまでさせてください」と陣から降り、私を陣に誘導した。

 紳士。どこまでも紳士。

 とんでもなく良い男を振った気がする。お姫様扱いを退け、バカアホ扱いを選ぶ私って一体……。

 私は男の趣味悪いんだろうか。


 でも好きになっちまったもんは仕方がない。


 フルフルと頭を振る私を不思議そうに見ていたダミアンさんが、少し言いにくそうに口を開いた。


「聞かずとも調べればいいかとは思っていたのですが……」

「な、何でしょうか」


 改まったその様子から、頭はフル回転で働き始める。


 一番身近な“やらかし”だと、西塔の屋上を破壊したことだけど、あれはお兄さんっていう責任者がいたし……この前雷棒を廊下に放置したとき誰か怪我したとか? いや、でもそれなら調べるまでもない。


 どの件でまたお叱りを受けてもいいように、少しだけ腰を曲げて、レベルに応じて正座、土下座が瞬時にできるハイブリット体勢の形をとった。


「タクト様は、トルネアス商会の件を断ったのですか?」


「ト、トルネアス商会、ですか?」


 何の話だ。


 瞬間的に浮かんだ様々なダメ案件が一気に飛ぶ。

 トルネアス商会? スキルボールなら全部タクトに納品された筈だけど、雰囲気からそれとは違う気がする。


「先週、トルネアス商会へタクト様が訪れた際、彼は会頭に商会に来ないかと誘われた可能性があると部下から報告がありまして」


「えっ!?」


 先週……タクトが花火のスキルボールを作ってもらったり、花火工房に見学に行ってたときだ。

 そんなの聞いてないし、素振りもなかった。


「あ、あの、それは育った町を出る為の嘘ではなくて、ほ、本当に見習いとして働くということですか?」


「おそらく。トルネアス商会の内部情報はこちらにさえ流れてこないものも多々ありますから、情報不足の面もあります。ユイさんの方が詳しいかと思ったのですが……」


「すみません。何も、聞いていません。お兄さんはなんて」


「タクト様の好きにさせると」


「そう、ですか」


 ……トルネアス商会の会頭さんを思い出す。タクトをよろしく的な事は言われたけど、随分とタクトを可愛がっていた印象があるし、間違いではないのかもしれない。


 タクトと私は契約もあるし、離れられないから私が人間界に連れていかれることをダミアンさんは危惧してるのかな。


 エリーの結婚はその防止策だとして、お兄さんがエリーを逃がそうとしたのは、タクトを自由にさせるため……いや、結局は目先の面白さに負けたから美化しすぎか。

 お兄さんに限って人のために動くとかナイナイ。



 トルネアス商会は国で1、2を争うで働く大店(おおだな)。道具屋を継ぐものとして積極的に家の仕事をこなして、知識を溜めてきたタクトには、魅力的なものだろう。


 タクトは私が魔界にいるから断ったんだろうか。だから何も話してくれないんだろうか。


「……(かせ)


 エリーの気持ちが少し理解できた。


 私の小さな独り言は転移の際の帯に巻き取られ、誰にも届くことはなく、心には苦いモノが残った。




☆★☆




「なんだ誰かと思ったらユイじゃねぇか」

「こんばんはガヤさん」


 単独で魔界から出ることのない私が、門番待機所に現れるとは予想していなかったのか、ガヤさんは目を丸くした。


「タクトならまだ帰ってねぇぞ。連絡も──まぁ……そこに座れ」


 ガヤさんの視線が、私から私の腕の中にあるガスパーの紙袋に完全に移行した途端に待遇が向上した。


 和む。このどうでもいい感じに扱ってれるのが、今はすごく和む。


「今日の門番担当はガヤさんだけですか?」

「他にも一人いたんだけどな、嫁が産気付いたとかで帰らせた」

「それは大変ですね。何かあれば私を現場に飛ばしてください」

「あ? あー、そうか! お前中々使えるな」


 ガハハ! と、いつもの豪快笑いを披露しながら、ガヤさんは風魔法で早退した方に連絡を取って、私の事を話していた。


 丁度良くタクトが来たりしないものかと、パンの紙袋をテーブルに置いて転移陣を眺めていると、チョンチョンと大きな指で肩を叩かれた。

 話しながらガヤさんが隣の小部屋を指差している。そこを覗けば紅茶セットが一式揃っていた。


 淹れろということだろうか。


 適当な紅茶缶を開けて、においを嗅ぐ……人間界のカーチ地方の茶葉かな?


 ユイだけどフィオナだから、紅茶は普通においしく淹れられる。でもどうせガヤさんは砂糖を大量投入するんだろうし、面倒だ。

 えぐみが出なきゃいいだろうと、適当にガラスのティーポットにザッと茶葉を入れてお湯を注いだ。

 カップとソーサー、砂糖をトレイに乗せてガヤさんが座ってるデスクに戻り、紅茶の色を見ながらパンの袋をパーティー開きにすると、それを見たガヤさんは速攻で風魔法を解除し、キラキラした目をパンに向けた。


「結構な量だな! どうしたんだそれ」

「さっきまでガスパーにいて、お土産に貰ったんです。食べきれないので好きなのどうぞ」

「あぁ、この前ダミアンが誘ってたやつか」


 ガヤさんの大きめカップに茶漉しを使いながら紅茶を注ぐ。それを差し出せば、案の定砂糖を3杯4杯と入れていくガヤさんの姿を見て、予想はしてたが若干引いた。


「じゃあ頂こうか──ん?」

「どうしました?」


 ガヤさんが中でも一番甘そうなパンを取ったとき、一瞬その手を止めたけど、何事もなかったかのように食べ始めた。


「来たぞ」

「は?」


『──魔界の門番』


「っ!」

「ようタクト、俺だ。戻るのか? 竜狩りはどうだった」


 タクトの声が待機所に響く。2日会ってないだけなのになんだが懐かしい。

 途端にそわそわし始めた気持ちを押さえて、転移陣を見つめる。


『上々だ。ガヤお前また何か食ってるだろう』

「今、ユイと茶会の真っ只中だ」

『ユイがいるのか?』

「おぉ、いるいる。毎日毎日タクトはまだか、まだかって──」

「ギャァァァァァァ!」

「ボフグゥ!!」


 目の前のパンを3つ、話を盛って笑う色ボケ巨人の口に押し込んだ。


「何てことを言うんですか!!」

「モゴモゴモゴ」

『相変わらずだな』


 陣からタクトの堪えきれない笑い声が漏れてくる。そっちも元気そうで何よりだこの野郎!


 転移陣が黒に染まって、その中心が盛り上がる。

 盛り上がりが人形(ひとがた)になると、黒色は帯のようにぐるぐると剥がれていく。

 中から出てきたタクトはニッと笑うと、こちらに向かい歩いてきた。


 心臓がバクバク激しい。やっぱりカッコいいな畜生め。


 色々と話したい事があった筈なのに、全部飛んだ。


 帰って来てくれて良かった。


 頭の中はそれだけで、顔が緩む。


「おかえりなさい、タクト」


「──っ……お前」


 わずかに頬を赤らめたタクトが、私に手を伸ばす。

 ひんやりとした手の甲が顎に触れ、スッと頬まで滑ってきた。

 瞳は深緑、顔は真剣そのものだ。


「タ、タクト、再会イチャイチャは城戻ってからやれよ」


 ガヤさんが口をモグモグさせながら恥ずかしそうな声を出しているがそんなことどうでも良い。

 手が冷たくて気持ちがよくて、自然と瞼が落ちた。



「やっぱりな。このバカ熱ある」


「「は?」」



 魔界に来て初めて私は風邪を引いた。


 

読んでいただきありがとうございました。

誤字報告もありがとうございます!助かります!


評価、ブックマーク、感想嬉しいです(*´-`)

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