報連相をきちんと行うには行うための環境も重要
──頭が痛い。
『タクトから連絡?』
「はい。何か来てませんか? ガヤさん」
『きてねぇな。ちょっと待ってろ──おーいお前らタクトから連絡あったか?』
『いや? 来てませんよ』
『だそうだ』
「……わかりました。ありがとうございました」
現在時刻はちょうど昼。
寝室から、相変わらず暗い魔界の空を見上げて、つい溜め息を吐いてしまった。
フリーズドライをダミアンさんとガヤさんにお披露目したのが一昨日の昼。
タクトがトルネアス商会の人たちと共に竜のアイテム収集に行ってから丸2日。
何の連絡もない。
「すみませんユイさん、力不足で……。風魔法が人間界に届けばタクトさんとお話できるのですが」
蔦のような模様が細工してある、繊細な作りの窓を閉めてエリーに振り返る。
「全然力不足なんかじゃないよ。ガヤさん所に確認できるのもエリーの風魔法のおかげだし。ありがとうね」
異世界には転移魔法しか干渉できない。
ガヤさんにお願いしようかなと思ったけど、魔族の使う転移魔法陣は、ちょっと怖い感じだからハッキリと魔族のものだとわかってしまう。
一緒に行っている商会の人は当然人間だろうから、魔界と連絡をとっているところを見付かって魔族だとバレたら大変困る。
私の溜め息のせいで、ハの字に眉を下げて肩を落としたエリーに、気にしないでと手を振ると、その手を両手で掴まれた。
「ユイさん! タクトさんに限って竜に遅れをとるとは思えません! 元気を出してください!」
「遅れは、とらないと思う。魔族にとって竜は大して恐れる生き物じゃないって聞いたし」
「そうなのですか」
では何故? と首を傾げたエリーを見て、遠い目をしてしまった。
タクトのことはもちろん心配はしている。しているが連絡とりたいのはその案件ではない。
今日の午後、これからのスケジュールのことだ。
眉間にシワを寄せたとき、タイミング良く書斎の扉が開く音が聞こえ、直ぐに寝室の扉がノックされて、ダミアンさんが顔を出した。
「お待たせしました」
「──じゃあ行ってくるね」
「ユ、ユイさん、まさか……」
クローゼットからコートを手にとって袖を通しながら、言い淀んだエリーに無言で頷いた。
ダミアンさんとの外出の件を、タクトに報連相出来なかった。
「では参りましょうか」
「はい」
ダミアンさんは嫌いではない。優しいし、親切だし、頼れるお兄さんだ。
色々あったから私が勝手にビクついてるだけで、私への対応も普通だ。
今回の外出も仕事。別に他意はない。
……他意はないが怖い。
嫉妬抂が何と思うか……考えただけでも身の毛がよだつ&寒気がする。
きっと無言の絶対零度で壁際に追い込まれるのだろう。
想像だけでブルッと震えがきた。
「ユ、ユイさん!」
振り返ると、察したエリーは下がった眉を更に限界まで下げていた。
「わたくし出来る限りのフォローをします!」
骨は拾ってくれるらしい。
☆★☆
共に向かう場所が場所だけに、ダミアンさんの機嫌は良かった。
「こ、ここここの度は新作パン作りにご協力いただけるとユイさん……様から伺っておりまして! よろよろしくお願いします!」
店の前、揃って深々と頭を下げるガスパーの夫妻。
ダミアンさんを連れ立って行くことを事前に伝えておいたものの、魔族の高位にいるダミアンさんを実際目にした夫妻は、緊張でガチガチになっていて、色々おかしい。
「初めまして、ダミアンと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「常連じゃなかったんですか?」
「いつも購入は部下に頼んでいました。来たのは初めてですね」
そう言って店を見上げるダミアンさんの表情は、いつもの倍ゆるく、花まで飛びそうだ。
夫妻に案内されて店内に入ると、前回ズラッと並んでいたパンは1つもなかった。
「今日はお休みだったんですか? 売り切れとか?」
後ろで店の扉を閉める奥さんを伺うと、口許に手を当てて耳打ちしてきた。
「ダミアン様がいらっしゃるのに店なんて開けらんないよ。午前中から大掃除!」
なるほど。気を使ってもらったのか。
だけど素敵なパンが並んでいると思っていただろうダミアンは少し寂しそうだ。顔には出さないが背中に哀愁を感じる。
店内を通り、厨房の奥にある母屋に通された。
当然のようにダミアンさんがソファの上座に座ると、すぐに奥さんが紅茶と一口大にカットされた焼き立てのパンを出してくれた。
これまた顔には出さないが、ダミアンさんの気配が2割増しで明るくなった気がする。
ガヤさんのように素直に喜べば良いのに……やはりグルグルの角は伊達では無いらしい。
少し楽になった空気の中、ダミアンさんがテーブルにフリーズドライ苺と書類を置いて話を切り出した。
「新作のパンには是非こちらの苺を使って頂きたいのです」
カチカチに固まった苺を摘まみ、真剣そのものに見つめる旦那さん。
「これは……食べられるものなのですか?」
「えぇ、もちろん。フリーズドライという製法を用いて加工された苺です」
「フリーズドライ……食べてみてもよろしいでしょうか」
どうぞ。と手のひらを差し出す仕草をしたダミアンさんを確認し、夫妻は躊躇いながら苺を口に入れた。
「……これは旨い」
「えぇ。酸味が癖になるわ」
ゴリゴリと音を立てて味わいながら、旦那さんはテーブルに置かれた書類に手を付けた。
ダミアンさんの素敵画力によって描かれた分かりやすい光魔法パンのプレゼン資料。
旦那さんは頷きながら目を通す。
フリーズドライの製造にダミアンさんが関わるということを私から伝えるよりは、直接本人が夫妻と話した方が良いだろうということでダミアンさんは同行してくれた。
タクトに連絡できてない事を除けば、大変ありがたい申し出だ。
「ダミアン様がこの苺を作ってくださると」
「えぇ。正確には私の弟がフリーズドライの責任者となりますが、ガスパーに優先的に苺が回るように手配したいと思います。いかがでしょうか」
「そっそれは是非!」
前のめり。
初めて見る食材にテンションが上がった旦那さんの食い付きは半端ないものだった。
「今だかつてない製品、製造方法です。長期保存もきき、味や風味も落ちないと聞きました。複数のエデンになんらかの危機が訪れたとき、少しでも助力になるよう、私はフリーズドライを広めたい。夫妻にはその足掛かりになっていただきたい」
「ダミアン様……光栄です。是非、是非とも私共に作らせて頂きたい。苺が安定供給出来るようになるには日数的にどのくらいかかりますか」
「それはですね────」
魔界の食の番人と、甘党界における頂点。
食馬鹿2人の話が合わない筈が無かった。
ダミアンさんが作った新商品の資料には私の意見を全て汲み上げて練ったものが纏めてあり、フリーズドライについては私の手を離れていて、私以上にダミアンさんの熱が入っている為、私が口を挟む隙は一切ない。
かといって、何もしないわけにはいかないので、上機嫌で話す2人の会話を聞きながら頷き、奥さんが次々に出してくる一口菓子パンの感想をグルメレポーターばりに必死で伝えていた。
☆★☆
「随分話し込んでしまいましたね。夕飯でも、と思ったのですが無理そうですね」
「そうですね。夕飯が要らないくらいお腹一杯です」
旦那さんとダミアンさんの話が落ち着き、店を後にしたのは、もう夕食の時間だった。
お土産ですと渡された、ガスパー人気ベスト10のパンが入った紙袋を両手で抱え、篝火が燃える大通りを歩く。
日頃アホほど忙しいダミアンさんがこんなにも時間を割くことが出来るとは思わなかった。
お兄さんが絡むとハメを外すみたいだけど、基本仕事を放って遊ぶような人ではないから、この2日、時間を捻出するために相当頑張ったんだろう。
「楽しみですね試作品」
「はい。店主の様子だと、明日、明後日辺りには出来ていそうですね」
新作パンは、また試作が出来次第ダミアンさんと私に連絡をしてもらうようにしてもらった。
街の転移陣がある建物に向かい、ダミアンさんの直ぐ斜め後ろをついて歩く。
大きな交差点にさしかかり、二本の鹿のような角がある馬の魔獣の荷馬車(?)が通りすぎるのを待つ。
そういえば、この交差点を右へ曲がって20分程歩けば門番待機所があるはずだ……よね。
「──タクト様、ですか?」
「えっ」
「違いましたか? 門番待機所の方を見ていらしたので」
「ちっ、違くない、です」
少しそっちを見ていただけなのに即座に見透かされた。
一気に赤くなっただろう顔を押さえると、苦笑いされた。
「迎えに行くのでしたら、徒歩よりは転移陣で飛んだ方が早いのでは?」
「え、あ……そ、そうですよね。でも何時に帰ってくるのか分かりません。明日かもしれませんし」
「連絡は」
「……ないです」
ダミアンさんはさっきより少し速度を落とし、並んで歩き出した。
「ユイさん」
「なんでしょうか」
「……貴女に私とは結婚出来ないと言われてから、タクト様を消してしまおうかと何回も思いました」
「──え」
聞き間違えかと思って、直ぐ横にいるダミアンさんの顔をゆっくりと見上げるけれど、ダミアンさんは私を見ることなく変わらず前を向いて歩く。
「魔界の浄化も今回のフリーズドライのこと、これから先、ユイさんが思い付くだろう様々なこと……どんなに小さなことでも、私ならユイさんの思う以上の形にすることが出来る。私とユイさんが対になれば、これ以上ない魔界の発展につながる。
そう思ってエデンで貴女にプロポーズをしました」
ダミアンさんは「上手くはいきませんでしたが」と自嘲気味に笑みをこぼす。
「何も知らない貴女を手に入れることは容易かったと思います……タクト様が、いなければ」
淡々と。
声を荒らげるわけでもなく、沈んだ様子もなく、本当にただ淡々と、ダミアンさんはタクトが邪魔だとそう言った。
「……タクトに何かするつもりなら許しません」
足を止めて睨むと、ダミアンさんは一瞬目を開いたあと緩く微笑んだ。
「……そんなに怖い顔をしないでください。
彼に手を掛ければ、その瞬間、先代魔王様とオレアンダー様に私が消されますよ。私は自分を犠牲にしてまで盲目的に誰かを愛することは出来ません。貴女も愛する男を殺すような男を愛してはくれないでしょう?」
こくりと首肯くと、またフフッと息が漏れた。
「オレアンダー様にも全て手に入れることは無理だと言われましたし、私の貴女への想いはもう諦めるべきだと理解しています」
ダミアンさんが足を止め、篝火を背にして私に向いた。
「ただ、ですね。後悔をしていたんです」
「?」
「エデンで貴女にしたプロポーズをです。
メリットばかりを追いすぎたと……あのとき芽生えた柔らかな想いをきちんと告げていれば何かが変わっていたのではないか、こうして過去を思い悩むこともなかったのではないかと」
ゆっくりとした口調で紡がれる諦めの言葉。この後に続く言葉は経験の浅い私でも簡単にわかる。
ダミアンさんをきっと傷付ける事になる。
私の心臓はぎゅうぎゅうと痛みだした。
「──ユイさん、貴女が好きです」
私の中には1つの返事しかない。
読んでいただきありがとうございました。
誤字報告ありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します。
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