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経験の差が解釈の違いを生む。

大変遅れてしまいすみません。引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。

 “春雷の矢”の技作りや、お兄さんとエリーの結婚話から一夜明け、いつも通り午前中を東塔3階で仕事をして過ごした。


 城で働く面々の大多数が昼休みをとる時間、昨日に引き続き眠たい目を擦りながらデスクに向かう私の前には、カラカラに乾燥した苺が9つと、砕かれた苺が1つ分。


「ようユイ」

「あ、こんにちはガヤさん。フリーズドライ苺出来てますよ」

「本当か!」


 テンションのギアを秒でハイトップに持っていったガヤさんは、開け放たれている扉を潜り、2歩で私の目の前まで来た。

 圧が物凄い。


 温度と圧力を変えた4つの箱のうち、成功していたのは2つだった。追加で苺を10個買って5個ずつ分けて作ったので、完成品は10個。


 ガヤさんは机の高さまで屈んで、キラキラした目で苺を見詰めている。ガヤさんの顔に比べると、苺が乗ったお皿がかなり小さく見える。


「食ってみていいか?」

「はい。あ、でも4個はパン屋(ガスパー)のおじさんとおばさんに渡して試作品を作って貰うので……あとダミアンさん2個、タクトに1個残してもらえれば、食べちゃっても大丈夫です」

「俺も2個食べて良いのか?」


 昨日の“天使の説教”が効いたのか、お伺いを立てるその姿勢はあまりに謙虚だ。


「どうぞ。あ、食堂からチョコレート買ってきて浸けて食べても美味しいと思います」

「!」


 ガヤさんは一目散に駆け出し、食堂の注文所に並んだ。

 ソワソワしながら並んでいるガヤさんを仕事場から座ってみていると、コンコンとノックが聞こえた。


「こんにちはユイさん。今、ガヤが走っていきましたが……」


 ダミアンさんも食堂のガヤさんを見ながら部屋に入ってきた。


「苺が出来たので、チョコレートを浸けて食べると良いとオススメしたんです」

「完成したのですね!」


 凄い。こちらも一気に熱い人になった。


「これがダミアンさんの分です」

「ありがとうございます。そちらの砕いてあるものは?」

「フリーズドライ苺は固いので私は小さくして摘まんでるんです。あ、よければ椅子どうぞ」


 ダミアンさんは勧めた椅子に躊躇無く座り、私が砕いた苺を口に入れたのを見てから、一個まるっと頬張った。

 薄い頬がプックリと膨らんですぐにゴリゴリと音がする。


「なるほど、こういう感じになるんですね。甘酸っぱくて確かにチョコレートと相性が良さそうです」


 穏やかな笑みを浮かべたダミアンさんは、残りの苺をじっと見つめた。


「ところでユイさん、これをガスパーの主人に持っていくのですよね?」

「はい。そうですけど……何か問題がありますか?」

「光魔法パンとして商品化になった場合、フリーズドライ苺はどうやって作るつもりですか?」


 どう、やって。


「「……。」」


 全く考えていなかった。そうだよ。どうやって……。


 毎回3人に作ってもらうわけにはいかない。


 ガスパーの夫妻が作るにしても、火と氷と風魔法は何とかなるかもしれないけれど、タクトの“アイソレーションフィールド”は闇魔法。

 身近に闇魔法保持者が複数いるから忘れていたけれど、光魔法同様、闇魔法もレア魔法。出来る筈がない。


 つ、詰んだ。


「──ぷっ」


 空気もれのような笑い声を漏らしたダミアンさんは、手の甲で口許を押さえて俯きながら肩を震わせる。


「ダミアンさん?」

「──すみません。瞳孔が完全に開いていて……可愛らしかったもので」


 なんだそれは。褒め言葉……いや、褒められてないな。


 ダミアンさんはスーハーと息を整えた後、真剣な顔で私を見た。


「ユイさん、質問しても?」

「……な、なんでしょうか」

「フリーズドライというのは苺以外の物では何がありますか?」

「え、苺以外ですか?」


 私は天を仰いで前世の記憶を探る。


「フルーツなら間違いなく美味しいです。あと納豆──」


「納豆!?」


「パウダー状にして練り込むのか、まぶすのか、ちょっと分からないんですが、納豆味のスナック菓子とかに使われてました」


「それは……また……奥深い」


 変わらず笑顔だけど絶対に食べたくないって考えているのが何となく読めた。

 私は美味しいと思うんだけど……まぁ納豆だからな。好みがあるか。


「あと雑炊とか丼もの、スープや味噌汁なんてのもありました。水分が入ってないので長期保存も出来るんですよ」


「長期保存……どうやって食べるのです? 苺のように固いままですか?」


「一人分の量でフリーズドライにして、食べるときに器にいれて、お湯をこう、ジャーっと掛けるとフワフワっと元に戻るんですよ」


 左手で器を表現して、右手でケトルのお湯を掛けるような仕草を見せると、ダミアンさんは存在しない器を感心して眺める。


「ユイさん、もしよろしければフリーズドライの製法を私に譲ってもらえませんか? それだけ多種多様で長期保存もできるとあらば、是非私の一族で製造ラインを作りたいと思いまして」

「……譲るって、言われても……」


  正直ありがたい申し出だけど、私は仕組みを言っただけで作ったのは3人だ。私が二つ返事で了承して良いものか。

 それにどの規模で作るつもりなんだろう。ダミアンさんが絡むと全て話が大きくなっていくのもまたプレッシャーだ。


「私は、えっと、全く問題ないですが、タクトとガヤさんの意見も──」

「いいんじゃねぇか?」


 ドスドスと足音をたて、チョコレートと追加の新鮮苺と湯気の出たカップを持ってガヤさんが戻ってきた。

 香りからしてコーヒーだろうか。珍しい。


「たいした魔法は使ってねぇし、ダミアンとこの管理で作るなら安定供給は間違いないからな。俺は甘くて旨いものが食えればいい。タクトは……まぁユイが良いって言えばいいだろ」


「なんで私ですか」

「タクトの執着はユイにしか発動しないからな」

「なんですかそれ」


 でもまぁ、タクトは「好きにしろ」って言いそうな気がする。


「じゃあ、ダミアンさん、よろしくお願いします」

「えぇ──任せてください」


 座ったまま頭を下げると、ダミアンさんは目を細めて微笑んだ。

 その瞳の奥に感じたのは欲だった。


「っ」


 エデンでの事を思いだし、息が詰まる。


 へ、蛇に睨まれた蛙。まさにそれだ。

 ダミアンさんの謎の色気が発動する前に即座に回避しなければ、それを打破するほどの経験値私にはない。


「あ、の、ダミアンさ──」


 ──カチャン。


 ガヤさんがダミアンさんと私の間を分けるように入って、デスクの上にカップを置いた。


「え」

「飲め。奢りだ」


 カップの中には、案の定、温かいコーヒーが揺らいでいる。香ばしくて良い香りが立つ。隣に置かれたスティックシュガーの本数は見ないことにする。


「あ、ありがとうございます。良いんですか?」

「苺の礼。昨日から何かお前眠そうだからな」


 眠気を必至で堪えていたんだけど、流石兄貴と慕う人が多いガヤさんにはバレたようだ。色んな意味で助かった。


「寝不足なんて何かあったのか?」

「えぇ……まぁ……」


 昨夜の事を思い出すとゾッとする。


 エリーの結婚話が終わると、タクトは当然スキルボールの事を聞いてきた。私は自信満々に「もう少し!」と答え、せっせとラストスパートに勤しんでいた。


 が、タクトが完成品の確認作業をしていると、終わった数袋の中に手をつけていない一袋が見付かり、場の空気が死んだ。


 そこからは言わなくてもわかるだろう。

 春雷の矢もエリーの結婚もまるで言い訳にはならず、鬼が降臨した。


「何があったんですか? ユイさん」


 ダミアンさんの質問を聞きながら、コーヒーに向かい軽く手を合わせ、スティックシュガーを1本入れた。

 ダミアンさんも私の返事を待ちつつ、2つ目の苺を指で摘まんだ。



「タクトが寝かせてくれなくて」


「「は」」




 ──パキン。




「ダ、ダミアンさん! 苺が粉砕しました!」

「あ、あぁ……すみませ……」


 すぐに布巾を差し出すとダミアンさんは力無く受け取り、見事にパウダー状になった苺をパラパラと軽く払った。


「ユッユイユイユイユイ!! お前俺にはセクハラだ何だと言いながら、突然何をぶっ混んでくるんだ!」


 異常な興奮を見せているガヤさんに、脳震盪を起こす勢いで肩をガクガクと揺すられる。私を批判するような口調とは裏腹に顔は楽しそうだ。


「えっ、何がですか!? 何でセクハラ!?」


 今の会話のどこにセクハラ発言があった?


 ガヤさんとダミアンさんは訝しげに顔を見合わせるのを、ポカーンと見ていると、ガヤさんが恐る恐るといった感じで口を開く。


「いやお前、何でそんなに平然としてるんだよ……タ、タクトが寝かせてくれなかったんだろう?」

「はい。死ぬかと思いました」

「そ、そんなにか……見かけによらないな」

「そうですか? 結局寝たの深夜2時過ぎですよ。酷いと思いません?」

「そ、そりゃあ……なぁ……」


 ガヤさんがチラリとダミアンさんを見るので私もつられて視線を移す。


「ユイさん……その“酷いタクト様”はどちらに? そろそろ来ても良い頃だと思いますが」


 共感してくれているんだろう、ダミアンさんは言葉の端々に怒気を孕ませている……怒気……いや、殺気か?

 そこまで親身になってもらうと逆に何だか申し訳ない。


「あ、人間界に行っています」

「人間界、ですか?」

「トルネアス商会の用だって言ってました。2、3日したら帰ってくるらしいです」


 大抵の事は把握しているらしいダミアンさんも初耳の様で、 横に立つガヤさんを見上げる。


「あぁ。昼前に来て商会に飛ばした。何でも商会内部にアイテム収集を専門にした組織があって、それに同行するとかなんとか。色々世話になったからお礼に竜を狩ってくるとか言ってたか?」

「り、竜!?」

「「?」」


 そんなの聞いてない。

 竜は人間界の物語後半に出てくるから弱くは無い筈。


 ……なんだけど、魔族からすればそうでもないのか、2人は平然としている。

 (ひと)狩り行こうぜ! 位の遊び感覚なんだろうか。

 とんでもねぇな。


「ユイさん、明日……いえ、明後日の午後は空いていますか?」

「え」

「ダミアン」


 ガヤさんが低めの声で名前を呼ぶと、ダミアンさんは無罪を訴えるように両手をヒラヒラと肩まで上げて、ニッコリと保護者の顔で笑った。


 

読んでいただきありがとうございました。

誤字報告ありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します。

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