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努力は重ねた分だけ人生の肥やしになり、いつか花開く。

本日2話アップしています。

2話目です。

 エリーを人間界に逃がす。


 ナイスアイデアだと言うようにお兄さんはドヤを決め、エリーと私は何を言っているんだろうかと、目を見開き固まる。

 タクトは俯き、額を押さえて深い溜め息をついた。


「兄さん、母さんから思い付きで行動するなと再三言われている筈では?」

「それが何だ。よく考えてみろタクト。本来この部屋は魔王の部屋だ。この女が人間界に帰ればユイは当然この部屋以外の部屋が与えられる。望むならお前と同室にしてやってもいい」

「……。」


 タクトが分かりやすく揺らいだ。


「ちょいちょいちょい! タクト惑わされないで!」


 ガクガクとタクトの腕を揺らしながらそう言うと、お兄さんは更に話を続ける。


「そうだな……帰す場所は……勇者だったか? それの前にでもすればいいだろう。自力で逃げ出したとでも言うがいい」

「お、お兄さん、それってダミアンさんの計画とか遊びとか総崩れでは……」

「知るか。詰まらんことに俺を巻き込んだんだ。まだまだ手ぬるい」


 フンと鼻をならし、お兄さんはエリーを見下す。


「お前も魔族との婚姻など望みでは無いだろう。いるべき場所に戻り、あるべき姿をしていろ。俺との婚姻が公表される前なら、身分相応の結婚はできんかもしれんが勇者の褒美位にはなれるだろう」


 完全に突き放した言い方に、エリーの顔が強張った。今にも血が出そうな位に手が握り込まれて、見てるだけでも痛々しい。

 好きな相手にここまで言われて平気な筈がない。


「お兄さん、その言い方は──」


「魔王様」


 そうお兄さんに呼び掛けたエリーは、さっきまでの怯えたような彼女とはまるで違った。


「発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか」


 正座した太ももの上に美しく重ねられた白魚のような手。

 しゃんと伸びた背筋に、引かれた顎。

 視線はまっすぐお兄さんを捉えて、その水色の瞳には意思がしっかりと宿る。

 纏う空気は高潔。

 王族として人の上に立ち、また、そうであるように育てられてきたエリーの、洗練されたもう1つの姿に息を飲んだ。

 全回復ベッドのキラキラエフェクトも実にイイ感じでエリーの役に立っている。



「……何だ」


「わたくしは魔王様をお慕いしております」



 真顔で愛の言葉を言い放ったエリーに動じる様子はなく、私がハラハラワタワタとタクトの腕を引っ張り続ける。


「わたくしは魔界に……魔王様のお側に置いていただける事を望みます」


 お兄さんは少し呆けた後、口角の片側をニヤリとあげた。


「お前は似たような婚姻から逃げてきたのだろう」


 天蓋ベッドの柱に腕を当て、お兄さんはエリーを近くで見下ろす。全回復ベッドのキラキラがお兄さんの瘴気に反応してなのか更に光を増すが、お兄さんが痛がる様子はない。


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 やたらと甘く、ほの暗い声が響く。

 迷える人間に付け入る魔族の声。これに惑わされると良くも悪くも、その場限りの楽な方へ楽な方へと思考が流れ、自分で選択が出来なくなる。


 お兄さんに初めて会った時、エリーはこれを掛けられてしっかりと掛かったと聞いた。正常な判断が出来ないまま人間界に戻されたらきっとエリーは後悔する。


「──」

「やめろ」


 状態異常を解除しようと前に出ようとした私の口をタクトの手が覆い、詠唱が遮られた。


「過保護も結構だが、度が過ぎるとお前の行動もあの術と変わらなくなるぞ。アレに掛かるようでは兄さんの妃には相応しくない」

「っ」

「今はエレノアを信じる時だろう」



 フィオナの体で結衣として目覚めて、最初に出来た大切な友人。

 可憐で儚げで綺麗で優しくて……頼りになる私の友人。


「……わかった」


 口を覆っていたタクトの手が離れて雑に頭を撫でた。

 横顔を見上げれば、少し困った苦い顔をしている。


「タクト?」

「いや……」

「?」


 苦笑いに変わったタクトに手を取られたので、その手を同じ分だけ握りしめて、目の前の2人を見つめる。


 エリーはポツリポツリと思い出すように言葉を絞り出す。


「……城の、庭園にて、初めて魔王様とお会いした時から、この方だと決めておりました……魔王様は、逃げの相手ではございません」


 言い切り、堂々と朗らかに柔らかく笑う。


 レベルが上がった。ステータスじゃないけど、エリーのレベルが確実にあがった! 女神だ!

 一皮剥けた感に、ザワザワと鳥肌が立ち、感動のあまり、タクトの腕をギュウと抱き締める。


「ククッ、魔王を相手に逃げの相手ではないと……奇妙な女だとは思っていたがここまでだとはな」


 自身の顎に手を当て、エリーを見下ろすお兄さんの声は抑揚がつき、どこか楽しそうだ。


「気が変わった。良いだろう嫁にしてやる」


「「「えっ」」」


 軽っ! 常々思っていたがお兄さんはちょっと言動が全て軽すぎる。

 神々しかったエリーは驚きのあまり元に戻った。


「兄さん……今度は何を考えているんですか?」

「俺に見とれる奴は居るが、恋情を抱く奴はそうそう居ないからな。面白いと思っただけだ」


 自分で言ったよ。観賞用だということは自覚しているらしい。


「何か面白いことをしろ。面白くなければ側妃、面白ければ正妃にしてやる」

「は……?」

「ほら、やれ」


 ペットに芸をさせるように、“先輩に言われたらマジで嫌いになるワード”を偉そうにエリーに言い付けた魔王(トンチンカン)

 気高い告白の返事がこんなん。

 エリーは俯き、手を握りしめて肩を震わせている。

 

「お兄さん、一回待って下さい。一回、上層部(お家の人)と相談してから出直してきて下さい」

「最高権力者に向かって何だその口の聞き方は」

「ねぇエリー、本当にお兄さんでいいの??」


 お兄さんの事は無視してエリーのところまで歩いていき、ベッドに手をついて視線を合わせる。


「……もちろん、魔王様が見つめる女性が他に居ることは嫌ですが、父に強いられた結婚よりも、前向きに捉えることが出来ています。今後の悩みは今後考えようと思います」


 感心するほどのポジティブな発言。でもその顔はどことなく憂いを帯びている。


 気丈に振る舞っても怖いよね……。


 脚の上に置かれた手に手を添えると、ギュッと掴まれた。


「ユイさん……ユイさんの枷になるつもりはありません。ユイさんが自由に過ごせるように、精一杯自分を守るように頑張ります」

「エリー?」


 お兄さんが言った枷という言葉を気にしていたのか。


「魔王様の妃にと望む我が儘を、許していただけますか」


 許さないとでも言うと思っているんだろうかこのお姫様は。

 不安を織り混ぜた真剣な顔で私を見上げてくる。


 私は手からエリーの手を外し、彼女の頭にそっと触れ、目を瞑る。

 フィオナの記憶が戻って本当に良かった。育った国での言葉が贈れる。


「ユイさ──」


「エレノア・ボーズ=フローレス姫殿下、新たな旅立ち、エレノア()の名を持つ殿下の心に、闇が巣くうことが無き様、神々からの祝福を」


 人生の転機が訪れる時、光魔法保持者から神に代わって贈られる祝福。

 年齢性別問わず頼まれて何度かしたことあるけど、一番緊張したし、一番祈りを込めた。


「ありがとうございます……ユイさん」


 大きく開かれた姫の水色の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出てくる。おぉぉ……その美しさにマジで震える。


「おい、まだか」


 涙に濡れるエリーを渡したくないとばかりに抱き締めて、面白いことを強要するお兄さんを睨み付けると、エリーが私の胸を押して離れた。


「エリー?」

「ユイさん、わたくし、やります。甥が笑い転げて涙していたメイドの技を披露いたします!」


 雲行きが大分怪しい。それは魔王に通用する笑いなのか?


「まって甥って何歳──」


 ヤル気満々のエリーは、おもむろに人差し指を自らの鼻先に当てて押し当て、「ブー」と鳴いた。




「「「……」」」




 どうしたらいい。かつてないほど表情が作れない。


 エリーは少し恥ずかしそうに俯き、タクトはあからさまにサッと目をそらし、お兄さんの目はかなり冷たく、嫁にする発言を撤回しそうな気さえする。


「ユイ、お前何かやれ」

「は!?」

「祝福を贈ったんだろう。連帯責任だ」

「なんつう無茶振りですかそれ」

「何だ出来んのか」

「で……っ」


 相変わらずの上から目線にイラッとする。乗せられてるのは理解しているが……イラッとする。


「で……出来、出来ますよ。光魔法保持者なめないで下さい」

「ほお」

「……面白いと思ったのなら素直に認めて下さいね」

「良いだろう」


 前世、一番上の兄に無理矢理付き合わされて練習したアレを、ついに披露する時が来た。

 お調子者で遠慮のない兄は学校で披露していた様だが、折角覚えたのに恥ずかしさもあり、私の技が日の目を見ることはなかった。


──鶏の声帯模写。


 今世ではやったことはなかったけれど、きっと出来る筈だ。


「あ゛ぁあ゛~ん゛ん゛! ……いきます!」









 披露した一芸は見事にお兄さんのニタリ顔を引き出し、タクトまでも肩を震わせた。

 エリーには尊敬の眼差しを向けられたことは言うまでもない。


読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見つけ次第修正します。


評価、ブックマークありがとうございます。嬉しいです!

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