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薬味は本来、薬らしい。過剰摂取は遠慮したい。


 エリーとお兄さんの結婚。


 おめでとう! 良かった! となる筈なのに、私の眉間にはシワが寄る。


 お兄さんの後に続き、エリーのいる寝室へ向かって廊下を歩いているが、当事者のお兄さんからはウキウキもソワソワも感じられない。

 

「ねぇタクト。婚姻って結婚で合ってるよね?」

「そうだな」


 隣を歩くタクトに小声で問うと、返事が小声で返ってくる。


「結婚って嬉しいものなんじゃないの? あんな美人を嫁に出来るんだよ?」

「兄さんに結婚願望があるなんて聞いたことないし、政略だしな。それに相手の顔の造形云々で浮かれる兄さんは個人的に見たくない」

「あ、うん。それは私も見たくない」


 お兄さんは20代半ば~後半くらいだろう。結婚願望があるならとっくにしててもおかしくない。

 政略……か。エリーがどう受け止めるだろう。


 部屋に近づくと私達に気付いたファングさんが一歩下がって道を開けた。


「ファングさん、コートありがとうございました。助かりました」

「……」


 お兄さんの前だからか、無駄口を一切叩かない怖い顔したファングさんにコートを渡して書斎に入る。


「兄さん、ちょっと待ってください。ユイを先に」


 え、何で?

 タクトに背中を押されて前に出た。


「エレノアがベッドに乗ってなきゃ兄さんが近付いた時点で卒倒するぞ」

「そうだった!」


 慌てて先に寝室に入ると、エリーはベッドの脇でスキルボールの箱をせっせと袋に詰めていた。


「あっお帰りなさいユイさん」

「エリー、ベッドに移って! お兄さんが来た!」

「っえっ! なんっ!」


 一瞬で頬を赤らめたエリーがワタワタとベッドに正座すると、お兄さんとタクトが入ってきた。


「相変わらず眩しいなこの部屋は」


 お兄さんが嫌な顔をしてエリーの前に立つと、エリーが蚊の鳴くような声で「すみません」と恐縮した様子を見せる。

 こんなんで結婚したら亭主関白まっしぐら……でも、かかぁ天下のエリーは想像がつかないから丁度良いのか?


 お兄さんは高圧的な態度でジッとエリーを見下ろす。一方のエリーはお兄さんの視線が恥ずかしいようで、顔を上げては伏せ、上げては伏せを繰り返している。


 政略でもプロボーズとかあるんだろうか。魔族はそういうのない? ってか人様のそういうの見てて良いのか?


 壁際に立つタクトを伺うけれど、出ていく様子も無いので私もタクトの隣に並び、2人を見守ることにした。



「エレノアといったか」

「はっ! エレノア・ボーズ=フローレスと申します!」


 テンションが大分おかしい。“はっ!”って……部下か。

 でも前回、お兄さんが私の前世の説明をしてくれた時は、まともに話せなかったことでかなり落ち込んでいた。今回は頑張ってる。頑張ってるぞエリー!


「俺とお前の婚姻の話が持ち上がっている」

「こ……」


 エリーの時間が止まった。


「エリー! 息! 息!」

「っ! 魔王様と、わたくしが、でございますか?」

「二度言わせるな」

「も、申し訳ございません……」


 顔を伏せ、ベッドに視線を落とす……なんだろう。謝った後のエリーの空気が変わった気がする。


「異論は無いのか」

「は、異論……いえ、何も。わたくしには勿体ない程の待遇で驚き、恐縮しております」


 お兄さんは「フン」と詰まらなそうに息を吐いた。


「兄さん、エレノアは側妃でしょう? 決まってしまうと正妃が無理にでも充てられるのでは?」

「だろうな」


 側妃? 正妃? って……。


「タクト、タクト」


 困惑気味に、横にいるタクトの手を引っ張り、見上げると、タクトは私の手を握って書斎へと連れ出した。


「何だ?」


「エリーだけじゃダメなの? 前にトルネアス商会の会頭さんがタクトのお父さんとお母さんのことを浮気じゃないって言っていたから、魔界でも一夫一妻制だと思ってたんだけど」


「……必要に応じて、だな。既に兄さんに継承に値する子がいて、先妻と死別しているならエレノア一人でも何の問題もないが、そうじゃない。エレノアは人間だからな」


「人間だから何? これから強くなろうとしてるのに」


「強くなったとして、兄さんの瘴気に負けずに子が出来て、母子共に無事で生まれたとしても子どもは混血になる。純血魔族以外に魔王の継承は認められていないし、魔界で育てない子は論外だ」


 子ども? 私は結婚の話をしているんだけども。

 

「……結婚は子どもありきなの?」

「魔王に限ってはそうだな……魔法の属性は遺伝しないが、基礎ステータスは親のスペックがものを言うから。より強い掛け合わせで子を作り、魔王より強くなったタイミングで魔王は継承されていく」


 掛け合わせって、そんな言い方……。

 お兄さんが結婚にウキウキソワソワしない理由がなんとなくわかったかもしれない。“義務”が凄い。


 黙りこんだ私の頭をタクトがなだめるようにポンポンと叩く。


「エレノアのみというのは無理だろうが、兄さんの意思があれば正妃……の可能性はあるかも、と思っていたんだ」

「そう、か」


 お兄さんの気持ち。

 さっきの様子を見るにエリーへの好感度は0。そりゃそうだ。まだ初手も打っていない。

 エリーは一夫多妻から逃げてお兄さんに付いてきたのに……。


「そこまでしてエリーをこのタイミングでお兄さんのお嫁さんにする意味は何?」

「それは──」

「お前だユイ」


 全て聞こえていたらしいお兄さんが寝室から私たちを覗き、“戻ってこい”と、手の平を上にした人差し指をちょいちょいと揺らした。


「私、ですか?」

「お前を魔界に留め置く為の(かせ)にしたいらしい」

「は?」


「枷……」


 消えるような声がして、ベッドに正座するエリーをみれば、その顔には赤みはなくなっていて、いつも通り……いや、少し青い位だった。


「枷なんて付けなくても私は逃げませんけど」

「今はな。だがこの先、タクトと別れて別の人間を選べば人間界に住みたくもなるだろう?」

「「なっ」」


 さすがクソ魔王……中々に不穏なことを織り混ぜてくる。背中に刺さるタクトの視線がピリリと辛い。山椒は苦手だ。


「わざわざ側妃などにしなくても逃げないように精神を操ることも出来るが……」


 禁句をサラリと言ったくせに、まるで気にした様子のないお兄さんは淡々と話を続ける。


「そんなことしたら速攻で状態異常クリアの魔法を掛けます」

「ククッ、だろう? だからだ。お前、以前ダミアンと契約したな」

「知ってるんですか?」


 ダミアンさんと契約といえば、エリーが屋上まで出られるようになったら対戦相手を用意してくれるというあれだろう。


「まぁな」


 お兄さんは、契約について話すダミアンさんが苦い顔をしていたと楽しそうに語る。

 ダミアンさんは、エリーがお兄さんのことを好きだと言うことを本人には言っていないようで、その事については全く触れない。


「人間が魔界で普通に生活できる程強くなると、そこらの魔族では対応できない。隙をついて逃げることも不可能ではなくなるからな。ある程度の地位を与えて見張りを増やし、魔族の手付きになったことを人間界に公表して逃げ場を潰すらしい」


 扉の枠に凭れ、私を山椒の視線で攻撃していたタクトがトントンと考えるように靴をならした。


「エレノアは魔界に来た時点で諸外国の交易カードとしては使えないだろうし……1度は魔王の嫁になったと広まれば貴族に降嫁したとしてもまともな待遇は期待できないだろうな。腫れ物扱いだ」


「そこでだ」


 お兄さんが最早表情を無くしたエリーに、ニヤリと笑いかける。


「お前を今、魔界から逃がしてやろう」

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見つけ次第修正します。


評価、ブックマークありがとうございました。

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