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雰囲気を征する者は世界を制す。

 パチパチと音を立てて燃える篝火の赤みの強いオレンジ色に染まる屋上。

 中央に私、そこから15メートル程離れて、屋上を囲む石塀に凭れ楽しそうにこちらを眺めるお兄さんと、腕を組んで険しい顔をしているタクト。


 出来るだけ彼等を意識しないようにしてはいるけど、その圧倒的存在感は消せる筈がない。

 緊張をほどく様にピョンピョンとその場で跳ね、体をほぐしていると、タクトとお兄さんの話し声が聞こえる。


「アイツは何故いつもあんなに緊張してるんだ?」

「アホの癖に完璧主義なところがありますからね」

「何だアホの癖にカッコつけなのか」


 好き勝手言いやがって。


 一応、タクトに強化魔法をかけてもらったから、この距離でも悪口がガンガン聞こえる。

 2人を睨み付けると、お兄さんが早くやれとばかりにシッシッと手を揺らした。



 大きく深呼吸すると、体に心地よい程度のピリピリとした痺れが走り、かなりの量……もうすぐ魔力切れかくらいのMPが減った。

 2つ大きな魔法を使ったくらいの抜け方に、魔力を練り上げるっていうのはこんなに大変なことなのかと驚いたけど、ただ棒を握って念じてるよりも、矢の確かな違いがハッキリとわかった。



──あぁ。イケる。



 足を肩幅まで開き、左手に弓と雷棒を持つと、今まで無反応だったのが嘘のように雷棒が細長く伸びた。


 的がある筈の場所を真っ直ぐ見据えながら、矢のあるべき姿の感覚を探る。


 矢尻の場所、羽根の位置、幅……まだ短い。まだ太い。もっともっともっと────


 射法の一つ一つに気を付けながら、雷棒の形を体の記憶と擦り合わせ、イメージ通り型を練り上げていく。


 弓を左右均等に引分け、発射のタイミングで矢に視線を送ると、青く光る雷の矢がしっかりと握られていた。


「タクト、お兄さん、出来──」

「力を抜くな!」


 安心して肩の力をゆるめたとき、タクトの声がした。


 瞬間、パァンという弾ける音と共に矢から青い稲妻が2人の方に向かい真っ直ぐ走る。


「っ避け──」


 焦って2人を見るけれど、2人は何も問題ないとばかりに軽やかに避け、屋上を駆ける。


「俺を狙うとはいい度胸だな! ユイ!」

「そんな恐ろしいことするワケないじゃないですか! 勝手に出ていくんです!」


 お兄さんはやはり楽しそうで、一瞬このままでも良いかと思ったが、2人が雷撃を避けたせいで石壁や石の床がボコボコになっていくのを目の当たりにして血の気が引いた。


 “ジャッジメントゼロ”で魔法を消す!? いや、MPそんなにない! 全回復ベッドに乗ってくれば良かった!!


 止まれ止まれ! と祈るように矢を両手で力一杯持つけど、雷撃が止まる様子はない。


「タクトは下に退避していろ! ユイ、矢を消滅させる! 手を離せ」

「は、はい!」


 雷撃をかわしながら近付いて来るお兄さんの手には、絶対体に悪そうな黒い(もや)が浮かぶ。


 きっとエンジェルリングが消される要領で、矢もブクブクと泡立ちながら消えるんだろう。

 雷を棒にする練習からまた始めないけないけれど、これ以上損害額を増やすわけにはいかない!


 魔王(保護者)が居てマジで良かっ──


 

「兄さん離れてください! それはまだユイの支配下にある!」


「「!」」


 お兄さんが靄をこちらに仕向けた時、タクトが大声で叫んだ。

 2人でそちらを向けば、タクトは闇版の障壁を張った安全地帯にいた。


「何言ってんのタクト! 完全に暴走してるんだよ!?」

「雷撃は確実に闇魔法保持者(俺と兄さん)を狙ってる! 暴走じゃない!」


 確かに私自身には傷ひとつ付いていない。でもこれはどうみても暴走じゃ──


「自分の服の色を見ろ!」

「えっ?」


 コートの下から覗く袴を見れば、水色だった生地が紺色に変わっていた。 


「何これ!」

「お前は矢を成形したんじゃない! 雷の矢を使った光の攻撃魔法を作ってたんだ!」


 ど、どどどどういうことだ!


 タクトの言うことを理解したらしいお兄さんは、ニヤリと笑ってタクトの張った障壁へと撤退していく。


 中心にポツンと取り残され、不安しかない!


「お前が矢を放たないから雷の矢として作られた魔法が完成せずに行き場を失ってる!」

「何で!? 普通途中で解除すれば止まる……」


 たしか最初にあり得ない量のMPが減った。まさか技の作成はMP先払い!?


「どうしたら良いの!?」

「技を完成させろ!」

「とりあえず射れば良い!?」

「やれ!」


 落ちている弓を広い、勿体ぶった溜め一切なしで弓を引き分けると、タクトの話を裏付ける様に、本来の役割に戻った矢は雷撃を止め、線香花火のように細かい火花を散らすまで落ち着いた。


 キラキラと手元から離れていく矢を見送る。


 たちまち辺りは、篝火の音だけが聞こえる静寂に戻ったけれど、動揺が抑えきれず、心臓はバクバクと鳴っている。


「ユイ」


 ポンと肩を叩かれて我に返った。


「タクト……ありがとう助かった」


 屋上からタクトを追い出して1人で矢の成形をしていたら恐ろしいことになっていたことは容易に想像できる。


 タクトが居なかったら……か。


 “信用して”とタクトに言ったけど、タクトを信用してなかったのは私だったのかもしれない。


「いいからステータスのスキル一覧開いてみろ」

「あ、うん」


 タクトは特に気にする様子もなく私の頭を軽く叩き、グシャグシャと髪をかき混ぜる。

 新しくできているだろう技の方が気になるようだ。

 どこまでも研究者気質というかなんというか。


 言われた通りスキルを確認すれば、“麗春の長弓【春疾風の矢】”の後に“麗春の長弓【春雷の矢】”という技が増えていた。


「出せるか?」

「ちょっと無理かも。他の技を作ったときより、かなりMP消費したから」

「攻撃技だからかもな。歩けるか?」

「平気」


 平気だけどもタクトが手を出してきたので、最早癖のようにそれを掴むと、そのまま手を引かれ私をぎゅうと抱きしめた。


 安心したような溜め息を頭の上で聞き、抵抗する気も起きなかった。


「ごめん。次何かするときはちゃんと言う」

「そうしてくれ」


 心配をかけたんだなぁと心臓もギューッと締め付けられた。

 タクトの背中に自然と腕が回──


「兄さん、見すぎです」

「っ!」


 そ、そうだ。お兄さんがいた!


 慌ててタクトから離れ、お兄さんを見れば私達の行動を全て見ていたお兄さんが爽やかに笑った。

 心底気持ち悪い。


「突然いちゃつき始めた弟の成長を黙って見てやってるんだ気にせず続けろ」

「それはどうも。……続けるか?」


 な、何て事を言うんだタクト!


 全力で首を横に振り、タクト横をすり抜けて階段のある木蓋の取っ手を掴んだ。


「だが惜しかったなタクト」

「?」

「もう少し待てばユイがお前を抱き締めていたんだがな」

「「っ!!」」


 な、何て事言うんだクソ魔王!!


 木蓋を勢いよく持ち上げて逃げの体勢をとると、木蓋を勢いよく踏まれた。

 そのあまりの勢いに、目を見開いて尻餅をつく。

 おかしい。さっきまで後ろにいた筈のタクトが前にいて、見上げる形になっている。

 どういう瞬間移動だ。


「……続けるか?」

「の、のぅ」


 両手を胸の前に挙げながら後ろに下がると、お兄さんは何事も無かったかのように木蓋を上げて、階段を下りていく。


「では俺は戻る」

「ちょっお兄さん! あんたサイテーだ!」

「少しは功労者(タクト)を労ってやれ」

「なっ」


 お兄さんは律儀に木蓋を閉めて去っていき、屋上に残された私とタクトには正反対の笑みが浮かぶ。


 逃がさないとばかりに隙無く頬笑むタクト。

 背筋が薄ら寒くてただ笑うしかない私。


「た、タクト! 今は違うじゃん! そういう雰囲気じゃないじゃん!」

「俺は別に気にしないが」

「気にしよう!!」


 タクトが「来い」と両手を広げたとき、お兄さんが消えていった木蓋がガコッと開き、またお兄さんが現れた。


「楽しんでいるところ悪いが言い忘れていた」

「何ですか?」


 本当に邪魔だと言うような顔でタクトはお兄さんに向いた。



「エレノアとかいったか、あの女と俺との婚姻話が持ち上がっている。これから女に話をしに行く予定だったんだがお前らも来るか?」



「「──は?」」



 唖然とする私達にお兄さんはキョトンとした顔をする。


「兄さん、光魔法がチカチカうるさいからクレームつけに来たんじゃ……」

「そうだが。ついでに話しておいた方が楽だからな」


 ついで……婚姻がついで扱い。


 改めてこんな男で良いのかとエリーに問いたくなった。

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


評価、ブックマーク、感想ありがとうございます!

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