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毛布売り場に行くと畳んである隙間に手を入れたくなる衝動を押さえるのが大変。


「……俺が弱いとでも?」


 どんよりとした外の瘴気よりも、更に体に悪そうな、ネットリとしたプレッシャーがタクトから漂ってくる。

 完全に不機嫌モードに突入したらしいタクトはそれ以上何も話さず淡々と階段を下りていく。その背中が怖い。


「ち、違うよ! 光魔法の攻撃技だし、何があるかわかんないから!」


 手をブンブンと振りながら、慌てて階段を降りると、タクトと同じ目線まで降りたところでフードを強引に剥がされた。

 タクトはフードの両側を持ったまま、私の両肩に両手首を乗せる。


 完全に逃げ道を断たれた。

 私の扱いを大変心得ていらっしゃる。

 ちょっと怖いけどこれは説得するチャンスだと自分を奮い立たせる。


「よく考えて、タクトにはもう蘇生魔法は使えないんだよ?」

「そんなのお前も同じだろ。蘇生魔法が使える程のレベルの奴なんてユイの他には中央教会にいる爺さん1人だ。今は老体でデカイ魔法はまともに使えないらしいけどな」


 よ、よく知ってるな。こんなときなのにタクトの知識に感心してしまう。


「……そうだけど、光魔法は私の魔法だし」

「どんな魔法でも制御不能になれば保持者を襲うことだってある」


「そ、それでも! 危険かもしれない場所にタクトはいない方がいい!」

「危険に対応するために俺を強くしたのは他でもないお前だろう」


「自ら危険に飛び込んで行かないでよ! 自分の身分を考えて!」

「そのまま返す。俺言ったよな、己の価値を知れって。今ユイに何かあったら魔界の損失は計り知れない」

「うぅっ」


 くそぅ! ああ言えばこう言う!


「何でそんなに! そんなに私信用なう゛ぃ?」


 タクトの手のひらが私の両頬を遠慮なく押し潰した。

 その瞳は真っ直ぐ私を見つめる。


「……タクト?」


「信じてない、わけじゃない」


「?」


「いつも俺は、間に合わない、から……離れたくないだけだ」


 何の、話だろうか。


 後悔を滲ませるような苦い顔で、懺悔のような言葉を吐かれる覚えはない。


 だってタクトはいつも私を助けてくれる。


「……俺が、邪魔か?」


 邪魔じゃない。そんなわけがない。


 口で言えば通じるだろうか。タクトは安心できるんだろうか。


 私が突き放している(そんなつもりは毛頭無い)形になっている今、言っても信じてもらえない気がする。


 大体、好きだって言ってんのに何で邪魔だなんて思うのかね。私がタクトに危ないから離れてろって言われたら、アイアイサー! で……いや、従わなかったな。トマスんときはタクトが折角作ったフィールドまで破壊したな。

 いや、でもあんときはまた特殊ケースというか今回とは違うよな。


「ユイ?」


 私が考え込んだからか、タクトの顔色に更に不安の色が乗る。


 バカだのアホだの言われるけど、タクトも大概だ。もっと自信を持ってもいいのに……。


 下がった眉に何故だか愛おしさが込み上げる。


 タクトの手に手を添えて顔を右にズラすと、骨張った薄い手のひらに、唇が”ちゅ“と触れた。


 ピクリとわずかに動いたタクトの手から今の行為をキスだと、タクトが認識したことがわかる。


 気付いてくれてよかった。

 一秒にも満たない。これが今の私が伝えられる精一杯だ。


「邪魔……じゃないから、ね?」


 タクトの視線を痛いほど感じるけれど、向けない。これは恥ずかしくて無理だ。

 

「赤い」

「う、うるさい!」


 揶揄うようなその言葉に思わず見上げれば、私の暴言は軽く流されたのか、タクトは微かな笑みを浮かべた。

 そして私の唇が触れた手のひらに自分の唇を重ね、リップ音をたてる。


 色気が駄々漏れのその行為にさらに顔が熱くなる。


「目が沸騰する」

「どういう状態だそれ」

「とにかくソレをやめてください」

「自分の手だ。どうしようと俺の勝手だろう」

「そうだけど!」


リカバリーが早すぎる! 待ってこの人さっきまで落ち込んでたよね!?

 もういいの!? いいんだな!? 元気になったなら良かったよ! こんちくしょう!


 邪魔じゃない事が伝わったんなら、矢への成形を試している間、安心して待っていてくれるだろう。


「じゃあ俺はコート持ってくるから、ここにいろ」


 ん? 何でだ?


 自室に戻ろうとするタクトの腕を掴む。


「え、待って。私を信用してくれるならここで待っててよ」


「……邪魔じゃないんだろ?」

「いや、だから、普段邪魔だなんて思ったこともないし、間に合ってないとも思ってないから、安心して離れてていいって」


 タクトの眉間にシワが寄り、甘い空気は霧散した。


 いくら睨まれても今回ばかりは譲れない。私の魔法でタクトが傷付くかもしれないなんて考えるだけで泣ける。


「強情」

「どっちがよ。この分からず屋」


 タクトに負けずに睨み返したとき、コンコンと窓ガラスを軽く叩く音がした。


 

「俺が共に行けば問題はないか?」

「「っ」」


 声がした方、寝室に向かう廊下に2人で目を向ければ、壁にもたれ掛かってこちらをニヤニヤと眺める見知った姿があった。


「お兄さん!! いつから」


 タクトに集中しすぎてお兄さんの気配に気づけなかった。ご丁寧に瘴気までしっかり押さえ込んでいらっしゃる。

 

「上から降りてきた時からだ。お前らは本当にバカだな」

「見てたんなら止めてくださいよ、お兄さん」

「なぜだ。滑稽な見世物だろう」

「兄さん、怒りますよ」


 そうだそうだ。タクトの怒りは何よりも怖いんだぞ。


 タクトを盾にしながら睨むと、お兄さんは笑ってこちらに歩みを進めた。

 

「で、どうなんだ? 何をやるか知らんが俺が居ればタクトの同席は許可されるのか?」

「そりゃ、まぁ」


 お兄さんなら自分の身もタクトも守ってくれるだろう……と思い、即答したら今度はお兄さんにタクトの無言の圧が垂れ流された。


 お兄さんは動じず、クッと笑い、「もっと強くなるんだな」とタクトの頭を強めに撫でると、タクトの眉間にガッツリとシワが寄った。


「で、でで、でも何でこんなところに? お兄さん何か用事があったんでは?」


 タクトの機嫌がまた下降する前に話を変える。私はその辺出来る女──


「ユイ、お前ついさっきまで……いや、昨夜遅くも光魔法を使っていただろう。気配がチカチカチカチカうるさ」

「っうわぁぁぁぁ!!」

「!?」


 まさかのスキルボールネタ!!


「そういえばユイ、お前スキルボールへの技入れは終わっ」

「さぁぁぁ! 2人共、上は寒いからコートを持ってきて!!」

「「おい?」」


 2人の背中を部屋方面へ向けてグイグイと押す。


 現状の全ての会話が私にとっての墓穴となることを理解した。とにかく一旦この不穏兄弟を追いやって一息つきたい!



 胡乱気にこちらを見ながら2人が歩いて行ったのを確認し、急いでファングさんのコートを脱ぎ、長弓を展開してまたコートを着て深呼吸する。


 ヤバ……冷や汗すげぇ。


 タクトが残業を終わらせる頃には、部屋に戻って技入れを終わらせている予定だったのに……。

 考えなしにフラッとここに来てしまった数十分前の自分をマジで恨む。

 エリーにも1個ずつ片付けようと言われていたのに!


 矢、矢だ。矢を成功させればスキルボールが出来ていない言い訳になるかもしれない。

 でも逆に失敗した場合目も当てられない。


 まさに崖っぷちだ。こんな状態でやりたくない。

 

 屋上へと続く木蓋を見上げてゴクリと生唾を飲み込む。


「今のうちに1人で──」

「ユイ」

「すみませんっしたぁ!」


 背後からの突然のタクトに思わず長弓を落とす。


 ダメだ。動揺で気配も読めなくなってる。


 弓を拾いながら2人を伺い見ると、良いものだというのがはっきりわかるコートを着ていた。

 お兄さんはウエストがしっかりわかる黒のロングファーコート、タクトはグレーで外がスエード、襟元がファー。2人ともスタイルが良いからモデルのようだ。


「はぁ~2人ともカッコいい」

「フン、そうだろう。中々見る目があるな」


「ユイはこっちに着替えろ」


 得意気な顔でコートの襟を直すお兄さん。その横からすり抜けてきたタクトが渡してきたのは、キャメル色のコートだった。タクトと同じように裏地がファーになっている。


 正直助かった。ファングさんのコートはあったかいけど重い。

 タクトが手を出すのでファングさんコートを渡し、キャメルのコートを受け取って着ると、ふくらはぎが隠れるくらいの長さで、袖は指が少し見えるサイズだった。


「デカい」

「当たり前だろ。さっきみたいに捲っとけ」


 タクトが袖を捲るようなジェスチャーをした。

 確実に高価そうなコートの袖を折ることに抵抗があったが、その通りにすると中からサラサラとした手触りのファーが出てきてた。


 スリスリと頬にあててみるとあり得ないくらいの気持ち良さにウットリと口角が上がる。


「気持ちいい……」


 そしてフワリと。


「タクトの匂いする」


 着たのを見たことない真新しいコートだけど、着ないとタクトの匂いはしないわけで。


「これ着て外に仕事とか行ったりして──タクト、何してんの?」


 お兄さんの肩に手を乗せて、タクトは猿の反省のポーズをとっていた。

 マジで何してんのか、覗き込もうとしたとき、お兄さんが顎を撫でながら口を開く。


「思春期の少年を無闇に煽るのはやめてやれユイ」

「は?」

「兄さん」


「と、言いたいところだが、今のは中々愛らしかった。俺のコートも上質だぞ。もう一度、俺の名に変えて言うなら貸してやろう」

「え、いりませんよ」

「兄さん!」


 タクトが怒鳴ると、お兄さんは「冗談だ」と笑いながら私の横を抜けて屋上へのぼっていく。


「あのタクト、今のは──痛ぁっ!」


 タクトの方に振り向いた瞬間、無言で額をチョップされた。


 その理不尽さに患部を押さえてタクトを見上げ睨むと、その顔は怒鳴り声からの想像とは違い、少し頬を赤く染めていた。


「タク」

自重(じちょう)しろバカ」


 何を自重?

 額を撫でながらお兄さんの後に続くタクトをボケッと眺めた。


読んで頂きありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


また読みに来て頂けると嬉しいです。

評価、ブックマークありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新がまた始まって嬉しいです(^^) コロナ騒動で日々不安が募る中、楽しみの一つが戻ったのでまた楽しませてもらいます(*^ω^*) 健康に気をつけて更新お願いします!
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